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正直俺は、君を稀代の悪女だと思っている

 



 柔らかく煮込まれたホロホロのお肉が、口の中で甘く崩れた。

 何が何だか私にはよくわからない、複雑で芳醇な香りが鼻に抜けていく。


「これも美味しいですね!」

「牛肉の赤ワイン煮か」

「赤ワイン……」


 多分きっと他にも色々入っていてのこの味わいなのだろうけれど、大人の味わいに一気に赤ワインが好きになった。いつか原液で飲んでみたいものだと、うっとりと思いを馳せる。


「……そういえば君は、赤ワインが好きだったな」

「え! そうだったんですか」


 じろりと私を見る視線に、下手な演技をやめろと言いたいのだろうと察して、私は「そうでした。ついうっかり」と頷いた。


「だけどこの塔に来てから好きなものがたくさん増えてしまいました。中でも甘みの素晴らしさと言ったら……いつもよりも頭の働きが良い気がして。今日はまだまだ頭が働きそうです」


「真剣に何かを作っていたな。ニールの話を聞いて何やら思いついたと言っていたが」


「はい! 流通が容易で、腐りにくく、安価で病になりにくくなる食べ物があったら良いのではないかと思いまして」


 そう言って私は説明を始めた。


「例えば口に入れた瞬間、えずいてしまうほど苦味の強いニガニガという植物があります。それから収穫量は多いものの、収穫時期が非常に短くすぐに腐ってしまうイダテンという植物もあります。しかし、どちらも栄養価が高いんです。特に白いパンと一緒に食べるのがおすすめで……。なのでそれらを、味わわずにすみ、腐りにくくする、密閉できる容器を作りたくて」

「密閉できる容器?」


 真剣な顔で聞いてくださったクロードさまが、少し驚きを込めた顔で言う。


「セラチンの葉の煮詰め液とグルセルンの煎じ液を合わせた溶液を煮詰めたあと、冷まして乾燥させると、とても丈夫な固体ができるのです。完全に冷めきる前なら粘土のように形を自在に変えられます。食べても問題なく、温めるとさらりと溶けます。これは絶対に使えると思うんです。……実用までまだまだ時間はかかりそうですし、できたとしても今度は中身との相性など、諸々の課題はあるのですが」


 なんなく飲み込める程の小さな容器を作り、その中に苦味の強い植物を入れれば味わわずにすむ。


 また、食べ物が腐る原理はまだわかっていないけれど、イダテンに関しては空気に触れないようにすることが、腐らせない方法だということがわかってきた。


 もちろん、こちらも本当に大丈夫なのか、しつこいくらいに確かめなければいけないけれど。


 それに薬は精製方法で効果が強くなったり弱くなったりする。食材も同じで、干したり煮詰めたりなど調理法を変えれば、栄養を濃縮することができるかもしれない。そうなればきっと効果的だ。


「ニガニガもイダテンもセラチンもグルセルンも、この王都ではよく採れる野草です。つまりお金がかかりません! 材料費を抑えられ、軽くて運びやすくなれば、貧しい土地に暮らす方々にも手に入りやすい価格で届けられるのではないかと……」

「…………」


 クロードさまが難しい顔をなさっている。その表情を見て、急に自信が無くなってきてしまった。


「世間知らずなことを言ってしまったかもしれませんが……」


私がそう言うと、クロード様は少し考えこんだあと、重苦しく口を開いた。


「……もしも成功したとする。だが、国内にはまだ貧しい土地は多い。その適量を俺はよく知らないが、少なくともそこにいる者達全員に、充分行き渡る量となると自生しているものでは賄いきれないだろう。農民による栽培が必要になる。それからその容器とやらを大量に作りあげるための人件費や、大掛かりな設備も必要になるはずだ」

「そうですか……」


 自分では良いアイディアだと思ったけれど、やはり私は世間知らずだった。

 しょんぼりと肩を落としていると、「だが」とクロードさまが口を開いた。


「もしもそれがうまくいったとするなら、それは素晴らしい技術だ。実際もしそういったものができたなら、遠征に行く騎士団にも欲しい。俺にそんな知識はないが、様々な分野に応用も効くだろうとは予想できる。投資したい者は多いはずだし、食糧問題は数年前に起きた飢饉から、我が国の大きな課題として認識されている。不可能ではないだろう」


 そこまで言ってクロードさまが「正直俺は、君を稀代の悪女だと思っている」と正直なことを言い出した。下げて上げて落とされている。


「だが、この塔に来てからの君は……。いや、おそらく混乱する俺を見て楽しんでいるだろうことも、何か目的があって動いているだろうこともわかっている。俺の知る君はそういう人だ。しかし、例え邪悪な動機ゆえだとしても、君が今話したその試みは、素晴らしい……尊いことだと、認めざるを得ない」


 クロードさまはそう言うと、ふう、とひとつため息を吐いた。


「今の発言に関して、俺は君を尊敬する。ヴァイオレット・エルフォード」


 そう言いながら、クロードさまは少しだけ微笑んだ。



 ――もしかして、これは、認めてもらえたのかな。


 じわじわと頰がゆるむ。

 胸のあたりがむず痒くて、嬉しいし恥ずかしい。


 照れに照れている私を見て、クロード様が落ち着かないような、複雑そうな顔をしていた。







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