005 人質の幼馴染は助けなくてもいいのかな。
後ろでクスクスと笑ってる雑魚らは放って置いて、榛名は目の前の剣士に意識を集中する。この男はかなり強い。たしかイワノフだっけか。だからちょっとした疑問を投げかけてみた。
「なんでこんな事をやっているの」
「なんのことだ」
「あんたのような実力者が、腐った貴族に傅いてる理由が気になっただけだよ。病弱な妹さんでも人質に取られてるのかな」
「俺に妹はいないぞ」
「そうなの。まあいいけど」
ちょっとだけ動揺が見られた。妹は居ないらしいけれど、人質に取られているのは義理の妹とか幼馴染なのかもしれない。
どんな理由でこの貴族に雇われているかは全く全然興味はない。ただ、この男の腕はいいから、こんなところで潰すのはもったいないと思っただけだ。
ならば潰さずに無効化すれはいい。とは思うけれど、シヴァの虚弱な体でどこまで通用するかはある意味賭けだろう。今のステータスで、強い相手を殺さずに無効化するのは骨が折れる。
「行くぞ」
丁寧に声をかけてから、イワノフは剣を振り上げて飛び込んできた。なんだか騎士っぽい態度は好感が持てた。やっぱりここで殺すのはとてもおしい。
剣筋はかなり良いけどスピードは若干遅い。転移しても身に染み付いている能力は引き継いでくれるらしい。力は出ないが技は出せる。
榛名は彼の剣を軽くいなしてから後ろに飛んで距離をとった。イワノフの攻撃はとても重い。スピードよりも重さに重点をおいているのだろう。けれどそれはどう考えても、『華奢な少女』に対する攻撃ではない。彼はたぶん、榛名の事をか弱い小娘だとは思っていないらしい。敵の力を認識する力もあるとは、ますますもったいない。
「あんた強いね。わたしの護衛になりなさい」
このレベルの剣士を手元においておくと、これから先何かと便利である。右も左もわからないこの世界の道案内にもなってもらおう。
イワノフから距離をとったため、雑魚に囲まれる感じになった。男が五人に女が一人。全員がいわゆる冒険者っぽいカッコをしてる。ステレオ音声で飛んでくるやじが何だかとても鬱陶しい。年頃の少女に向けるのはどうかと思うほど下品なやじもいくつかあった。不愉快だ。
「静かにしてよね」
刀を頭上に掲げたあと、その刀を素早く振り下ろしながら回転する。榛名の周りで騒いでいた雑魚は、全員が物理的に静かになった。
その場で息をしているのは、榛名の他には貴族と執事と剣士の三人だけだ。貴族は驚愕の表情で固まり、執事は顔をしかめている。剣士だけが笑っていた。
「面白い。このオレを倒したら、お前の護衛を引き受けよう」
「ありがとう。約束だよ」
自分を負かした相手の護衛とか、考えてみれば意味がないと思うのだけれど。それでもこの剣士を手駒とできるならそんな事にはこだわらない。必要なのはこの世界の一般常識と時間稼ぎの盾なのだから。
シヴァのレベルはイワノフと比べるまでもなくとても低い。けれど実際に戦ってみると、村娘という職業的な問題はさておき、体は自然に鍛えられていてストレスなく動かすことができた。だから目の前にいる剣士とも互角に戦えている。何より戦闘経験が格段に違うのだから。
総合的な戦闘力が互角ということもあってしばらく剣を交えて楽しんだ。こんな気分は久しぶりだ。十分に体が温まってきたところで攻撃のスイッチを入れる。榛名は簡単にイワノフの剣を弾き飛ばし、それは空を舞って貴族の目の前の床に突き刺った。
「まいった」
「もういいの?」
「ああ、十分だ」
剣を飛ばされた時点でイワノフは戦いをやめた。腕力もありそうだから小娘を素手で殴り殺すぐらい簡単だろう。でもそうしなかった。そして案外と楽しそうな表情をしていた。
「おいイワノフ、何をやってる」
貴族が叫んだ。
「旦那様、ここは引きましょう。あれはやばいです」
「何を――」
執事があわてて魔法陣を展開し、その直後に二人が消えた。
「転移魔法か」
不快だった貴族には逃げられたけれど、この世界にも魔法があるのを確認できたのは朗報だ。魔女のいる世界に魔法があるのは必然だと思うけれど。この目で見るまでは半信半疑だったのだ。
しかし転移魔法か。
多くの小説では高難易度の魔法のである。それを簡単に発動したその執事は結構な強者なのだろう。もう会わないとは思うけれど。
「あなたの雇い主は逃げた見たいよ」
「そうだな」
「それで、着いてきてくれるのよね」
「ああ、約束だ」
イワノフは素直にそう言った。信用していいかどうかわからないけれど、とりあえず情報を仕入れるために連れて行こう。それからの事は後で考えよう。
「人質の幼馴染は助けなくいていいのかな」
「なんのことだ」
その場に残ってたのは村娘の少女と、凄腕の剣士と、すでに息絶えた雑魚のみなさまだけだ。そのままここにいて面倒に巻き込まれるのも嫌だったので、イワノフを連れて屋敷をあとにした。
ちょっと間があいてしまってすいません。
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