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「私はお前を、ただ利用しただけ。目的を果たすため、そして私が過ごす空間を少し快適にするため動いたことが、結果お前にとって良い状況になっただけでしょう?――それで何の利益にもならない感謝を捧げられて、この私が喜ぶとでも思ったの?」


「思いません」


 私の言葉に、ヴァイオレットさまが「あらそう」と、面白くなさそうに鼻で笑う。


「その察しの悪い頭でも、多少は空気が読めるようでよかったわ。けれど喜ばないというだけではなく、不愉快極まりないということを覚えなさい。何度でも言うけれど、お前は私にとってただの駒でしかないのよ」


「ヴァイオレットさまがどんな理由で行動したとしても、それで私が救われた事実に変わりはありません」


 目を合わせたままきっぱり言うと、ヴァイオレットさまは少し驚いたようだった。


「私にとってヴァイオレットさまは、人生はねじ伏せて変えることもできると、そう教えてくれたたった一人の恩人であり、非常に厳しい教師であり、一緒に色々な事件を解決してきた……大切な方です。そして多分また、何かのために動こうとしている」


「……」


「私を駒として使うのなら、ヴァイオレットさまが何を考えてどう動くおつもりなのか、教えていただきたいです。ヴァイオレットさまは誰よりもお強い方ですが、人間は完璧にはなれません。私がヴァイオレットさまの手先で動くだけの駒ではなく、ヴァイオレットさまと背中合わせで動く駒であれたなら……もしかしたらヴァイオレットさまが困ったとき、お助けできることがあるかもしれないと、そう思うんです」


「…………」


「ヴァイオレットさまが私を助けてくださったように、私もヴァイオレットさまを自分の意思で助けたい。……そういう存在を、目指したいんです」


 私の言葉に、ヴァイオレットさまは深く重い息を吐いた。

 心底呆れてるような吐息に内心でおどおどとしていると、ヴァイオレットさまが私に鋭い目を向ける。


「私は私より弱い、一芸しかできないただの小娘に、助けたいと思われるほど落ちぶれてはいないわ」

「…………」

「けれど」


 思わず眉と肩を下げた私に、ヴァイオレットさまが苛立たしげに言葉を続ける。


「お前のその愚かで面倒でしつこくて鬱陶しい頑固な性格は、お前と一緒にいるうちに嫌というほど理解しているの」


「……!」


「どちらにせよ私の駒として動くことに変わりはないのなら、余計な行動をしないという条件付きで、ふたたび駒になることを許してあげる」


「……! ありがとうございます!」


 相変わらず眉を顰めた嫌そうな顔のまま、とても不本意そうだけれど。

確かにそう言ってくださったヴァイオレットさまに、私は頬を緩めてお礼を言った。




「お前は、ただの囮だったの」

「囮……?」


 仲直り(?)のあと。


『助けにきてやったにも関わらず、暴言を吐いたことは事実』と痛烈な説教をしたあと、クッションを頭に三つ乗せる刑に処した私に、ヴァイオレットさまがそう言った。


「前回、お前は誘拐されたでしょう?」

「はい」


 頷いた瞬間、頭に乗せていたクッションがぽふんぽふんと音を立てて落ちる。 

 ヴァイオレットさまがさらりと「愚図ね」と罵倒しながら、流れるような仕草で私の頭に五つのクッションを器用に乗せていく。これはもしや、落とすたびに増えていく形式なのだろうか。


 困る私を意に介さずクッションを乗せ終えたヴァイオレットさまが続けて言う。


「あの誘拐は、私たちが本当に入れ替わりをしているのか見るためのもの。それからもう一つ、お前が本当に有用な薬を作ることができるのか――おそらくそれを見極めたかったのでしょう。その証拠に折角誘拐させたお前を、誘拐犯の黒幕は引き取りに来ることはなかった」

「……⁉︎」


 意味が分からず振り向くと、またクッションがぼふんぼふんと音を立てて落ちる。

 そのクッションを拾いつつ、困惑した気持ちそのままを口にした。


「え、でも……それでは私は有用なお薬を作れないとみなされたということでしょうか? あの時、ドミニクさまはあの場にいたすべての方を巻き込んで爆破事件を起こそうと……」

「この私が、お前を爆破させるわけがないでしょう」


 何でもないようにそう言いながら、ヴァイオレットさまは私が拾ったクッションや近くにあったクッションを再び、私の頭に七つ乗せた。器用にも程がある。


「ただもしも万が一、この私がお前やヨハネスやそのほかあの場にいた全員の者を見殺しにする――そう判断したのなら、黒幕自ら止めたでしょうね。お前は間違いなく、有用な薬を作ったのだから」

「それは安心しましたが……止めることができるお立場の方なのですね」


 ドミニクさんの目標はあの場を爆破することだったと聞いた。その他の話を聞く限りでも、止めろと言われても止まらなかったんじゃないかと思う。


 火薬を持っていたというドミニクさまを捕縛するためには、機敏に動ける騎士さまなど、捕縛に手慣れた精鋭の方が少なくとも数名は必要になると、私にもわかる。

 それにドミニクさんは高価なナイフや資金を提供されているご様子だったそうだし、やはりとても裕福な権力者であることは、きっと間違いないのだろう。


 それで思い当たる人物が、先ほどから脳裏に浮かび上がっていた。


「……その黒幕が、ディンズケール公爵なのですか?」

「いいえ?」

「えっ」


 思わず目を見開いた。

 それではあのディンズケール公爵に向けたヴァイオレットさまの意味深な発言は何だったんだろう。

 そして執拗なほど私に結婚を迫るあの真意は……? と首を傾げる私を、ヴァイオレットさまがじっと見て、鼻で笑った。


「駒を勤めるのでしょう? お前のようなポーカーフェイスもできない小娘に、今はこれ以上教えるわけにはいかないわ」

「う……わかりました……」


 気になるところではあったけれど、ヴァイオレットさまは『今は』と言ってくださった。

理由あって教えられないというのなら、ヴァイオレットさまの邪魔をしないためにも、食い下がるのは本意ではない。


 しかしエルフォード公爵との会話も経て、一つだけ気になっていることがある。

 ほんの少し躊躇いながらも、意を決して慎重に口を開いた。


「ヴァイオレットさま。……ヴァイオレットさまが今立ち向かっているお相手は、ヴァイオレットさまのお母さまの……仇となるお相手なのですか?」

「……」


 私の発言に、ヴァイオレットさまの雰囲気が変わる。

 静かにこちらを見つめる瞳をじっと見返すと、ヴァイオレットさまは口元だけを持ち上げた。


「なぜ?」

「ええと……た、大半は勘でしかないのですが……」


 しっかりとした根拠はない。けれど、なんとなく確信があった。

 その確信をほんの少し後押しした違和感を、口に出す。


「先ほどヴァイオレットさまのお父さまとお話しました。その時ヴァイオレットさまのお父さまは、ヴァイオレットさまの知性はお母さま譲りなのだと、そう仰っていました」

「……」

「そこで、ふと思ったんです。ヴァイオレットさまのお母さまが亡くなった原因は、先々代の国王陛下が大公閣下の奥さまに……お腹の中のお子さまを流す、お茶を送ったことが原因で……」


 これを話すのは、胸が痛む。

 けれどそれはなるべく表に出さないように淡々と、慎重に言葉を続けた。


「ですが改めて、それはおかしいと思いました。ヴァイオレットさまと同様に聡明な方が、子流しのお茶だと知った上で大公閣下の奥さまに贈るなんてこと、するはずがありません」


 大公閣下は、先の大戦で万の敵を退けたと言われている。

 そんな大公閣下を、先々代の国王は魔術師というだけで忌み嫌い、そしてその力の強さを恐れた。


 その気になればこの国を蹂躙できるだろう稀代の魔術師の妻に、嫌がらせのためだけに子どもを流すような毒物を、名前も伏せずに正面から贈るはずがない。


 少なくとも、私なら絶対に渡さないだろう。




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