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ヴァイオレットの真意



「ヴァイオレットの様々な真意を、俺は長年見抜けなかった。今も見抜けていないことがあるだろう。けれど……君は誰にも頼らないヴァイオレットを助けるために成長したいと考え、ヴァイオレットは君の成長を望みつつも、君の害になるような場所には行かないようにと命じた。……それが友情かどうかはわからないが、俺の目には君たち二人の関係は相手を思う気持ちに満ちた、とても特別なものだと思う」

「……」

「君は泣き虫だな」

「す、すみません……。どうしてでしょう、クロードさまと知り合う前まで、泣いたことはなかったのですが……」



 以前は固まっていた筈の涙腺なのに、今はなかなか止めることができない。止めようと思っても勝手に涙があふれてきて、困ってしまう。


 ぼろぼろとこぼれ落ちる涙を拭いながら嗚咽する私を、クロードさまがあやすように抱きしめる。


 そのぬくもりに、遠い昔お母さまに抱きしめられた記憶を思い出す。けれどクロードさまの体はとても大きくごつごつとしていて、お母さまのものとは違う男の人のものだった。


 遠い昔お母さまにきつく抱き着いた時のように抱きしめ返すことは憚られて、クロードさまの服の裾を掴む。

 心地よい人の体温と、触れたことのないクロードさまの体。

 安心感と微かな緊張感の二つの感覚に包まれながら、私はそれから少しの間、クロードさまの胸で泣いたのだった。


 


 ――それから、少しして。

 友人にあるまじき距離にハッと我に返ったのは、殆ど二人同時だった。


「すすすすすまない」

「わ、わわわ私こそ」


 飛びのくようにパッと離れて、熱くなった頬を隠すように後ろを向く。

 ぱたぱたと頬を仰いでようやく冷めた瞬間振り返ると、耳を赤く染めたクロードさまが片手で顔を覆っていた。


 ともすれば照れているようにも見えるその表情に一瞬首を傾げ――すぐに気を引き締めて、「大丈夫ですか?」と声をかける。


「めまいやだるさはございませんか? まずは上着を脱いで水分を……」


 まだ過ごしやすい気候とはいえ、もう日差しも強くなってきた。騎士さまの隊服は生地も分厚く長袖なため、夏に適した服装とはとても言えない。

 熱中症の始まりではと危惧する私に、クロードさま神妙な顔で首を振った。


「……いや、大丈夫だ。そういうのではない」

「診察しなければわかりません。吐き気や筋肉痛はありませんか? それから首を触ってもよろしいでしょうか? 体温を確認したく……」

「待ってくれ」


 ほのかに頬を染めたままのクロードさまが、私を止めるように片手をあげる。


「本当に大丈夫だ。これは持病のようなものだ」

「持病をお持ちだったのですか⁉」

「失礼、体質だ」


 驚愕に目を見開く私に、クロードさまが必死さを感じさせる表情でそう言った。

 心配な部分はあるけれど、騎士さまには強靭で健康な肉体が求められる。確かに持病があれば騎士さまは、少なくとも騎士団長は続けられないだろう。


 これ以上は絶対に触れてほしくないという強い意志を感じることもあり、クロードさまを観察しつつも、とりあえず診察をとりやめる。


 だけど後日、絶対に健康診断を受けていただこう。


 そう固く心に誓いながら、私はクロードさまに頭を下げた。


「……ありがとうございます、クロードさま」

「俺は何もしていない」

「とんでもないです。いつも助けていただいています」


 クロードさまは、いつも欲しい言葉をくださる。

 あらためて湧き上がる感謝の気持ちと、心がふわふわと浮き立つような不思議な感覚に、頬がむずがゆく緩んでいく。


 クロードさまを見るたびに浮かんできた感情が、なんだか今日はとても強く感じる。

うまく名前が付けられないこの感情を、私が知る語彙の中で一番近いものに当てはめるならきっと多分、敬愛なのだと思う。


「本当にありがとうございます」


 その気持ちをこめて再びクロードさまにお礼を言うと、彼は少し眩しいものでも見るような表情で私を見て、小さく咳ばらいをしたあと「とにかく」と言った。


「ヴァイオレットの言葉を誤解して、自信を失う必要はない。言葉は悪いが、君はそのままで有益だ。そしてその有益さ以上に、ヴァイオレットは君自身を気に入っているのだろうから」

「それでしたら、とても嬉しいですが……」


 褒められて少しだけ照れつつも、ほんの少しの疑問が浮かぶ。


 ――ヴァイオレットさまは一体、私の何を有益だと思っているのだろう。


 私の取り柄といえば、薬作りだ。


 王宮薬師となって最新の知識と技術を学べている分、物置部屋にいた時よりはずっと薬師として成長したと思う。

 けれどもただ薬作りの腕前を求められているのなら、相手が誰でも――それがヴァイオレットさまなら尚更、私は喜んでどんな薬作りにでも挑戦する。


(ヴァイオレットさまは今後入れ替わる際、無様な真似をさせないように私を教育したのだと仰ったけど……)


 少なくともその言葉は、前回の事件――私が貧民街に攫われるまでは、事実だったと思う。

ヴァイオレットさまとの仲が縮まったと私が思うのは、貧民街でしばらく一緒に過ごした時からだ。


(けれどもそれは、おかしい)


 愚図が嫌いだと仰るヴァイオレットさまは、無駄なことがお嫌いだ。

今後何かの理由で他の方と入れ替わらなければならない事態に陥った時は、貴族令嬢としての教育を受けているご令嬢と入れ替われば何の手間もない。


 そもそも私たちの入れ替わりの発端は、ヴァイオレットさまが投獄されたことにある。


 あの入れ替わりは、当初ヴァイオレットさまが犯人と目星をつけていた、『アーバスノット侯爵の孫娘』である私でなければだめだったという、明確な理由があった。

 ヴァイオレットさまがわざわざ教育を施してまで『私』との入れ替わりを想定しているのなら、きっとそこには必ず理由があるはず、だと思う。


(それに……)


 前から違和感を覚えることはあったけれど、ヴァイオレットさまは何かを隠しているような気がする。


 思い返せば喧嘩の発端となってしまったディンズケール公爵のお茶会での公爵への言葉を筆頭に、ヴァイオレットさまの言動は意味深だ。

 実のお母さまを殺めた犯人を何年もずっと一人で探していたヴァイオレットさまは、今回も何か大きなものと戦うため行動しているのかもしれない。


 もしかしたら今回も、たった一人で。


「私……ヴァイオレットさまに、会いに行きます」

「ああ。こういうことは、早い方がいい」


 私の言葉に、クロードさまが頷いた。


「俺も行こう……と言いたいところだが、こういう事は二人で話したほうがいい。エルフォード公爵邸まで送ろう」

「ありがとうございます」


 そうお礼を言うと、クロードさまが小さく苦笑する。


「ヴァイオレットの考えは俺にはわからないが……無事に仲直りをし、二人で何か行動する時は俺にも教えてほしい。ヴァイオレットもそうだが……君は、無茶をしすぎる」

「ヴァ、ヴァイオレットさまほどではないと思うのですが……」


 少々不本意な気持ちになりつつも、心配の気持ちはありがたい。


「ありがとうございます」

「ああ。――それじゃあ、行こうか」


 今日何度したかわからない感謝の気持ちをこめてまたお礼を伝えると、クロードさまは優しく笑った。


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