第十一話 俺と経験と教育者
シンジとレティシアは整備を終え、準備をして外地へ向かった。
『なぁ、強化服を着ずに持ち歩くって馬鹿みたいじゃないか?』
「まだ調整が終わってません。腕が千切れても構わないのならどうぞ」
「……いや、いい」
シンジにそんな度胸はなかった。
外地に向かって歩くと、スラム街は下層地区を囲むように存在しているため、必ずスラム街を通る。
スラム街の中に入って暫くすると、レティシアがシンジに耳打ちしてくる。
「またマフィアに襲われたりしないでしょうか……」
「大丈夫だろ。あいつらしょっちゅう人を攫っているし。それに今回は武器を持っているだろ」
「そうですね!」
スラム街の住人も、流石に冒険者に手を出すものは少なかった。だが、たまに馬鹿なやつは出てくる。
「マスター、五秒後に敵が右の路地から出てきます」
『分かった』
イリスの言う通りきっちり五秒後にスラムのガキが拳銃を持って突撃してきた。
「死ね!」
「甘いな」
当然武装が充実しており、事前に襲撃を予測しているこちらが勝つ。
「がはっ」
「運が悪かったな」
冒険者になりたての奴はスラム街では十分獲物の対象になる。シンジも初心者だが、運が悪かった。
「凄いですねシンジさん! ……どうしたんですか?」
「いや、なんでもない。レティ―も気づいてただろ?」
レティシアにはイリスからの連絡が入っていないにも関わらず、既に銃を構えていたことにシンジは素直に感心していた。
「外地を渡るときはいつモンスターに襲われるかわかりませんので、警戒心も上がったんですよ」
レティシアはさらっと言っているが、それは一般人ではなかなかできない。伊達にレティシアは親子二人で外地を渡り連邦へやってきたわけではない。
「そんなものか」
「えぇ、そんなものです」
そうして少年の死体を残し、二人は外地へ向かう。
「じゃあな。地獄で会おう」
シンジのつぶやきに、誰も反応しなかった。
二人は前にシンジが射撃訓練をした所までやってきた。
「マスター、今回は念話を使用しなくても大丈夫です」
『何でだ? 一応他の冒険者から見たらかなり奇妙だぞ』
「レティ―もいるので大丈夫でしょう。それに、円滑に指示を回すには念話では少し遅いですから」
シンジはイリスの意見に納得し、念話を止める。
イリスも、前に取り出したプラグのようなものをコンセントに刺した。
「聞こえますか? レティ―さん」
「はい! 大丈夫ですよ!」
そうして確認が取れたところで、シンジは漸くここが前にモンスターに襲われた場所だと気付く。
「本当にここで大丈夫なのか? まだ死体が残って……あれ? 死体は?」
シンジが周りを見渡しても、モンスターの死骸は影も形も見当たらない。
「都市が証拠隠滅したんでしょう。マスターも口外しないでくださいね」
「……改めて見ると、物凄い徹底ぶりだな」
別に死体ぐらい見つけても誰も何も思わないだろうと思ったが、中にはモンスターの死体から討伐者を特定するという仕事をやっている者もいる。
都市もいちいちそういう奴を殺している暇はないのだ。
「それはさておき、早く訓練をしましょう。時間は限られています」
「はい!」
「それもそうだな」
そう言ってシンジとレティシアは準備を始めた。
「……早いなレティーは」
「子供の頃に訓練されていましたから」
そう言っている間にもレティシアはテキパキと弾丸を脇に置き、マガジンを付け、射撃体勢に入る。
「何ぼさっとしているんですかマスターは。マスターもこれくらい早くなって貰わないと困ります。先程みたいに敵が事前に出て来ることを、いつでも予測できるほど遺跡攻略は甘くはありません」
「分かってる!」
そう言ってシンジは急いで射撃体勢に入る準備をしたが、やはりレティシアよりも多少遅かった。
「さて、マスターが多少足を引っ張りましたが二人とも用意は出来ましたね」
「出来ました!」
「済まなかったな」
シンジは不貞腐れているが、一応準備は出来ていた。
「では、的を出します」
すると、前の射撃訓練のように目にモンスターが映った。
「おぉ! 凄いですね!」
シンジが横を向くと、レティシアにもモンスターが見えているようで、かなり驚いてはいたがシンジが最初見たときよりは驚いていないようだ。
「レティシアも見えているのか? なら、レティシアもイリスの姿を見ることが出来るはずじゃ――」
「それは無理ですね。契約ではこれが限界です」
シンジにはよくわからなかったが、イリスが無理だと言うのなら無理なのだろうと納得した。
その疑問が解消されたシンジに、また新たな疑問が起こる。
「レティー? その……いきなりモンスターが出てビビったりしないのか?」
「あ、私は何度もモンスターと戦っているのでそこまで驚いたりはしませんよ。あ! 最初に見た人は必ず驚くと思います! えぇ!」
シンジが明らかに意気消沈しているのを見て、レティシアはすかさずフォローに入る。
「マスターは他人と比べないで自分と勝負してください。では、二人で競争です。どちらかが百発あのモンスターに当てれた時点で終了とします」
「結局競争じゃないか!」
シンジがイリスにツッコミを入れる。
それに対し、イリスは至極真面目そうな顔で返答した。
「冒険者は他人との競争です。ですが、他人ばかり見ていると自分の情けなさに気づき、努力を辞めてしまう人もいます。ですので最適なのは、他人と競争し、己との勝負に勝つ。これが重要だと思いますがいかがですか?」
シンジはイリスの言葉に圧倒されていた。また、レティシアはそれを聞いて感動していた。
「凄い! イリスさんは凄腕の教育者ですね!」
「どうもありがとうございますレティ―さん。ですが、これは教育者にとっては周知の事実です」
イリスはそう言っていたが、シンジの目からはどうしてもドヤ顔をしているようにしか見えなかった。
「お前はそのドヤ顔が無ければいいのに」
「では補助を外しますか? そのほうがフェアですが」
「すいません付けてください」
流石に明らかに実力が上のレティシアと対等に勝負する気がシンジには起きなかった。
「では付けますね」
「頼む」
その瞬間、弾道予測線、急所の印、照準線がシンジの目に映し出される。
「あ! シンジさんだけズルいです!」
「済まないな。これは俺の特権だ!」
「それは私の力です。調子に乗ると消しますよ」
「すいませんでした」
シンジがまた調子に乗りそうになったので、イリスがすかさず釘を刺す。
「だけど、この力があればお前にも勝てる! 勝負に負けるつもりはない!」
「それは私だって同じです!」
「よーい、はじめ!」
イリスが何の前振れもなく勝負をスタートさせた。
「おい! 何か合図とか出して――」
「マスター、抗議している時間はありませんよ?」
すぐ隣ではレティシアがもう銃撃を始めていた。
「やば!」
シンジも慌てて銃撃を始める。
「こう見ると、違いが良くわかりますね」
イリスが言うように、二人の銃撃スタイルは根本的に違っていた。
レティシアの場合はセミオートで確実に当てているのに対し、シンジの場合はフルオートで銃弾を撃ちまくっていた。
「……そこまでです! 勝者はレティ―のようですね」
「はぁ!? 俺のほうが当ててるだろ!」
シンジは当てている感触があったのにも関わらず、銃撃速度が遅いレティシアに負けたことが納得できなかった。
「では、当てた個所を可視化します。これで分かるでしょう」
そう言った途端、モンスターの周辺に数字が現れ始める。
「な!」
レティシアの方は、綺麗にモンスターの急所に数字が集中していた。それに対しシンジは、数字がバラバラになっており、ぎりぎり掠ったであろう箇所も記録されていた。
「使用弾数はレティ―が百五発。マスターが二百五十七発ですね」
「そ、そんなに……」
シンジは愕然とした。シンジの中ではそんなに銃弾を使っている感覚はなかったし、過度に照準線や弾道予測線から外れている感覚もなかった。
「経験年数の差ですね」
イリスがズバリ言い当てる。
「まぁ、私は幼年学校の頃から銃やら剣を扱っていましたから、多少のハンデがあっても負けるつもりはありませんよ!」
シンジは経験の大切さというものを改めて思い知らされた。
「だから私がいるのです。経験の差を教える技術と経験の濃厚さで勝負します。大体、マスターが冒険者になってからの経験はレティ―が学んだ一年間に匹敵しますね」
「そんなにか!」
「そんなにですか!?」
シンジもレティシアも驚いた。シンジはそれほど早く成長していることに対してであり、レティシアは自分の経験年数が僅かな時間で抜かされたことに対してだ。
「私を舐めないでください。教育者たるもの、森羅万象あらゆるデータを分析し自分の知識とする。また、その情報を生徒に一番効果的な方法で教える。それが私のモットーです」
それを聞いたシンジとレティシアは圧倒された。
「凄いな……」
シンジは今更ながらとんでもない奴と契約したなと強く実感した。
レティシアが凄い……こんな出来る娘だったなんて!
最近気を付けていることは、キャラがぶれないことです。多分今の所ぶれてない……ような気がします。
ぶれてたら教えてください。こっそりと直します。