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よりどりみどり



 一瞬首を傾げたけれど、そもそもこのお茶会に誘われたのは友人を作った方が良いという忠告によるものだ。

 気にしたことはなかったけれど、私には貴族の友人がいない。誰か一人くらい話が弾む、穏やかなご令嬢がいたらいいなと少しだけ期待する。


「まだ茶会が始まるまで、少し時間がある。――少し、話でもしようか。アーバスノット侯爵はお元気かな」

「あ……ええと、はい。お元気そうです。先日も画期的な論文を発表されていて、薬師として本当に頭が上がらず……」

「はは、あいかわらずだな。昔から彼は変わらない」

「お祖父さまとお知り合いなのですか?」

「ああ。――知り合いといっても、親しく会話をしたことはそうそうないがね。ただ、アーバスノット侯爵と君の祖母君の縁談をまとめたのは私の父だ」

「えっ」

「といってもアーバスノット侯爵と君の祖母君は幼馴染であり患者と主治医の関係だったから、父は少し背中を押しただけだがね」


 驚いて目を瞬かせる。

 お祖父さまとお祖母さまが幼馴染だったというのは、薬師長から話を聞いて知っていた。

『あの偏屈な方の相手を出来るのは世話焼きの奥様だけ』と優しく笑う薬師長に、まったく知らないお祖父さまやお祖母さまの関係性が垣間見えて嬉しかったものだ。


 けれどその結婚が、まさか先代のディンズケール公爵がまとめたものだとは思わなかった。

意外な繋がりに驚いたままでいる私に、ディンズケール公爵が微笑む。


「君の祖母君は元々体が弱かったそうだが明るい女性で、歴代のアーバスノットの中でもひときわ偏屈な侯爵の懐に入れるのは、彼女だけだったそうだよ。結婚とはいいものだね」

「そうでしたか……」


 お祖父さまと、顔も知らないお祖母さまを想像する。一度だけでもお祖母さまに会ってみたかったと思いながら曖昧に頷くと、ディンズケール公爵の目に鷹のような鋭い色が浮かぶ。

 空気に、ピリリとした緊張が混じるのを感じた。


「以前私が言ったことを覚えているかな」


 思わず体を強張らせると、ディンズケール公爵が穏やかな笑みを纏ったまま口を開いた。


「才ある者は、次代にその才を残さねばならない。そして数ある才の持ち主の中で、傑出した才能を持つのはアーバスノット侯爵家の人間だ。だというのに、アーバスノットの血を引き継ぐ最後の人間である君は、数ある縁談をすべて断り続けているそうだね」


 先ほどまでの穏やかな表情や空気は微塵もない。

 体を強張らせたまま言葉も出せないでいると、ディンズケール公爵が表情を歪めた。

その表情はまるで、汚れて使い物にならなくなった無機物を見るような眼差しだった。


「嘆かわしい」


 鋭く吐き捨てるような声でそう言ったあと、ディンズケール公爵がカップを手に持ち、紅茶に口をつける。

 ゆっくりと飲み下すと、今度はまた先ほどのように穏やかな笑みを浮かべ、口を開いた。


「――しかし、君はまだ若い、これまでその血の重大さが理解できていなかったとしても無理はない。君はアーバスノットの名にふさわしい、愚直で善良な娘だ。自分の我儘よりも後世の人間の命を選ぶだろう?」

「あ、あの……」

「そろそろ茶会の時間だ」


 有無を言わせない口調でディンズケール公爵が立ち上がる。

 計っていたかのように扉が開く。恭しく入ってきた使用人が、退路を断つように私の後ろについた。



◇◇◇


(わっ……あわわわっ……)


 ディンズケール公爵の激変に危機感を覚え、逃げる方法はないものかと考えたものの逃げる手立ては見つからず、覚悟して辿り着いた会場となる庭園で――私は目を剥いた。


 確かにこれは、お茶会なのだと思う。


 お茶の用意もされているし、お菓子の用意だってある。

 けれどたくさんの『令嬢・令息』が集まると聞いていたその場所には、令嬢は一人もいない。

 いるのは男性だけだった。


 予想をはるかに上回る大人数の男性が、席にずらりと座っている。


 見るからに上品な方、顔立ちがとても整っている方、筋骨隆々とした方、なんだか芸術的な方。

 様々なタイプの男性がそこにいて、私の姿を見るなり優しく微笑んでいる。

 その中にはフレデリック・フォスターさまも座っていて、絶句する私に苦笑しながら、小さく手を振っていた。


「こっ、こここっ……これは……!?」

「君の結婚相手候補だ。好きな者を選ぶといい」


 まるでレストランのメニューを差し出すような軽い調子で、ディンズケール公爵が言う。


「けっ……すっ、え……!?」

「皆君の仕事を応援してくれる者ばかりだ。裕福なことも保証する」

「!?!?!?」


 結婚するようにと諭されてから、まだ五分も経っていない。

 心の準備の一切を許さないその手腕に、ディンズケール公爵の本気を改めて感じてしまう。


「さあ、座るといい」


 挙動不審になる私に、ディンズケール公爵が有無を言わせない口調で言った。


(……ヴァイオレットさまの言う通り、やっぱり来るべきじゃなかったのかもしれない)


 そんな弱音が後悔となって胸に広がり始めたけれど、思い直して手を握る。

 脳裏に浮かぶのは、ヴァイオレットさまの言葉だ。


『何があっても胸を張って前を見なさい。驚いた時ほど、誰よりも美しく高貴に』


 気付かれないよう小さく深呼吸をする。背筋を伸ばして顎を引き、お腹の底に力を入れた。


「あ……あの、ディンズケール公爵閣下。大変ありがたいお申し出ですが、本日は友人を作るための、交流を深めるためのお茶会とお聞きしていました」


 微かに語尾は震えてしまったけれど、お腹の底から声は出せたと思う。

 そのことに安堵してディンズケール公爵の顔を真正面から見返すと、彼は不快そうに眉を顰めた。


 怖い。

 けれどこんな怖さ、ヴァイオレットさまの前でお茶をこぼしてしまった時に比べたら何でもない。


 今までのあらゆる恐怖体験を思い出し必死で前を向きながら、また再び口を開いた。


「以前閣下は夜会で、結婚には相性が大切だと仰っていました。私もそう思います。しかしこのような不意打ちな初対面で相性を確かめることは、私の心情として少し厳しいと言いますか……」

「私は、『我儘を許さない』と言っている」


 私の言葉に、ディンズケール公爵が冷めた声を出した。


「君は一体、何を勘違いしているのだ?」


 その場の温度が一気に下がるような低い声音に、言葉を失う。


「どれほど功績を残し優れていようと、君はただの王宮薬師だ。そして没落しかけている惨めな伯爵家の、一介の令嬢にすぎん」

「……!」

「絶対的な身分には傅けと、エルフォード公爵令嬢から学ばなかったのか?」

「そのような小物が吐くような台詞を、この私が吐くとお思いですか?」


 突如聞こえてきたのは、ここにいる筈のない方の声だった。





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