第十四話 俺とお金とマイホーム
支部ビルを後にし、シンジは自分の想像以上の金が手に入ったことに動揺していた。
口座に入っているとはいえ、シンジには前世でも現世でも、このような大金を手にしたことはなかった。
『……な、なぁイリス、あいつ俺のほうずっと見てないか? さては俺を脅して金を分捕ろうとしてるんじゃ――』
「そんなわけないでしょう。マスターは銃を持ってるんですよ、しかも対モンスター用のを。人間相手に撃ったらすぐに吹き飛びます」
そんなこんなで、シンジには周りの人間すべてが、自分の金を狙っているのではないかという錯覚に襲われていた。
それを見かねたのか、イリスがまたシンジに話しかけた。
「マスターどうしてそんな小金でびくびくしているのですか」
『小金!? 十分大金だろう!』
「マスター。中級の冒険者が一年間で使う金額はいくらになるか知っていますか?」
シンジは今までそんなこと考えたこともなかった。只漠然と、あの武器高そうだなぁとしか考えていなかった。
「大体使う人で、十億は使います」
『じゅ、十億!?』
「当然です。冒険者とは言い方を変えれば一人の経営者です。労働者とは違います。例えば、企業が使った金額を見て、凄いとはあまり思わないでしょう」
確かに、連邦参加企業の売り上げは何千兆エールという途方もない金額で、現実味が全くない。そこから引く、何千兆という設備投資、給料、運転資金も、全く想像ができず、そういうものかという感想しか起きなかった。
「それと同じです。冒険者が働けば働くだけ、経費が掛かります。銃弾費、医療費、等々、様々なものに金がかかります。周りの冒険者も億の金を持っている者もいまし、金を使いすぎて借金生活になる人もいます」
『冒険者になって借金は勘弁だな』
「大丈夫です。マスターを借金漬けにはさせません」
実際に、金が足りず借金生活になった冒険者は沢山いる。
会社と同じで、好循環を保っているうちは金は有り余るほど出てくる。だが、一旦悪循環にはまると、遺物集めにも支障が出てしまい、その日の運転資金のために借金をするものが出てくるのだ。
まぁ、その他に、人間の快楽のために金を散財する奴もいるが。
「マスターが遺物を売って得た二百万エールも明日にはなくなります」
『明日に!?』
「はい。明日には」
そこでシンジは考えるのをやめた。そして、今まで周りを警戒しすぎて時間をあまり気にしてはいなかったが、気づけばもう夕方に近かった。
夜になると、スラム街は中心部以外凄く暗いのでスリや、暴行にあいやすい。
シンジは暗くなる前に、さっさとねぐらに帰ろうとした。
「マスター、どこに行こうというのです」
『え? もう疲れたし、ねぐらに戻るつもりだけど。それに、もう日が沈むだろ』
「……マスターは、金持ちが公園で野宿する光景を見たことがありますか?」
『あるわけないだろ。第一、金があるなら部屋を借りれば……』
ここでシンジは、自分がスラム街の価値観で言うところの、超金持ちだということを思い出した。
『……悪い、部屋ってどこで借りれるんだ?』
「全く、これぐらい自分で考えて欲しいものです。では、不動産屋に案内します。部屋の種類などは全て私が決めます。よろしいですか?」
『……任せる』
どのみちシンジは家を借りたり買ったことはないので、イリスに任せるしかなかった。
そうして、日が沈みそうになったころ、ようやく不動産屋に着いた。
シンジは、イリスに横から喋る内容を教えてもらいながら、何とか近くのアパートを借りることができた。
『この辺のアパートって、中層都市よりも安いんだな』
「下層都市は壁に囲まれていないので、土地は腐るほどあるのですが……」
『安全費が高くつくんだな』
「そういうことです」
アパート代の土地代はほぼゼロに近い。なぜなら、土地が欲しのなら、外地にいくらでもある。事実そうやって、スラム街を外へ外へと追いやりながら下層都市は成長している。
しかし、土地が安くても、安全費が馬鹿にならない値段になるのだ。
中層都市なら都市が安全を保障してくれるが、下層都市はそうもいかない。もし、安全費をケチると、マフィア崩れの連中や、スラム街の連中に一切合切取られてしまう。
「……マスター、着きました。この家になります」
『おぉ! なかなか綺麗なとこじゃないか!』
「当然です。マスターとは能力が違いますので」
シンジは、もっと無骨なコンクリートの家を想像していたが、意外に洒落たアパートだった。スラム街にほど近いのだが、とてもそれを感じさせない。
「ここら辺のアパートはスラム街に近いこともあって、冒険者の方しか借りないらしいですね。店員も、マスターが銃を持っていたから、このアパートを紹介したんだと思います」
「なるほどな」
アパートの中は、値段と釣り合わないくらい広く生活感が残っていた。それに、まだ一通りの家具などが残っており、つい最近まで生活していたみたいだ。
『何で家具がまだ残ってるんだ? 前の住人が置き忘れたのかな?』
それに、よくよく見ると、前の住人は何も持って行かなかったのではないかと思えるぐらい、物が残っている。
『なぁ、イリス。なんか変じゃないか? 前の住人って、ちゃんと引っ越ししたのか?』
「恐らく、前の住人は死んだんでしょう。遺品を売却するのもめんどくさいから、そのままなんじゃないですか?」
それを聞いてシンジはゾッとした。自分も、ここの住人と同じように突然死ぬ可能性があるんだという事実を、思いっきり突きつけられた気がした。
「それから、部屋では念話は使わなくて良いですよ。誰も聞いていないだろうし、何より念話は脳に負担がかかります。ずっと喋りっぱなしじゃ疲れるでしょう。せめて家の中だけでも疲れをとるべきです。じゃないと、ここの住人みたいに死にますよ」
その言葉は今のシンジに効果覿面だった。シンジは直ぐに念話を使うことをやめ、気持ちを切り替えた。
「俺もここの住人と同じようにならないように、切り替えをしっかりしないとな」
「そうですね。切り替えは大切です。常時戦場の感覚を保てという人もいますが、それでは寿命が縮まるだけです」
「それじゃあ、風呂でも入ってくるか」
シンジは久しぶりの風呂を楽しんでいた。
スラムに来てから一年間は、雑巾みたいな布に水道の水を使って体を拭いていただけ。その為、備え付けてあった洗剤で体と髪を洗うと直ぐに泡が真っ黒になり、完全に汚れが落ちるまでには四回ほど洗わなければいけなかった。
そうして、体全体がすっきりした後、シンジはゆっくり風呂に浸かり一年間の疲れを溶かしていた。たった今までは。
「おいイリス! 何でお前が裸で入ってくるんだよ!」
「マスターが一通り洗い終わったのを見計らって出てきました。何か不都合なことでも?」
「消えることができるのなら、何で出てくるんだ!?」
「マスターにこの至高の体躯を見せることで、士気高揚の役に立てるかと思いまして」
シンジはできるだけ見ないようにしていたが、指の隙間からガン見していた。イリスの体は、まさに女性の理想のようなスタイルで、どこか人間離れしていた。
ここでガン見したことがバレると負けた気がするというシンジの意地によって、なるべく興味ない風を装った。
「……別に、イリスの体を見ても何にも感じない。……まぁ、女子の裸を見ると気が動転してしまうから、今度からは見せないようにしろよ」
シンジは何とか言い切った。本当は次も見たいのが正直な気持ちだが、理性が勝った。ただ、これで最後なのかと残念な気持ちも心の底で燻ってはいたが。
「……まぁ、そういうことなら今度からは気を付けましょう。……あくまで気を付けるだけですが」
「おう。分かればいいんだよ」
無論イリスには、シンジが自分の体を見たがっていることは分かっている。なので、今後は風呂の時間以外でも自分の裸を事故を装って見せ続け、自身への執着力を増やそうと思っていた。
「夜はどうしますか? これから冒険者について勉強するもよし、折角貰った銃器整備キットを使って整備するもよし、明日に備えてすぐ寝るもよし。どうしますか」
今後のことを考え、すぐ寝ることだけは避けたほうが良いことはわかってはいた。だが今日一日で、シンジにとって精神的、体力的にも限界が近い。
「うん……そうだな……どうし――」
「そんな調子じゃ何もできませんね。ではおやすみなさい」
「うん……おやすみ」
そういって、シンジは気を失うように眠った。
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