第六話 俺とイリスと覚悟
誤字脱字があれば、ご報告よろしくお願いいたします。
「起きてくださいマスター。今日のやるべきことをしますよ」
「母さん、もう少しだけ……」
「カケル!起きろ!」
謎の声の叫び声で、カケルははっと目を覚ました。
「なんだ! 敵襲か!?」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
カケルが目を覚ますとスラム街には絶対にいない、人間離れした美形の少女が空中に浮いていた。
見たことのないデザインの服を着ており、どこか未来的な感じがする。
すぐに周りを見たが、カケル以外誰も少女を認識していない。
ついに食い物で精神をやられたかと思い、カケルは絶望した。
「大丈夫ですよ。マスターの精神はやられてません」
「――! 心の声を読んだのか!?」
「そうです。もう、あの時の光景を忘れたのですか?」
あの時の……はっ、夢の中の謎の声!? カケルは漸く気が付いた。
「あの空間はいわばマスターの頭の中です。それを私がちょちょいと操作して、心の声が聞こえるようにしました……マスター、いい加減会話してはどうですか?」
「あぁ、悪いちょっと混乱しているんだ」
「それなら少し時間をあげます。たっぷり考えてください」
カケルはお言葉に甘え、状況を整理していく。まず、彼女は誰だ。その問いにカケルは直ぐこたえられる。まぁあの謎空間の謎の声の主だよな。カケルはそう結論付けた。
次になぜカケルの心を読めるのか。カケルは少々答えを出すのに時間がかかった。何故俺の心の声を……そうか! あの全部『はい』で答えて、許可された内容の一部だな! カケルはそう結論付ける。
ただし最後の問い、何故彼女の姿が見えるのかが、カケルには皆目見当がつかなかった。
「もういいですか。さすがに時間がかかりすぎですよ」
「わかった。もういい。じゃあ確認していいか?」
「何なりと」
カケルは自分で確証がついたものから順に確認していく。
「まず、おまえは、まぁ、お前が言う俺の頭の中? で話していた声の主だよな」
「えぇ、そうです。正式名称を七十八式高度戦闘補助知能装置。イリスと呼ばれていました。どうぞ、お好きなように」
「そ、そうか」
カケルはイリスのいきなりの名前紹介に面喰ってしまうが、気を取り直し確認を続ける」
「それじゃあ、改めてイリス。お前が心を読めるのは、俺がお前の言ったことに全部許可したから、でいいんだよな」
「正確には、マスターの脳内ネットワークに私のネットワークを接続したからです。安心してください。マスターの生活には何の支障もありません」
影響がないかは正直確認のしようがないが、現状何も問題がないのでカケルは黙っておく。
「大丈夫です。確かにデメリットはありますが、それを上回るメリットがあることを約束します。必要なら契約証をかいてもいいですよ」
そうだった。そういやこいつは、俺の心が読めるんだった。また忘れていた。
「こいつではありません。マスターにイリスと命名されました」
「おっと、そうだった。まぁ契約書は別に書かなくていいい。そしてこれは質問なんだが、何で俺はお前の姿が見えるんだ? 周りの人は、お前のことが見えていないようにみえるが」
「お前ではありませんイリスです。いつになったらマスターはその単細胞の頭に、名前をインプットできるのですか」
こいつ、口悪いな!?
「……イリス、お前は俺にしか見えないのか?」
「そうですね。マスターの脳内ネットワークに接続したときに、直接網膜から光信号に変換して、私の映像を投影しています。いわゆる逆網膜投影型ARですね。まぁマスターには理解できないと思うので『イリスの超能力のおかげだやったー』とでも認識しててください」
「いちいち腹が立つなおま……イリス」
危ない。またお前って言いそうになった。カケルは自分の軽率な行動に反省し、どことなくスズカの奴に似ているイリスに揚げ足を取られないように、今後注意しようと心に誓った。
「愁傷な心掛けですね。私に聞かれてるとも知らずに」
「お前はいちいちうるさい!」
「大体わかった。イリス、お前は俺に凄い冒険者に、なれるようなんかこう……すごい力でサポートしてくれて、俺の人生がハッピーバラ色になることを約束してくれると。んでその代わり、俺には休む暇もなく前線に突撃して、玉砕しろと言っているのか?」
「別に玉砕しろとは言ってません。ただ、生き残る確率が小数点以下のところに、突撃してほしいだけです」
やっぱりそうじゃないか! カケルは憤慨した。過去にカケルに冒険者になるように誘ったやつは禄でもない奴ばかりだった。タクミ、スズカ、あの胡散臭い都市職員。皆、カケルはあまり好きではないか、嫌いだった奴だった。
「いいか、俺は死ぬのはごめんだ! 絶対に冒険者になんてならない!」
「そんなこと言って、冒険者になる準備をしてるじゃないですか。あれですかマスター、ツンデレというやつですか?」
「そ、それは……」
カケルには否定できなかった。実際問題、カケルがこの終わらない地獄を抜け出すためには冒険者になるしかない。その為にカケルは、度胸を付けるために外地へ死体を捨てるための仕事を受けたり、やっすいボロボロの双眼鏡を買って、モンスターを観察しようとした。
「確かに冒険者になろうとは何回も考えた! 只、死体を見るのは慣れても、モンスターを見るのはいつになっても慣れない! どうやったらあんな化け物を倒せるんだ!」
「その為に私がいるんです。マスターだけでは無理です。生き残る確率ゼロです」
「おいお前! 俺に辛辣すぎやしないか!?」
「だってマスターは馬鹿ですよね。あとお前呼びはもういいです。修正することを諦めました。馬鹿すぎます」
カケルは言い返そうとするが、よくよく考えると、イリスはかなりまともなことを言っていることに気が付いた。
カケルは元々戦闘経験はチンピラに襲われたあの一度だけ。しかも人間だ。さらに、武器の名称、操作の仕方、冒険者の登録方法、売れる遺物の種類、売却方法、その他冒険者になるための必要な知識を、何も知らなかった。
これで反論でもしようものなら、『俺は馬鹿です』と言っているようなものじゃないかとカケルは反省した。
「いい心掛けですね。少し見直しました」
「あぁ、俺も少し反省だな。それで? こんなバカな俺でも、最前線に行けるような超凄腕冒険者にしてくれるのか?」
イリスは少し感心したような表情をすると微笑みながらカケルに向かって言った。
「えぇ、勿論です。このダメダメなマスターを、私の超絶物凄い指導方法で見事に育て上げます。それにつきまして私から二つ、マスターにお願いがあります」
「よし来た! 何でも言ってくれ」
「一つ目は、私がこうしろといったことには必ず従って下さい。下手に自由意思で行動すると、マスターの命の保証ができなくなります」
「命の保証ができないって具体的に?」
カケルは聞くのが怖かったが、後で戦闘中に聞かされてビビるよりはいいと、思い切って聞いた。
「具体的に言うと、遺跡から帰れない、モンスターに殺される、冒険者に殺される、都市に一生実験台となる、etc……ですかね。あぁ、私がどっちでもいいと言ったら、そこまで命の危険はないですよ」
「わかった。絶対に従う」
「よろしい。……といっても過去の依頼主は全員逆らいましたが」
「……どれだけ生き残った?」
「半数死にました。ある意味ここが最初の登竜門ですね」
カケルは自分が命令違反したときに、死なないように女神に祈った。
「祈っても無駄だとは思いますが……では次です。挫けないでください。ほぼ確実に痛い目にあいます。安心してください。貴方の想像している痛みの十倍です」
カケルが想像していたのは、アオイに連れて行ってもらった三療師のいる、マッサージ屋のツボ押しの痛みだ。
あれは結構痛かったと、カケルが思想していた際の発言だったため、カケルは震え上がった。
「……分かった。我慢する」
「戦闘中はアドレナリンがドバドバ出ているので、痛みはそれほどでもないですよ。……はい、これで全部です。これらが守れれば『貴方は馬鹿でもなれる! 超凄腕冒険者!』を無事に終了することができます。よろしいですか?」
「あぁ! さっきから馬鹿馬鹿言われ続けてちょっとムカついているが、やってやる! よろしくな、イリス!」
「やっと、自然に名前で呼んでくれましたね。ありがとうございます」
カケルは希望の光が見えてきたことを、女神に感謝した。
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