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健闘



 そう言い切るエルフォード公爵の言葉には、重みがあった。

 小さく息を呑む。そんな私に向けるエルフォード公爵の眼差しの強さは変わらないけれど、その目にはほんの少し、諦念のような色が滲んでいた。


「だが君は、今後の人生の成長を語る時は断言していた。それだけは評価しよう」

「……!」

「どちらにせよ私は、亡き妻と『ヴァイオレットの人生は全てヴァイオレットの思う通りに歩かせる』と、そう約束をしている。君があの子と今後関わるか関わらないか……決めるのはすべて、ヴァイオレットと君自身だ。今回は少々、意地悪してしまったがね」


 そう言って立ち上がったエルフォード公爵が、執務室の扉の前に行く。

 視線に促されて慌てて立ち上がり扉の前に行くと、エルフォード公爵がほんの少し心配そうな顔をして、私に「ありがとう」と口にした。


「え……?」

「以前君は、ヴァイオレットを万能だけれど全能ではないと言った。そして今回も、あの時と変わらず守れるようになりたいと。……あの子を理解し守ろうとする人間は、もう貴重だ。あの時言ったように親としてこの上なく嬉しい気持ちであることは、嘘ではない」

「……!」

「まだ諸手を挙げて賛成とまでは思えないが、しかし君たちが仲直りできるよう、君の健闘を祈るとしよう」


 そう柔らかな笑みを浮かべたエルフォード公爵が、手ずから扉を開く。

 目で外に出るよう促すエルフォード公爵に、私は「あの」と声を出した。


「色々と教えていただいて……ありがとうございます。頑張ります」


 私の言葉に目を丸くしたエルフォード公爵は、呆れたようにふっと笑う。


「貴族社会で生きていくならば、素直すぎるのもよろしくない。……けれど、君のそういうところを、ヴァイオレットは気に入っているのだろうね」


◇◇◇


「ソフィア様、ヴァイオレット様がお戻りになりました」


 エルフォード公爵の執務室を出て、どこからともなく現れ私の後ろをついて歩いてくれた侍女が、ヴァイオレットさまの部屋の扉を叩く。


 十数秒待っても返事はない。どこか躊躇った様子で部屋の扉を開けようとする侍女を止めて、私は首を振った。


 もしかしたら開けた瞬間、この侍女にトラウマが残る出来事が起こるかもしれない。


「ここでもう大丈夫で、……大丈夫。この私がやるから、お、お前はもう行きなさい」

「……? か、かしこまりました……」


 鳩が豆鉄砲を食ったよう、のお手本のような表情をした侍女が、頭を下げて去って行く。


 彼女の反応から察するに、またもやヴァイオレットさま節が失敗してしまったようだ。

 もしやこれで扉の向こうにいるヴァイオレットさまのお怒りポイントが更に溜まってしまったのではと、内心で頭を抱える。

 しかしいつまでも頭を抱えているわけにはいかない。深く深呼吸をした後に覚悟を決めて扉をノックし、少しだけ小さい声を出す。


「あ、あの……入ります」


 数秒の間を置いて、おそるおそる入る。


 私――ヴァイオレットさまは、優雅に長椅子に座り本を読んでいた。

 こちらを見もしないヴァイオレットさまは、完全に私の存在を無視している。その怒り方は意外で、だからこそ自分が投げつけた言葉の重さに胸が痛くなった。


「ヴァイオレットさま……本当に申し訳ありませんでした」

「何が?」


 目線は本に向けたまま、しかしそれでもヴァイオレットさまは答えてくれた。


「ヴァイオレットさまの助言を無視して助けに来てくださったにも関わらず、ひどい言葉を吐いてしまったことです」

「ひどい言葉、ね」


 ヴァイオレットさまが小さく鼻で笑う。


「ひどい言葉ではなく、無礼な言葉の間違いでしょう? 酷いのはお前の頭よ。『もうしばらく顔も見たくない』と言いながら、私の姿のまま尻尾を巻いて逃げ出すなんて愚かにも程があるわね」

「た、確かに私は愚か者ですが……!」


 容赦のない言葉だけれど、毒づくその声はいつもとほんの僅かに違う。

 私は長椅子に座るヴァイオレットさまの前に行って、ヴァイオレットさまの目線と合うようにかがんだ。


「私が、助けにきてくださったヴァイオレットさまにとんでもない暴言を吐いてしまったことは、本当に申し訳ありません。で、ですが……」


 そこまで言って、すうっと大きく息を吸う。そのまま止めて、勇気を振り絞ると同時に大きく吐き、そのままの勢いで言葉を続けた。


「ヴァッ、ヴァイオレットさまは……す、少し勝手だと思うんです」

「はあ?」


 思い切り眉を寄せたヴァイオレットさまが、私に不愉快そうな表情を向ける。目を逸らしたくなる気持ちを抑えつつ、やけくそ気味に言葉を続けた。


「それに、少し隠し事もしすぎだと思うんです!」

「謝る気もないどころか、更なる無礼を重ねにきたの?」


 心底不快そうなヴァイオレットさまが私に向けて伸ばした手を、急いでかわす。


(ヴァイオレットさまは、私の体に入っている時に魔術は使えないと仰ってた。……だったらきっと、入れ替わりの術式に解除の条件も入れているはず)


 今まで入れ替わりが解けるきっかけはすべて、ヴァイオレットさまに触れられることだった。

 だからもし触れられてしまえば、きっとこの入れ替わりは解消してしまう。


 そしてその瞬間にエルフォード公爵邸から叩きだされ、二度とヴァイオレットさまに会えなくなる。


 そんな確信があった私は、舌打ちをして私に触れようとするヴァイオレットさまから必死で逃げ回った。


「お前……!」

「ち、違うんです! 最後まで聞いてくださ……っ、ヴァイオレットさま⁉︎ どうして私の体でそんなに機敏な動きが……⁉︎」


 地獄の番犬ですら尻尾を巻いて逃げ出すだろう恐ろしいオーラを放つヴァイオレットさまの猛攻を、手近にあったクッションで交わしつつ叫ぶように言った。


「わ、私は! ヴァイオレットさまが一人で何かを抱え、一人で何かを企み、一人で何かをしようとして――それで私を使うのが、寂しいんです!」

「……」


 不快そうに眉を寄せつつ、ヴァイオレットさまが一応は話を聞く素振りを見せてくれる。

 気が変わらない内にすべてを言いきってしまおうと、クッションを盾にしてヴァイオレットさまの目を見つめながら、私は急いで言葉を重ねた。


「入れ替わる前、オルコット伯爵邸にいた間、私はずっと人生を諦めていました。あの物置部屋の中で薬を作り続けてきましたが、その薬を作ったところで、何の手応えもありませんでした。だけど入れ替わって初めて、世界に色がついて、手触りを感じました。助かる命をこの目で見て、あらゆる知識を吸収して、今、毎日生きてることを実感しています。そしてそれらが手に入ったのは全部――ヴァイオレットさまのおかげなんです」

「くだらない」


 大きなため息を吐いたヴァイオレットさまが、髪をかき上げながら私を思い切り睨みつける。





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