実家に引きこもった僕が見たものは、モノクロの世界だった。
北国の春らしい肌寒い風が頬に吹き付ける。
ケンジはウィンドブレーカーに首を埋めて、ブルっと身震いしたあと、ゆっくりと歩きだした。
数日前までつぼみだった桜も少しほころび始めたようだ。
一週間もすれば満開の桜が奇麗に咲き揃うことだろう。
今年の桜はこれまでとは違って見えるはずだ。
なぜならば僕はもう、引きこもりではないのだから..。
<第1章>
1
「私からの提案は以上となります」
僕は少し緊張しながら相手方の反応を伺った。
「細かいところはさて置き、全体的にはいいと思うよ。エンジニアの意見も聞いてみないとダメだけど」
プロジェクトマネージャーの木村さんは興奮気味立ち上がった。
思ってもみなかった好反応に、自然と笑みがこぼれる。嵐のようなダメ出しも半ば覚悟していただけに返って気が動転し、次に何を言えばいいのか困ってしまった。
「とにかくまだ確定的なことは言えませんので、担当部署で詳細を検討した上でお返事を差し上げたいと思います」
楽天的なその場の空気を振り払うようにアシスタントの吉田さんが割って入る。
落ち着いたその口調からは、このプロジェクトに入れ込みすぎな木村マネージャーをとりあえず押さえなければという意図がはっきりと読み取れる。
無邪気に喜ぶ木村マネージャーとは対照的にあくまでも警戒心を解かない吉田さんの表情を見て、楽天から一転、意気消沈しそうになった。
しかし、プロジェクトの今後を考えると、あまりに易々と了承されるのも心配だ。
一カ月間、こんなに知恵を絞ったのは生まれて初めてのことだ。起死回生、渾身のプロジェクトを何がなんでも成功させたい。
僕にとって千載一遇のチャンス。もう二度とこんな機会はないかもしれない。絶対に失敗は出来ないという緊張で足元が震えそうになるのを「フー」と大きく息を吐いて落ち着かせた。
僕はボーと天井を見上げていた。薄暗いのと目がぼやけていたせいで、それが天井だと気づくのにしばらく時間がかかった。
目線を横に向けると、机の上に乱雑に散らかされたコップやカップラーメンの殻、マンガ本などに埋もれているノートパソコンが目に入った。カーテンの隙間が少し白んでいる。どうやら朝のようだ。
体が重い。というより動かす力がない。本当はその気力が湧かないだけなのだが、そういうことには気づかないふりをして、無意識の彼方へ追いやる。そういう人間らしい防衛本能がまだ残っていることに感謝した。
そのまま何度か眠りとまどろみを繰り返し、昼の声を聞いてやっとベットから抜け出すことができた。