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可愛かったからではない

 



 クロードがヴァイオレットと初めて出会ったのは、両親に連れられて行ったエルフォード公爵邸での茶会だ。

 自分より二つも下の七歳だというのに、妙な存在感を纏った少女だった。


「……お前が、最近ヨハネスと仲が良いと言うブラッドリー侯爵家の次男ね」

「クロード・ブラッドリーと申します。お会いできて光栄です」


 礼をすると、彼女は目を細めて品定めをするかのような眼差しを向ける。


「騎士を目指していると聞いたわ。剣術の才もあると、陛下直属の騎士団長が自ら稽古をつけているとか」


「おお、ヴァイオレット様の耳にも噂が届いていましたか。お恥ずかしながら我が息子、才能に溢れているようでして……」

「相変わらずだな、ブラッドリー卿」


 隙あらば家族を褒める癖のある父に、エルフォード公爵が苦笑する。

 クロードは内心で父を恨めしく思った。いつもこの調子なので、最近では父と一緒の外出が憂鬱でたまらない。

 そんなクロードに向けて、ヴァイオレットが口を開く。


「お前はヨハネスに仕えるの?」

「はい。そうしたいと思っております」


 クロードの言葉にヴァイオレットがすっと目を細めた。


「あのぼんやり王子に仕えるなんて。お前、」



 ◇◇



 ヴァイオレットの部屋を出てから自身の執務室に戻る途中、クロードはヴァイオレットと出会ったばかりの頃のことを思い出していた。


(ぼんやり王子に仕えるなんて犬死決定だとか、騎士とはつまり国の犬、お前に犬の真似が務まるのかなどと言われたな)


 傲慢な少女。


 初対面での彼女の印象はそれだけだ。彼女の方も、大した反応も見せないクロードに「つまらない男ね」と鼻白んでいた。お互いの第一印象は、最悪だと言えるだろう。


 しかしヴァイオレットの嫌味に反応しなかったことが陛下の耳に入り、何故か婚約者候補の筆頭としてたびたび彼女と共に行動しなければならないことが増えた。そして嫌でも、彼女の所業が目に入るようになる。


 気に障った令嬢に手酷い言葉を浴びせ、夜会から退場させることは序の口だ。酷いときでは家門に手を伸ばし、破産寸前まで追い込むこともあった。


 没落した家もある。

 クロードの友人の家だった。友人の姉が夜会で、ヴァイオレットのドレスの裾を踏んでしまったことが理由だそうだ。


 どうか執りなしてくれと、友人がクロードに地に頭を擦り付けたことを思い出す。


『無礼を働かれたら倍にして返さなければ、いつか必ず足元を掬われるわ』


 どうにか許してやってくれ、と頭を下げたクロードに、ヴァイオレットはそれ以上の言葉を発さなかった。


 家の没落が、ドレスの裾を踏まれた無礼に見合うものだとクロードは思わなかった。周りを見てもそのような仕返しをしている者は一人もいない。ヴァイオレットは悪女として名を轟かせ、その名を優雅に楽しんでいる節さえあった。


 間近でそんな彼女の姿を見ている内に、クロードはいつしか彼女を最低な人間だと決めつけるようになった。



(……そんな彼女に、母を思い出して泣く心があるとは思わなかった)


 今朝、朝食を持っていった時のことを思い出す。

 いつもは朝食を置いたらすぐに去るが、その時は嫌いなはずだった蜂蜜を、果たして本当に食べるのかと好奇心が働いた。


 断じてフレンチトーストを目の前にして、目を輝かせるヴァイオレットの様子が可愛かったからではない。焦って喉に詰まらすのではと、身を案じたからでもない。


 彼女はおそるおそると言った風に一口食べて目を見開き、幸せそうに頰をゆるめた後――ぽろぽろと、涙をこぼしたのだった。



(彼女が母を亡くしたのは……確か、五歳の時か)



 彼女の母の噂は、クロードも聞いたことがある。とても美しい人だったそうだ。その淡い紫色の瞳からすみれ姫と呼ばれ、国中の男が彼女に夢中になったのだと。


 慕っていた母の死を思い出したくないのか、ヴァイオレットは母が亡くなってから、花を連想させるものを厭うようになったそうだ。

 とはいえよもや蜂蜜までが苦手だったとは、ヨハネスもクロードも思いもしなかったのだけれど。



(……母を亡くし、寂しかったのは本当なのだろう)


 あの涙が、流石に演技から出たものではないとクロードは思う。もしも演技であったとしても、ヴァイオレットは自身の弱みを見せることを、この上なく嫌う女性でもあった。


 そんな彼女が、まさかクロードにああいう姿を見せるとは思わなかった。


 心配になって共に昼食を取ろうと、彼女の部屋へと行った彼はまた驚愕し、混乱することになる。


 ノックをしても応答がなく、まさかまた倒れているのではと声掛けをしてから部屋に入ると、彼女は真剣な眼差しで鍋の中で何かを煮て、手元の紙に何かを書きつけていた。



(あれはどういうことだ。どう考えても専門的な知識を有している。慣れた手つきといい、一体……)


 元々、聡明な女性ではあった。

 しかしそれは相手の弱点を即座に見抜き、自分に有利な状況へ導いていく賢さだ。広い視野と頭の回転の速さは、天性の支配者と言えるだろう。


 だが今日の彼女は、一つの真理を追求していく――本来彼女が持っている能力とはまた別の、研究者のような視点だったとクロードは思う。



(頭の中がめちゃくちゃだ。――くそ、考えれば考えるほど、わからなくなる)


 内心で悪態を突く。

 今から王宮へ報告に行かなければならないというのに、どう報告すれば良いのか。


(――きっと今日、彼女が作ろうとしているもののことを言っても。何を企んでいるのかを疑われて、あれらのものを取り上げるよう命じられてもおかしくないな)


 部屋の中に火気があること自体、異例だ。

 そのことをどう報告すれば疑われずにすむのかを考えた自分に気づき、クロードは舌打ちをする。これでは自分が、彼女を守りたいと思っているようだった。



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