002 魔女を探せがミッションかよ。
榛名桜子は、とりあえず現況を再確認することにした。
仕事をこなす上での基本である。
クローゼットの中には、今着ているワンピースの他に、薄手のカーディガンとスニーカーが入っているだけで、ツバ付きの大きな帽子とか、箒はなかった。
机の上には小さめのショルダーバックがあったので、まずはその中身を確認する。そのままひっくり返したい気分だったけれど、割れ物でも入っていたら大惨事だ。仕方なく一個ずつ取り出した。異世界物でよくある魔法のかばんとか、アイテムボックスの様なチート装備ではなく、何の変哲もないただのダサいかばんだった。
かばんに入っていたのは、身分証のようなもの、茶封筒、紙幣と硬貨、スマートフォンとソーラーパネル付充電器、サイコロキャラメル大のキューブ三個の六種類である。異世界にスマートフォンとかどこのライトノベルだよ。
まずは身分証のようなものを手にとって見る。ICカードタイプの学生証とソックリで住基カードと書いてあった。とりあえず文字が読めることに安堵しつつ、その内容を確認する。表面には写真と一緒に名前と年齢が記してあった。
シヴァ・十六歳。
十六歳というのは予想どおりである。体だけでも若返った事を榛名は素直に喜んだ。
名前にファミリーネームの記載が無いけれど、この世界ではこう言うものなのかどうか今は判断できなかった。異世界転生のケースでは、平民であれば貴族と違い家名がないというのがてっぱんではあるけれども。
しかしシヴァか。
この世界にヒンドゥー教が存在するとは思えないが、神の名前とは恐れ多い。それともゲームに出てくる召喚獣のことだろうか。氷属性はあまり得意ではないのだけれど。
身分証の裏面にはそれこそ学生証のような注意事項と発行者であるクリメニア王国の名前が書いてあるだけだった。
それでも名前と年齢がわかったのは大きな収穫だ。
お金の方は価値がわからないのでそのままにして、茶封筒を手にとった。
中には便箋が二枚だけ入っていた。
「悪いけれど、まずは、その世界のどこかにいる魔女を探してちょうだい。帰り方はその魔女が知っているから、一緒に戻ってきてくれると嬉しいな」
一枚目はあの女からの手紙だった。要件だけなのが腹立たしい。
けれどやることだけは明確だ。
二枚めはスマートフォンの使い方だった。
電源を入れてみるとアンテナにはバツがついている。通信装置として使えないのは明らかだ。だとしたら何に使うかということだけれど、どうやらステータスの確認ができるらしい。
せっかくなので試してみる。アプリを起動すると、対象者が表示された。今は自分の名前しか無い。シヴァをタップっすると簡単なステータスが表示された。
名前:シヴァ
種族:不明
年齢:十六歳
職業:村娘
レベル:八
HP:三九〇
MP:三九〇
攻撃力:三〇
防御力:九〇
とりあえず、村娘なのは見た目通りで、しかも相当レベルが低い。その他のパラメータも数値自体は大きいけれど、強いんだか弱いんだか、てんで見当がつかなかった。まずは他人のと比較する必要がありそうだ。防御力が攻撃力の三倍もあるのは、以前の自分の能力を考えれば当然だろうと思う。数値的に見た感じは、すごくしょぼいのだけれど。
キューブの方は見慣れたものだ。
確認もしないでかばんに戻した。
状況を考えると、いきなり十六歳になっているから異世界転生ではない。姿が異なるので異世界転移の中でも憑依と言うジャンルなのだろう。
なので次にやることは、この体のもとになる記憶の呼び出しだ。
榛名はベッドに腰掛けて目をつぶる。
心の奥に閉じられた自分のものではない記憶を探る。
この体の持ち主の記憶と感情が一気に流れ込んできた。
この娘の記憶は混沌としていた。
ただ、はっきりと分かったことは、家族による虐待から逃げるために、着の身着のまま逃げ出して、この宿に駆け込んだところで力尽き、深い眠りに落ちたということだけである。
孤児として生きてきた自分には理解できない感情だった。
悪いとは思ったけれど、しばらく体はお借りしよう。
目的と現状が一応は確認できたので、早速行動を開始することにした。
まずは部屋を出て一階へと向かう。
もう遅い時間だったので、食堂に客らしい人は居なかった。
「おはようございます」
なんとなく見覚えのある少女を見つけて声をかける。食器を片付けているからこの宿の従業員だろう。
「おはようございます。朝食にしますか」
「お願いします」
以前は空腹を感じたりしなかったけれど、流石に人間の体だとお腹が空く。出てきたプレートを一気に平らげてから、スマートフォンを取り出し、食器を下げて去っていく店員に向けステータスを確認した。
名前:リツ
種族:人
年齢:十六歳
職業:宿屋の娘
レベル:一二
HP:二〇
MP:三
攻撃力:一
防御力:三
「はぃ?」
思わす驚きの声を上げた。
レベル差はそれほどが無いのにステータスが違いすぎる。年齢も同じだし、職業だって大差ないはず。普通の娘がこの程度だとしたら、自分はちょっと強すぎる。
悪いことではないけど、力加減には気をつけよう。
うっかり殺してしまいそうだ。
2021.03.17 レベル設定変更