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ソフィアクイズ



 翌日。

 一晩ダンゴムシのように丸まって頭を冷やした私は、ナンシーさんとノエルさんに深く深く頭を下げた。

まだ気持ちは落ち込んでいるけれど、二人に迷惑ばかりかけてもいられない。


「まあ……悪いものでも召し上がったのかしら。エルフォード公爵令嬢が謝ってるわ……?」

「……」


 二人が信じられないものを見たと言いたげに、目を見開いて絶句している。秩序が好きなノエルさんに至っては顔が強張っていて、警戒の色がありありと浮かんでいた。


 そんな二人に、私はことの顛末をお話しすることにした。


 元々私達が魔術で入れ替わったことは、内緒にしていたわけではない。実際に公表したこともある。

 ただヴァイオレットさまが禁忌魔術を複数組み合わせて考案したという入れ替わりの魔術は、本当にそんな魔術があると判断するにはあまりに荒唐無稽すぎたのだ。


 説明するたびに嘘だと思われていることがひしひしと伝わる眼差しと苦笑に耐えきれず、いつの間にか入れ替わりの魔術については口をつぐむようになっていただけだった。


 けれども以前、貧民街の方々は、私たちが入れ替わっていることに言わずとも気づいてくれた。

 ナンシーさんやノエルさんとはそんなに長い付き合いではないけれど、それでも密度の高い時間過ごし、お互いわかりあえたことが増えてきた分、信じてくれるのではないかと淡い期待を持つ。


 しかし私が洗いざらいに話したあと、二人は顔を見合わせて沈黙した。

 確かに、すぐには信じられることではないかもしれない。

 何とかわかってもらえる手立てはないものかと、少し悩んで口を開く。 


「あ、あの……もしよろしければ、私とお二人の間でしかわからないようなクイズを出していただけませんか? 全問正解したら、信じていただきたいです……」

「うーん……わかりました。それならまず私から質問を。さて、私の恋人は今何人いるでしょう?」

「えっ……」


 一問目にして難問が出てきてしまった。

 ナンシーさんの恋は展開が著しく早い。最長で一ヶ月、時には三日単位で恋人の数が変わることもある。

 頭を抱えながら、絞り出すような声で負けを認めた。


「す、すみません……。わからない、です」

「うーん……? これはソフィアちゃんが言いそう。ノエルちゃんはどう思う?」

「そうですね……私も、ナンシーさんの恋人の数を日々把握することは諦めているので……」

「まあそうよねえ……私にもわからなくなる日があるし……正解ってことにしちゃいましょう。花丸です、大正解~!」

「ありがとうございます……」


 一問目からの脱落は避けられたようだ。小さく安堵の息を吐く。


「じゃあ次はノエルちゃん。何かいい質問ない?」

「ええと……」


 ノエルさんが少し困ったような顔で逡巡し、口を開いた。


「それでは……ソフィアさんの三大好きな薬草を教えてくださいますか?」


 これまた難問で、思いきり眉根を寄せた。

 この世の中に薬草と名のつくものはたくさんある。そのどれもが、素敵な効能を持つものばかりだ。

 その中から三つを選ぶだなんて薬草を裏切るような真似は、私にはとてもできない。


「………………すみません。地上にある薬草は、全部好きです……」

「わっ、ソフィアちゃんの解像度が高いわ。絶対こう言うわよ」

「間違いないですね」

「えっ、いいんですか……?」

「ええ。どう考えてもソフィアちゃんの答えだもの」


 よかった、とほっとする。確かにこのクイズの目的は正解不正解を測るものではなく、私らしいか否かを見るものだ。


 どんな問いであろうと、ありのまま素直に答えればいいらしい。

 本人である以上絶対に答えられると少し安心をしたところで、更にナンシーさんが私には必ず答えられる問いを投げかける。


「だけど、ソフィアちゃんを知ってるヴァイオレットさまなら答えられるかもしれないわよね? じゃあ、世界の三大薬草を答えてもらいましょうか」


 これは間違いようがない。

 ようやく気負わずに答えられると、静かに口を開く。


「あ、はい……。そうですね、世界三大薬草はそもそもその時々の時代や国によって変わっていくものでして、これが絶対三大薬草と論じることはできずまたこの三大というのも効果の強さや効能の幅広さよりも簡単に手に入るか否かまた調合が容易かなどに大きく焦点に当てての判断だと思われますのでけして薬草の優劣ではないということが大前提のお話とはなりますが、この国の現在においての三大薬草は……」


いつものように薬草に敬意を払いつつ、つらつらと説明を始める。

しかし絶対に間違えてないと断言できる私の答えに、ナンシーさんとノエルさんが顔を見合わせた。


「……話していることは絶対確実にソフィアちゃんなのだけれど、やっぱりこの方はソフィアちゃんじゃないんじゃないかしら……? ちっとも楽しそうじゃないわよ」

「はい。薬草のことを話しているにも関わらず、こんなに目が死んでいて声に抑揚もないソフィアさん、見たことがありません。……天変地異の前触れでしょうか」

「……!? ソ、ソフィアです!」


 絶対に正答できる質問で疑われ、思わず慌ててしまう。

 しかし私に疑わしいものを向ける二人の目線に、しょぼしょぼと肩を落とす。

 そんな私に、ナンシーさんとノエルさんが気味の悪いものを見たような、なんとも言えない表情をした。


「……元気がないのは、少し自分の無力さを痛感するような出来事がありまして……」

「無力……?」

「痛感……」

「私は薬作り以外に何もできない、無能で愚かな引きこもりなのですが……」

「……無能で愚かな引きこもりですって」

「お姿には著しくそぐわないお言葉ですね」


 二人がひそひそと話す。

 この姿でこんな弱音を吐くのはとても不気味に違いない、ヴァイオレットさまにも申し訳ない……と思うものの、一度吐露した感情は、止まることがなかった。


「いつかお力になれるよう頑張ろうと思ったものの、結果身の程知らずの私は足を引っ張り助けられてしまう始末。当然のことを言われただけなのに、私は、ひどい暴言を……」

「暴言……デイリールーティンよね」

「エルフォード公爵令嬢なら、日に三度は仰っているかと」


 そう。ヴァイオレットさまの厳しい言葉は、日常のこと。いつものことだ。

 筋違いだったのは、私の方。その事実があらためて胸を刺し、口を開く。


「……っ、もう合わせる顔もありません……!」

「ええええええ⁉︎」

「ソフィアさん⁉︎」


 床に突っ伏し、自分の愚かさを嘆く。

 昨日までの憤りはすっかり消えていた。代わりに湧き上がる恥ずかしさと無力感が惨めに体を震わせて、泣くのを堪えるだけで精一杯だった。


 あの物置部屋から出て色々な経験をして、自分はもっと何かができる人間だと思っていた。

 けれどもやっぱり私の本質は、物置部屋にいた時と変わらない。人と目を合わせるだけで精一杯の、誰からも相手にされない小娘なのだ。


 あたふたと慌てふためく二人に心の中で何十回目かの謝罪を繰り返しながら、私はそのまましばらく床に突っ伏していた。




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