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Coming back home 彼の場合

作者: たま

駅のホーム、反対ホームで懐かしい顔を見た。

電車の待ち時間、ホームの看板を見るとはなしに眺めていたら、彼女がいた。


彼女は僕に気が付かない。


以前より伸びた髪を風に靡かせ、手元の鞄から何かを探しているみたいだ。


5年ぶり、だろうか。

全体的に大人っぽく、女らしい感じになっているけど、身に纏う雰囲気は変わっていない様に見える。

声を掛けようか迷って、挙げようとしていた手を力無く下ろす。


今更。

5年前に彼女を切り捨てたのは、僕だ。

そう、彼女は、友達だった。

親しい友達、友達以上恋人未満、といったらおかしいけど、そんな不安定な関係だった。


僕には、年上の恋人がいた。

僕より6歳年上で、僕は恋人を真剣に好きだった。


結婚しよう。


僕の人生最初のプロポーズに、恋人は泣き笑いの顔で「無理よ」といった。

その言葉で僕達の関係は終わった。

僕が決断するのを恋人は待てなかった。

繋ぎとめるためにプロポーズをしたのすら、きっと恋人にはお見通しだったのだろう。

僕は21から25まで4年付き合った恋人にふられた。


彼女に会ったのは、ちょうどその頃。

初めて会ったのは、僕が当時住んでいたアパートの近くにある個人経営の居酒屋バーで、だ。

地方から大学進学で東京に来て、料理が面倒になると良くお世話になった。

居酒屋バーというだけあって、居酒屋値段の料理はおいしいけど安くて貧乏大学生の僕には大助かりだった。そのまま就職しても、相変わらず僕は常連だった。

彼女は短大を卒業して就職したばかりで、その店の一人娘で看板娘のみっちゃんの同期だった。

自惚れかもしれないが、みっちゃんが僕に気があるのは分かっていたが僕には恋人がいたし、店にも連れてきていたからかみっちゃんからは直接は言われたことはないのだけど。

みっちゃんとは支店が違うけど、研修で仲良くなったの、という彼女がその店に遊びに来たことから、僕達は出会った。

店で会えば一緒に会話するのが当たり前の景色になるように。


そして僕達の仲がかなり近くなったのは、場末の映画館で偶然会ってから、だ。

4時間越えの大作イギリス映画。

一人の青年が家令になって生涯を終える。

それだけの映画だ。

起承転結など無い、ただ淡々とイギリス郊外の美しい四季の移り変わりを、彼の特に何も無い生涯を切り取った映画。

そんな映画館でも監督のマニアはいる。

何を隠そう僕もだ。

この監督は何が言いたかったのかわからない、毎回そう思うのに新作が封切られるとやっぱり観に行く。そして案の定首を傾げる。

しかも彼の映画は基本3時間以上は当たり前。

同行する人間を探す方が難儀するから、僕は基本一人で観に行く。

そんな映画に、彼女はいた。

当然だが、知り合いに会うとは思っていなかったのは彼女も一緒で。

僕と目が合った彼女も相当驚いていた。

既に僕も彼女もチケットを取っていたから席は離れていたけど、そんな映画だ。

そんなに客数がいる訳でも無し、席数だって少ないが当然混んでいないので二人並んで観た。


それ以降、何となく気になる映画を一緒に観たりして二人で会う時間が増えてきた。


彼女はみっちゃんに遠慮していたみたいだけど、僕達はどんどん仲良くなっていった。


お酒を飲むペース、話の間合い、相槌をうつタイミング。

笑いのツボ、全てが僕に馴染む様に心地良い。


色々な話をした。

小さな頃の話、今現在のちょっとした悩み。

彼女は社会人1年目だったので、仕事場の人間関係等、色々な悩みを聞いてアドバイスをあげたりもした。

決定的な事は特に起きない。

穏やかで温かい関係。

だけど、そのうち恋人同士になるんだろうな、と僕は思っていた。


そんな関係が1年以上続いた頃。

飲んでいたビールがこぼれて彼女のワンピースのスカート部分がかなり濡れてしまった。

困った彼女に僕は家で洗濯して乾かしていけば、と言った。

下心が全くない親切だったわけは当然ない。

彼女が僕の家に来た時、僕達はそうなるんだろう、と勝手に思っていた。

そのつもりで来たのだと思っていた。

だから、普通に誘った。

だけど、彼女は、躊躇した。

彼女の瞳で、態度で僕を好きだと全身で訴えているくせに。

彼女は小さな声で言ったのだ。

「でも、みっちゃんが…」

ここまで来て?

僕には理解できなかった。

初めて会った時から、信じられなくらい会話のテンポもあう、僕が話そうと思っていたことを話し始めたり、同じ言葉を偶然言ったり。

昔からの知り合いのような気安さを感じていた彼女が目を伏せ、途方に暮れたような顔して僕を見ていた。

僕には、彼女が何を考えているのか分からなくなった。


会えば馬鹿笑いをするし、会話もする。

相変わらず彼女と話しているのは楽しい。

でも、彼女にその気がないのなら。

一回断られた僕には彼女を再度誘う勇気はなかった。

だから自分に言い聞かせる為に「俺、お前とは絶対寝ない」そう、冗談で言うようになった。

彼女は傷ついたような顔して、何かを言いたそうな顔をして僕を見るけれど、僕は彼女が何を言いたいのか分からない。

いや、違う。

本当は、彼女を傷つけたくて。

傷ついた彼女の顔を見て、やっぱり僕の事を好きなんじゃないか、だったらあの時何故。

自分の鬱憤をぶつける様にして言ったのだ。


僕達の会話のテンポがずれてきた。

小さな綻びが大きくなっていくように、少しずつ、少しずつ、何かがずれていくような。

何がずれているのかすら分からない。


僕の手から何かがこぼれ落ちていくような、焦る気持ち。

そんな時、妻に出会った。

地方支店立ち上げの為にヘルプに行った先にいた子。

僕の事を好きだと、タイプだと、それこそ声を大にしてアピールしてきた。

最初はお愛想で相手をしていた。

だけど、ヘルプ期間が終わる頃には彼女の僕を見る瞳の必死さを無下に出来なくなってきた。

妻は分かりやすかった。

駆け引きなどなく、ただ素直に気持ちを言う妻に、僕は絆されていった。


僕が妻と距離を縮めていくに従い、彼女からのメッセージが増えてきた。

僕の関心が徐々に妻は向かっていくのを彼女も分かっていたのだろう。

彼女からの僕をつなぎとめる為のメッセージを見て、何故、年上の恋人が僕のプロポーズを断わったのか分かる気がしたのは、何かの皮肉なのだろうか。


年上の恋人は、僕を待てずに去っていった。

僕も、きっと彼女を待てずに去ってしまったのだろう。


多分、タイミングが悪かった。

きっと、上手くいかなかった理由は、それだけ。


線路に視線を落とした。

誰かが落とした飴の包紙が風に舞う。


あの時舞っていたのは、落ち葉だったな。


そんな事を思い出す。覚えている自分に少し驚く。


反対ホームに列車がついた。

乗り込んだ彼女を未練がましく探す。

人混みに紛れ、見つからない。


ドラマや映画なら、彼女と目があって、それで。


それで。


だけど現実はいとも簡単に通り過ぎる。

発車のベルが鳴り列車は動き出してホームから去った。

勿論ホームには彼女はいない。

僕に気が付いてこっちのホームに来る、事もなかった。

僕は彼女がいたホームと、そして階段を交互に見て苦笑する。


彼女が来たとして、一体何を話すと言うのだろう。

今更話すことなど何もないと言うのに。


そう、今更。


今の生活に不満はない。

可愛い娘に愛する妻がいて。

世間一般でいう普通の生活。

だけど、とても愛おしい毎日。


今、少し感傷的になっているのは取引先でお世話になった人の葬式後だったから、だ。


お葬式の後に偶然彼女に遭遇した。


普段なら絶対使わない駅で。


だから僕は、その偶然に意味を持たせようとしてしまった。


この思いに名前をつけるなら、何とつければいいのだろう。


多分、単なる感傷。

きっと、ただの偶然。


胸ポケットにあるスマホが振動する。

見ると、妻からだった。


娘の満面の笑みと形が悪いパン。

初パン作り、のコメント。


美味しそうだね、今から帰る


返信をすると、了解のスタンプが直ぐに返ってきた。

自分の口元が緩む。


列車が駅に到着して乗り込む。


直ぐに忘れてしまう、もう二度と会わないだろう彼女への思いも、過去も置き去りにして。


列車が動き出す。


妻と娘の待つ家へ。


気が急いてしまうのは何故だろう。

ただ早く帰って、妻に「好きだよ」じゃなくて「愛してる」と伝えたい。


車窓から流れ変わる景色を見ながら、どうしてだか無性にそう思った。









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