目が覚めたら投獄された悪女だった
新連載です。
よろしくお願いします。
◇
――なんだか、妙に体がふわふわとする。
妙に快適という、慣れない感覚にぼんやりと目を開けると、見覚えのない天井が広がっていた。
「……? ここ、どこ……」
さっきまで寒い部屋で、毛布を体に巻き付けて床の上に眠っていたはずなのに、私が目を覚ましたのはとても暖かな、夢のように柔らかいベッドの中だった。
「目が覚めたか」
戸惑っていると、突然低く鋭い声が響いた。人がいることに驚いて声の主を見ると、そこには恐ろしいほど美しい顔立ちをした、騎士さまがいた。
艶々とした黒い髪。二重の切れ長の瞳は鮮やかな碧色だ。
顰められた眉は凛々しく、鼻筋が通っている。
昔、すり切れるほど読んでもらった絵本に出てくる騎士さまのようだ。抜け出してきたのだろうかと、そう錯覚してしまいそうな美しさに、思わず息を呑む。
だけど……どうやら、騎士さまは『オルコット家の恥知らず』と呼ばれる私の噂を知っているらしい。
彼が私に向けた眼差しは、なけなしのパンに生えたカビを見るかのような、疎ましいものに対するそれだった。
「あ、の。これは一体どのような状況でしょうか……?」
少し怖いなあと思いつつも尋ねると、碧の瞳が更に剣呑な色に変わる。「往生際が悪いな」とため息を吐きながら、彼はキッと私を睨め付けた。
「ヴァイオレット・エルフォード公爵令嬢。君の罪は到底許容されるものではないと、とうとう陛下も君を見限られた。殿下の婚約者に無体を働くなど、馬鹿な真似を」
「ヴァイオレット、エルフォード? 殿下?」
「……知っているだろうが、俺は君のその安い演技に騙されるような人間ではない」
そう言って騎士さまは軽蔑の目を私に向けた。
おそらく人違いをされているのだろうと思うけれど、状況が飲み込めない。
ヴァイオレット・エルフォード公爵令嬢のことは、屋敷から一歩も外に出たことがない私でも知っている。
誰よりも美しく、誰よりも――オルコット伯爵家の恥知らずと噂される私よりも、はるかに性根が腐っていると噂の悪女ではなかったろうか。
「俺は長年君の婚約者の筆頭候補として、君の悪徳をこの目で見続けてきた。……故にけして同情はしないだろうと、王太子殿下より直々に君の監視を命じられた」
「婚約者? 監視?」
悪女ながらも美しいと評判の婚約者と私――引きこもりの醜女と噂される私を間違うなんて、もしかしてとても目がお悪いのではないだろうか、目薬を作って差し上げた方が良いのかしら……と思いつつ、私は慌てて否定をした。
「あ、あの。人違いをなさっています。私はただの引きこもりで、あなたの婚約者では。私は、」
「……君はそこまで最低な人間だったのか」
不快そうに顔をしかめた騎士さまが、深くため息を吐いて私を一瞥する。
「君がいくら魔術に長けていても、この塔は大公自ら魔封じの術をかけられた。逃げ出せると思うな」
そう言い放った騎士様は、そのまま部屋から出て行ってしまった。鍵がガチャリと閉まる音がする。
「どうしよう……」
とんでもない勘違いをされているみたいだ。何がどうなってこうなったのか、見当がつかない。
困り果てて自分の頰に手を伸ばし――、違和感を覚えて思わず手のひらに目を落とした。
労働に触れたことのない綺麗な手。爪はいつの間にか長くなり、派手な赤色に染められてきらきら光る宝石で彩られている。
自身の体に目を落とす。
私が身につけているのは、見たこともない真っ赤なドレスだ。異母妹の趣味でもない派手派手しいそのドレス越しに、隠し切れないスタイルの良さが見て取れる。
悲しいことに私の体ではないことは確実で、思わず絶句した。
部屋をきょろきょろと見回すと、作り付けの鏡台が見える。慌てて駆け寄り顔を覗くと、そこには全く知らない美しい女性が映っていた。
淡い金色の髪に、宝石のように美しい紫の瞳。子猫を彷彿とさせるような妖艶な美女は……本当に、私じゃなくて。
「どういうこと……?」
困惑して首を傾げる。もしかして私はまだ夢を見ているのだろうか。
頬をつねろうとすると、長い爪が頬にぐさりと刺さる。痛い。痛いということは、これは、
「夢じゃない……?」
鏡の中の妖艶な美女が途方に暮れたように眉を下げるのを、私はまだ信じられない気持ちで眺めていた。