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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

窮鳥の術

作者: 家紋 武範

 山間の道を娘は辺りを気にしながら歩いていく。

 年の頃は十七、八。身なりは木綿をまとった普通の村娘だが一人こんな山間部を歩いているのはおかしかった。

 娘の方でも鳥の羽ばたきや野犬の遠吠えに怯えるしまつ。

 どうやら道を誤りこちらに迷い込んでしまったのであろう。


 集落とはてんで逆の方向。

 山の奥へ奥へと進んでゆく。

 それを見ているのは梢の上から眺める山鳩だけではない。

 ダンビラを抱えたふんどし姿の野盗もまた舌なめずりをして見ていた。


 困った事に日も暮れだし、彼女がべそをかきながら走り出したその時。

 彼女の足下に矢が刺さった事で完全に固まった。

 そこへ黒く汚れた男の集団が笑いながら現れる。

 獲物を待っていた野盗たち六人があっという間に彼女を囲んだ。


「そっちには俺たちの砦しかねぇよ。おかしなねぇちゃんだ。どこへいく」

「ああ! されば麓の在郷でございます。どうかお許しを」


「在郷はここから三里ほどもある。戻る間に日が暮れて野犬の餌食だ」

「そうそう。無理はしねぇで俺たちの砦で休んでいきな」


 じりじりと詰め寄る野盗の集団に村娘は涙をためて山壁へと後ずさりする。

 これは生娘だと野盗の方でも興奮してきた。

 そうなればか弱き女だ。あっという間に一人に羽交い締めにされ、もう一人に足を押さえられて地べたに押し倒されてしまった。

 娘の方ではお許し下さい、お許し下さいと叫んでただもがく。


 その野盗の頭らしき男がふんどしをほどきながら近づいてくる。

 娘の方でも叫び声がさらに高まったところで、腕を押さえている男が目を白黒させて後ろに倒れた。

 暴れる娘の肘が男の大事なところに当たったらしい。

 みなそちらに目を奪われると、今度は足を押さえていた男が同じように倒れる。

 これも娘の膝が顎に当たったようだ。顎は急所だ。そこをおさえてゴロゴロと転がり回る。


「ヒィィィイイ! お許しを!」


 偶然にも解放された娘は、腰が抜けたように這いながら逃げようとするも別の男に腰の帯を掴まれて宙に浮いたようになってしまった。


「偶然か? この女、なかなか怪しいやつ!」

「お、お許し下さい。お許し下さい」


 しかし宙に浮いたままバタバタもがいたためか、大きく体が回転してその掴んでいる男のこめかみに足のかかとが当たったからたまらない。男は気絶したように横に倒れて娘は小さく呻きながら地面へと落ちた。

 気づけば大の男が三人も地面に転がっている。

 その代償に娘をひんむいてやろうと、男二人が諸手を上げて女に襲いかかると、娘の方では目をつぶって両手の拳を突き出したところが男たちのみぞおち。急所を叩かれた二人の男もこれまた地面に転がった。


「な、なに!?」


 野盗の頭があまりのことに驚くと、娘は妖艶に立ち上がったと思うと倒れた男たちから刀を拾い集めて状態のいいその一本の抜き身を晒す。




「さぁて。お前さんだけになっちまったねぇ」




 怪しく艶っぽい言葉遣いに転げている男たちも驚いてまだ痛む急所を押さえながら娘を見上げた。

 日が落ちる。娘の白刃が月に輝く。風で乱れ髪が幕のようにたなびいたところで娘は飛ぶ。その先には野盗の頭。横跳びに首を切り落とし、驚き転げている男たちへもキノコ狩りを楽しむように白刃を落とし一呼吸。


 娘は麓へは向かわず、白刃を手に提げながら野盗の砦へと歩を進める。

 この砦には四人の見張りがいたが、気を抜いていたのであろう。やすやすと娘の侵入を許し、騒ぐ間もなく白刃の餌食となった。

 そこには野盗だけではない。野盗に宝物とともに奪われてきた近隣の娘たちがおり、白刃の娘に完全に怯えきっていた。


「なにもしやしないよ。もう野盗たちは皆殺しにしたから安心をおし。ところでこの砦の牢に男が捕らえられてると聞いたんだが」


 震える娘たちは小さく奥にある青竹の格子で作られた牢を指差すと、一人の黒装束の小兵が顔中血だらけで縄をかけられていた。娘は苦笑しながらそれに近づく。


「やれやれ。墨谷(すみたに)の棟梁であるアツ様がそのザマじゃぁね」


 娘が白刃を振ると青竹の格子は割れ、小兵を縛っている縄も解かれた。

 彼女が男の猿ぐつわを解くとようやく小兵の方でも一息ついた。


「カチ。助かったぞ」

「やれやれ。討伐に行った夜盗の前でヘマやらかしたんだろう。自分の女房に助けられてるようじゃ男の甲斐性なんてあったもんじゃないよ」


 ずっと座らせられていた為に足が萎えてしまっている男を背負い、娘は砦の出口へ向かう。

 そしてようやく落ち着いたさらわれた娘たちへこう言った。


「あんたたちは明日の朝にでもめいめい自分の家へ帰りな。迷惑料に砦の中の金目のものはもらっちまえばいいよ。それじゃあね」


 今度は娘は麓の在郷へと向かっていく。

 月明かりに照らされて夫と言われる忍者を背負ったまま。


「まぁったく。野盗十人討伐して、自分の旦那背負って十両しかもらえないなんて商売上がったりだよ」

「まぁそう言うな。墨谷復興の第一歩だ」


「まったく口ばっかりなんだから」



 このカチが使ったのは女遁(じょとん)の中の『窮鳥(きゅうちょう)の術』というもので、追いつめられた鳥のようにもがいている間に近くまで敵を引き寄せて一気に叩いてしまう技である。敵が遠くに離れていれば反撃の機会を与えてしまう。だから間合いまで入れる必要がある。彼女はその術の達人なのだ。



 忍者アツ。くノ一カチ。

 自分たちの郷が奪われて逃げた二人。彼らの郷が再興されるのはそれから十余年経ってからである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後がとても好きです (∩´∀`)∩~♪ いいんですよ旦那が助けてもらっても ……(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪
[良い点]  忍びは確かに怪しいですね。  受け取る報酬に上限を持たせるところが、昔の時代劇のようでした。 [一言]  読ませて頂きありがとうございます。
[良い点] 拝読しました。 上手く構成されて、キャラが立っている忍者ものって、本当に面白いです!
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