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地獄へとくだる階段



「お前にとっては王家の誰が亡くなろうがどうでも良かったのでしょうけれど、けれどヨハネスの暗殺は私とソフィアが食い止めた。――その際私と小娘が入れ替わったという話を聞き、お前はそれが真実かどうか疑った。そしてそれが本当かどうかを見極めるため、私があの事件をきっかけに『目をかけ始めた』ソフィアを拐い、貧民街の住人や王宮薬師の中に忍び込ませた小鼠に監視させ――結果、入れ替わりの禁忌魔術が本当に成功したのだと、確信を得た。ついでにアーバスノットの奇跡の薬を、ソフィアが作れる。そのこともまとめて確認できて、よかったわね?」

「――……さすがだな」


 冷静に推理するヴァイオレットさまに、ディンズケール公爵が大きく拍手する。

 それは本当に感嘆しているようにも、挑発しているようにもどちらとも取れる仕草だった。


「さすがは稀代の悪女、ヴァイオレット・エルフォード。正解だ。……だが、その状態で強がっていて、何になる?」

「わっ……!」


 ディンズケール公爵が、私を背後から囲い込む。

 完全に油断していた私の首にディンズケール公爵の腕が回り、強く締め付けた。


「論理上、魂と体は一致しなければ魔術は使えない。ゆえに今の君はただ没落寸前の伯爵令嬢――しかも、薬師としての知識さえないただの無力な小娘だ」


 恐ろしさに、ひゅっと息を呑む。


(な、なんて怖いもの知らずな……)


 まさかヴァイオレットさまをただの無力な小娘呼ばわりするなんて、拘束されたこの状況より、ディンズケール公爵が放った言葉の方がやや怖い。


 ヴァイオレットさまが私の体でどんな大ピンチも五分足らずで制圧し逆転した武勇伝を、私は何度も耳にしているのだった。

 逆境に追い込まれたヴァイオレットさまは、とても強い。

 そもそも何の策もなしにこういった場に飛び込むような方でもないはずだ。


(だけど――……)


 そっと、スカートのポケットに隠していた小瓶を握る。

 気付かれないようにそっと動いてポケットの中で蓋を開け――勢いよく取り出し息を止めて、ディンズケール公爵のお顔に振りかけた。


「うっ……!?」


 ディンズケール公爵の体が、くらりとよろける。

 瞬間ゆるんだ拘束から、急いで逃げ出した。


 ノエルさん作の乳香のお薬をダイレクトに――といっても、私やヴァイオレットさまに影響がないように少量だけれど――を浴びたディンズケール公爵は、眠ってはいないらしい。


 けれど意識をふわふわとさせることには成功したようで、立っているのが精一杯のご様子だ。

 背中を向けて、脱兎のごとくヴァイオレットさまの下に駆け寄り手を伸ばす。


「ヴァイオレットさま!」

「お前、」


 ヴァイオレットさまが少しだけ驚いた顔をしている。

 けれどすぐに微笑んで、「上出来よ」と、伸ばした私の手を取った。


 ◆◆◆


 ――やはり自分の体は、気分がいい。


 丁寧に手入れされた体――とはいってもここ数日小娘に任せたこの体は、いつもよりも手入れが甘すぎる――は貧相さとは無縁で、やはりヴァイオレットに特別よく似合う。

 視界は高く、この身の程知らずな悪党ども――特にこの死にはぐれた化石のような男を、高みから見下ろせるのは非常に気分がいい。


 体には魔力が満ちている。


 この悪党どもにどんな地獄を見せてやろうかと考えるだけで、胸がわくわくして仕方がない。

 久しく感じることのなかった恍惚にも似た幸福が、胸を満たしていくのを感じた。


 まずは無様によろめているディンズケール公爵に目を向ける。やや青褪めながらも、その表情には自身が優位だと信じて疑わない愚かさが見えた。


「っ、私が、何の策も講じていないと思ったか。――こういった場合も、もちろん想定している」


 そう言いながらディンズケール公爵が、黒い宝玉を取り出した。


(――……ふうん?)


 夜の闇を塗り固めたかのようなそれは、魔力がない者がみれば美しいと感じるだろう。けれどもそれから感じる魔力からは凝縮された禍々しさが漂っている。


 実験体に使った多くの魔術師どもから吸い取ったのだろう。苦しみの果てに生まれただろうその憎悪の籠った魔力は宝玉の中で蠢き、宝玉が割れる瞬間を今か今かと待っているようだった。

 その凝縮された魔力量は、もしかしたら伯父であるクロムウェルのものより多いかもしれない。


(魔力を物にこめる――そう簡単にできる技術じゃないわ。……予想はしていたけれど、やはり抱えている錬金術師どもはこういった研究もしていたのね)


 あれが割れ、触れたら最後――おそらくは貧民街の小娘のような病気にでも罹るのか、はたまた触れた相手を呪い殺すのか。


 おそらくは後者なのだろうと、ヴァイオレットは見当をつけた。


 ディンズケール公爵は、入れ替わりの禁術を使えるヴァイオレットを極力殺したくはなかっただろう。

 しかし相手は所詮、姑息なだけの臆病者だ。自分の命が少しでも危ぶまれれば、ヴァイオレットを躊躇いなく殺すに決まっている。


(本当に愚かね)


 元より命を取る気など、毛頭ないというのに。

「ふふ」

「何がおかしい!」


 ついこぼれた嘲笑の笑みは、ディンズケール公爵の気に障ったらしい。

 元より公爵家当主という至上の地位についている男だ。生まれてから一度も侮られたことのない男は、ヴァイオレットの嘲笑や蔑みについに感情を爆発させた。


「お前のような心無い悪女は、地獄のような最期を迎えるのが相応しい! ふん、悪女を――いや、悪魔を使ってやろうと思ったのがそもそもの間違いだったのだ! 入れ替わりの魔術の存在が確認された以上、引き続き研究を続けさせればよかっただけの話だ!」


 そう言ったディンズケール公爵が、歪んだ笑みを浮かべながらヴァイオレットの足元に宝玉を投げつける。

 音を立てて割れたその宝玉から、黒いモヤのようなものが沸き上がる。


 そのモヤは蛇のようだった。近くにいたヴァイオレットの足元に巻き付き、禍々しい熱を伴って上に上にと這い上がっていく。


 そのモヤがヴァイオレットの首に巻き付こうとした瞬間――


 すっと片手をあげたヴァイオレットが、指を鳴らすと同時にパッとかき消えた。


「な、なっ……!」

「地獄のような最期が、なあに?」


 にっこりと笑ってやると、ディンズケール公爵は面白いくらい無様に驚愕している。


「先日のお茶会といい、今回のこの『策』とやらといい――どうしてこんなに骨がないものばかりなのかしら。折角追い詰めた獲物の最後の悪あがきだというのに、愉しみようさえないなんて。……残念だわ」


 わなわなと震えるディンズケール公爵を射竦める。


 この死にぞこないの教皇も先ほどからヴァイオレットに魔術をかけようとしているが、それもヴァイオレットが指先一つ動かすだけで霧散する、取るに足りないものだ。


 勝負はもうついている。

 これまでの月日に比べて随分と呆気ない終わりに、ヴァイオレットは唇の端を持ち上げた。


「そこの裏切り者の薬師」

「……っ」


 空気同然だった、ソフィアの監視役の娘に目を向ける。

 その瞬間、慌てて「これには事情があって」などと裏切り者の小娘を庇おうとするソフィアに呆れ眉を顰める。


(お人好しもここまでくると病気だわ)


 事情があるというだけで犯罪が許されるのなら、この世に監獄は存在しない。


 囮であるソフィアの周りにいる人間の素性は、おおよそ把握していた。この娘の素性も頭に入っているが、大方肉親の死で心が弱ったところを付け込まれたかどうかしたのだろう。


 ヴァイオレットとて、悪いのは騙す人間だと承知している。けれど騙された側はただの馬鹿だ。


(自分を傷つけ裏切った人間など、処罰こそすれ、庇いだてする必要性などないでしょうに)


 しかしこういったところがこの小娘なのだろうと、呆れと煩わしさに嘆息する。


(けれど、まあ――自分で考えて備え、このみっともない公爵の無様な姿を引き出したことは、評価してやらなくもない)


 だからこれは、その報奨だ。

 今から広がる光景は、おそらくこの小娘には少々荷が重い。


「――お前が少しでもその薬馬鹿の小娘に罪悪感があるのなら、その小娘を抱えていなさい」

「えっ!?」


 言うと同時に、ヴァイオレットはソフィアに魔術をかける。驚愕し戸惑っていたソフィアは紫色の光に包まれて、抵抗する間もなく眠りに落ちた。


 倒れたその体を、監視役の娘が支える。


「……」

「私はお前のような人間が嫌いよ。罪悪感を言い訳に思考停止し、誰かの人形となる愚か者。本気で償いを考えているのならば、誰かに縋らず自分で考え行動すべきでしょうに」


 そう吐き捨てて、小娘たちに背を向ける。

 怯えている公爵と、何もできない教皇に笑顔を向けた。


「……っ、手を下したのは、私ではない! 計画したのも!」

「っ、猊下!?」





明日は3話更新、19時の投稿を最後に完結となります。

どうぞよろしくお願いします。

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