003 メイド喫茶でチョコパフェを注文した。
会話に支障ない程度には言語が使える事を確認した榛名は、同い年の宿屋の娘ともっと話をしたかったけれど、とても忙しそうだったので、暗くなる前に帰るとだけ伝えて宿から外に出た。宿賃は三日分払ってあったので急いで身の振り方を決める必要はない。街の様子を見てから決めれば良い。
そうしよう。
出掛けに、宿屋の娘に市場の場所を聞いておいた。この世界の金銭価値を調べるためである。手持ちのお金にどれくらいの価値があるかが死活問題であるのは間違いない。
宿屋の場所は思ったより街の中で、市場も歩いて十分ほどのところにあった。異世界物では定番ともいえる露店が並ぶ市場ではなく大きな建物だった。一階は主に食料品があり、二階には日用品がならんでいる。まるでスーパーマーケットだ。実際には小売店の集まりで、それぞれが独立した店舗になっていた。野菜や果物から始まり、鮮魚、肉、乳製品、パン、調味料、酒など多岐にわたる。目ぼしいものはだいたいあった。
それぞれの価格を調べながら、榛名はゆっくりと市場を回る。
「物価は同じくらいかな」
レートは別にしても、数値としては一桁違うくらいだった。手持ちのお金があれば、働かなくとも一ヶ月くらいは過ごせそうである。宿賃は聞いてなかったけれど食料に比べて格段に高いと言うこともないだろう。
この体は普通にお腹が空くので、昼ごはんを入手するために市場のパン屋に入った。パンの種類はそう多くなかったので、比較的定番の塩パンとあんぱんを買ってみた。もちろん飲み物として牛乳は忘れない。
購入したパンをかかえて市場の隣りにある公園に向い、食事ができるスペースを探した。開空いているベンチを見つけて座ると、向かには若いカップルがいて、彼女が作った手作り弁当を食べている。
思ったよりこの街は平和だった。
袋からパンを出して一口頬張る。パンはあまり食べ慣れていないけれど、味そのものは悪くない。ここは食べ物チートが成立する世界ではないらしい。
そのつもりもないけれど。
「次は仕事だな」
ステータスにMPの表記があったので、普通に魔法は存在すると思う。生活水準の割に技術が発展していないと感じるのはたぶんそのせいだ。
もう一度スマホを起動して自分のステータスを確認した。スキルとか魔法とかのタブはあるけれど色が薄いままで選択できない。MPが高いわりに使える魔法が一つも無いのは、職業とレベルのせいだろう。
村娘レベル八は正直いって雑魚である。
その割に攻撃力は高いので、物理的に殴り続ければ一般の市民ぐらい簡単に倒せそうだ。目の前でいちゃついているカップルのステータスを鑑定して、榛名はそう結論づけた。
異世界だと思ったけれど、もしかしたらVRかもしれない。設定が思った以上にゲームっぽいからだ。それにしてもNPCはリアルすぎる。VRの世界だろうが、異世界には変わりないからそこはどうでもいい。さっさと魔女を見つけて元の世界に帰るだけだ。
魔女を探すとなれば、やはり冒険者だろうけれど、そう言った類のものがあるかもわからない。情報を得るなら酒場が一番だ。しかし、十六歳の体では少しばかり無理がある。ここでも未成年は飲酒禁止のようだった。
どうしようか考えながら目的もなく歩いていると、街外れにちょっとお洒落なお店を見つけた。喫茶店だ。榛名は引き込まれるように店に入る。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは若いメイドだった。
普通に喫茶店だと思って入ったらメイドカフェである。
異世界物にメイドカフェとか、無いわけじゃないけれどちょっと珍しい。しかもキャピキャピのメイドでなく本物のメイドのように落ち着いた雰囲気だで、服装も格式が高いし接客のレベルも高い。表の看板にはメイドのメの字もなかったから、たまたま店員の制服がメイド服に酷似しているだけと言う可能性もあった。
店内には数組の客がいたけれど、身なりの良い大人ばかりだ。だから店員もメイドなのかもしれない。村娘の衣装では若干、いやかなり浮いていた。けれどその程度のことで萎縮する精神を榛名は持ちわせていなかった。
メニューにチョコレートパフェがあったからだ。
向こうでは食事を摂る必要はなかったけれど、甘いものは大好きで喫茶店に通ってはスイーツを食べまくっていた。それだけが楽しみだった。
スイーツのためなら、それ以外のことは些細なことだ。
世界平和も関係ない。
「うん。幸せ」
値段は少し高めだったけれど、チョコレートパフェは予想を遥かに超えるの美味しさだった。
だから色々と面倒くさいことは綺麗サッパリ忘れていた。
そのあとあんなことになるとは、榛名は全く思っていなかった。