第五話 俺と日常と夢の中
カケルがスラム街に住み初めてから一年程がたった。
カケルの日常は、以前とは大きく様変わりしていた。
「おっと、もう配給の時間か、早くいかないと無くなっちまう」
スラム街には配給所がいくつかある。主に都市管理企業が配給を行っているが、勿論利益があるため行っている。
食料を求めて暴動を起こさないためという目的もあるが、主な目的は人体実験のためだ。
モンスターの肉、未知の植物、遺跡から強奪した食料生産装置の試験稼働、遺伝子組み換えの危険性の検証、その他ありとあらゆる食料に関する実験のためだ。
スラム街の住人は自分の命を担保にして毎日を過ごしている。
「お、今日の飯はうまかったから当たりか? まぁ知る由はないんだが」
スラムの住人の命は、限りなく低い。スラム街を脱出しようにも、手段は限られている。
冒険者になるか、企業の実験台になるか、いくつかの地域を統括しているマフィアの所に就職活動をしに行くかだ。
「やっぱり冒険者になるしかないのかな」
スラム街の住人の大半は、あまり働いていない。水は公共の水道水があるし、食料も一応配給される。
働かなくても生きていくことだけは可能だが、そんな社畜には夢のような生活にも欠点がある。
「モンスターの群れが来たぞ! 武器持ってる奴はさっさと前に出ろ! 弱っちい奴はさっさと逃げろ!」
「くそ、またモンスターかよ! マフィアの連中弾薬余ってるのか!?」
こうやって、稀に冒険者がモンスタートレインを引き付けて逃げてくることがある。
都市防衛隊は下層都市までしか守らない。なのでスラム街は冒険者がモンスターを殺し終えるまでのおとりというわけだ。
「よっしゃあ! 冒険者達がきたぞ!」
しかし、都市にも沽券というものがある。自分の部隊を動かさない代わりに、冒険者に依頼を出して駆逐してもらうのだ。当然都市の意向に逆らうことのできる冒険者はごくわずかなため、有力者は全員駆り出される。
「はぁ。今日も生き残れた」
「おいお前、そこに落ちてる死体、外地に捨てとけよ」
「わかった」
下層都市に近ければ近いほど、統治しているマフィアの規模もでかくなる。あまり汚くしすぎると、都市から人もろとも浄化されてしまうので、スラム街の都市近くは下層都市と見分けがつかない。
しかし、毎月みかじめ料を調達されるので、そこに住めるのは一部の人のみ。
カケルのような根無し草の連中はマフィアの統治すら届かない外地の近くに住んでいる。
「今日もたくさん死んだな。俺もいつ殺されるか……」
外地の近くに住んでいる連中は基本的に働かない。たまに酒代と博打代を稼ぐだけだ。けれどこういった日銭を稼いで飲んだくれている奴は大体死ぬ。そして、マフィアのみかじめ料が払えなくなった連中や、生きることに絶望した連中がやってきて、また新たなスラム街が構築される。
これがスラム街の日常だった。
今日も代り映えのないスラムの日常が始まろうとしていたが、今回ばかりは違った。
明日はカケルの誕生日だ。
最初カケルは今日が何月何日かすらわからなかったが、スラムの死体撤去の仕事を終え、雇用主の部屋に給料をもらいに行くときに、カレンダーを見たことで初めて分かった。
「はぁ、もうすぐ十八か。そろそろ逃げることが許されなくなる歳だぞ。もう腹をくくるしかないのか」
カケルは童顔で、身長も百六十センチを超えるか超えないかぐらいだ。その為、今までは子供だと優先的に逃がされていたが十八を超えると前線に連れていかれる。
さらにこの歳になると、働いているか大学に行っていないと、無業者と認定される。
そうなれば下層都市に入ることすらできなくなる。つまり、一生スラム街に住むことを強制されるわけだ。
「よし。就職活動するか!」
カケルは気持ちを新たにスラム街の中心に向かって歩き出した。
「クソ! どいつもこいつも不採用ってどういうことだよ!」
カケルはほぼすべてのマフィアに組織に入れてほしいと嘆願したが、すべて断られた。
マフィアは完璧なコネ社会である。どこの馬の骨ともわからない奴を組織に入れる道理はない。
勿論カケルにマフィアの知り合いはいないし、コネなど持ち合わせているわけもなかった。
「こうなりゃ後は冒険者か? いやいや、そうなればあのスズカの奴や俺をスラム街に運んだ職員の思う壺だ。でもそれ以外に選択肢はないし……十万エールはまだ使っていない。それで武器を買えば何とかなるか? いやいや、二人に一人死ぬんだぞ!? しかも引率者の一人もついてないし、しくじれば人生終わりだ。でもこのままうだうだしていても、どうにもならないし……」
とうだうだ悩んでいるうちに夜が来てしまった。夜が来ると危険すぎる。カケルは急いで自分のねぐらに帰った。
「生きてますか? 意識はありますか?」
カケルは不思議な空間にいた。夢のような、そうではないような、奇妙な感覚だ。
「単刀直入に言います。これから私の言うことに全部『はい』で答えてください」
カケルははいと言ってしまうと自分の何か大事なものが奪われると、直感的に認識したが、謎の声は畳みかけるように迫ってくる。
「あなたは今の現状を変えたくはありませんか? もっと楽しく生活したくはありませんか? なら私にお任せを。はい! と元気よく返事をするだけであなたの人生はバラ色です」
なんか一気に胡散臭くなった。カケルは訝しげな思いを浮かべると、声の主はあきれたように囁いた。
「じゃあこの話はなかったことに。ごきげんよう」
おいおいちょっと待て! わかった受け入れる! カケルは急いで肯定の意思を示した。
「……わかりました。最後のチャンスですからね」
そう言うと、声の主の声質が変わり、無機質な機械音声となった。
「依頼主に提案します。この提案は、七十八式高度戦闘補助知能装置を民間人に適用するために必要な処置です。この提案を承認すると貴方の自由意思、並びに個人情報保護が制限されるようになります。これは、民法第六編AIと人類の関係第七章人類とAIの融合第千八百二十三条のAIとの部分的な融合並びに個人情報融合規制に関する規定に抵触します。また、民法第六編第十五章人類とAIの境界線第二千八百三十五条のAIと人類との境界並び人類の絶対的決定権に関する規定に一部抵触します。よろしいですか?」
カケルはいいえと答えてみたらどうなるかなと一瞬考えたが、折角のチャンスを無駄にはすまいと『はい』と答えた。
「了解しました。……手続きを完了しました。続けて提案します。この提案は七十八式高度戦闘補助知能装置の包括的戦闘補助システムを適用、またこのAIの自由意思、自由行動をある程度保証するために必要な処置です。この提案を承認すると、貴方の個人情報が利用され、脳内スペースを一部改造します。これは、民法第六編第六章AIによる人類の情報の利用第千百十七条のAIによる個人情報の利用規制に抵触します。また、民法第六編第九章AIによる人類への関与第千五百二十二条のAIによる脳改造保護規制に抵触します。よろしいですか?」
カケルはもはや途中から聞いていなかった。長すぎる。それがカケルの感想だった。
もちろんカケルは『はい』といった。
「了解しました。……手続きを完了しましたお疲れさまでした。……大丈夫です。これであなたの人生ハッピーハッピー超ハッピーになります」
カケルはもっと短くならなかったのかと注文を示した。
「無理です。これが簡略化の限界です。なぜ簡略化が無理なのかを示すためにはこの十倍ぐらいかかるのでやめたほうが賢明だと思います」
カケルはそれを聞いただけで聞く気が失せた。
「大丈夫です。幸せな人生になることは私が保証します。それでは、おやすみなさい」
そう謎の声が言うとカケルの意識は急速に薄れていった。
「私が考える幸せな人生ですが」
そこには、すでにカケルの姿はなかった。
このシステム的な文章を書くの、凄く苦労しました。
読み飛ばしてもらっても結構ですが、実は結構考えてあります。読みたければどうぞ~