第八話 俺と名前と初めてのお買い物
カケルが目を覚ました時には、夢の中のことをほとんど覚えていなかった。
配給所へ行き、食事を受け取った際に気になったので、イリスに聞いてみた。
『気のせいかもしれないけど、お前俺の夢の中でしゃべってなかったか?』
「いや、しゃべってないですよ。頭がとうとういかれましたか?」
『いやいかれてねえよ』
イリスにきっぱりと否定されたので、カケルはそのことを完全に忘れた。
『さて、今日はまず冒険者登録に行くんだよな』
「えぇ、そうです。さっさと済ませましょう」
そういってさっさとイリスが行ってしまいそうになったので、カケルも慌ててついていった。
「はぁ? なんだあの嫌な態度。受け付ける気あんのか?」
カケルが思わず口に出してしまうほど、受付の男の態度は酷かった。
冒険者登録をしに来たんですけどと、カケルが三回言っても何も反応せず。近くまで言って叫ぶと、『うるせぇ! 俺は今寝てんだ!』と文句を言われる。
散々押し問答を繰り返して、もらえたのはただの紙切れだ。
『あいつ、完全に俺のことをなめてたな』
「当たり前です。スラム街から冒険者になる人の大半は無謀な突撃をして死ぬので、登録する意味があんまりないのでしょう。ただ、さっさと登録して追い返すということが考えられない時点で、無能というべきでしょうか」
『おっ、お前も俺以外の人間を罵倒することってあるんだな』
「私は思ったことしか口にしません」
遠回しにカケルのことを罵倒された気がしたが、カケルは無視した。
『それで、俺の名前を変える必要ってあったのか?』
「大ありです。マスターは戸籍を剥奪されてるとデータで分かりましたので、死んだ人間が生きかえる訳がないでしょう」
『確かに。同姓同名の奴が二人いたら、さすがに都市も怪しいって思うしな』
「はい。ですので、マスターの名前は今からシンジとなります。間違えないでください」
シンジは自分の名前が変わることに違和感を覚えたが、もともと前世も名前が違ったし、普段の一人称も俺だから別にいいかとすぐに順応した。
「よっしゃ! 今から俺はシンジ! 冒険者人生頑張るぞ!」
「頑張るのはいいですが、ちゃんと念話を使ってください。丸聞こえですよ」
『おっと、すまない』
周りから、完全に頭のいかれた奴に見られていた。
気を取り直したシンジは自分の寝床に行き、隠してあった十万エールをリュックサックにいれた。
そして慎重にあたりを見回す。
『見られてないよな』
「大丈夫です。現在周りにマスターの現金は見られてません。忠告しておきますが、念話を切らないでくださいね。いくら私が高性能でも、武器を持った相手から逃げるルートを確立するのは至難の業ですから」
『了解』
シンジは地味ながらも、念話の恩恵を感じた。
過去にうっかり十万エールを持っていることを漏らしてしまい、死にそうになったことをシンジは今でも悔やんでいる。
少なくとも、今後そういうことが起きないようになることは大きな進歩だった。
『ところで、俺は十八歳になったから無業者になっているはずなんだが、それはどうするんだ?』
「あの紙切れを持っていれば警備員にはつかまりませんよ。そもそも、下層都市には都市の警備はあまり行き届いてません。大半の人間は警備会社に委託しています」
『そうなのか! じゃあんなに頑張って就職活動しなければよかった』
「そうですね。無駄でした」
スズカの辛辣な意見を聞き流しながら、シンジは装備屋に向かった。
スラム街から出て数分ほど歩き、シンジはいかにもといった感じの店を見つけた。
外装は綺麗に磨かれており、沢山の冒険者であふれている。
「あそこか! 雰囲気出てるな!」
「マスターどこを見ているんですか? 私たちの目的の店はそこではありません」
そうイリスが言って、さっさとその店を通り過ぎてしまった。
タケルは名残惜しかったが、イリスに逆らって変な武装を買わされるより、一度イリスの進める装備屋に向かおうと決めて急いでイリスの後を追う。
そうして歩くこと十分程、ついにイリスは止まった。
「ここです」
『……本当にここで合っているのか?』
「本当にここです」
そこは周りの雰囲気とは一線を画す、風変わりな家のような何かがあった。近寄るな! といったオーラを感じる。
『おい、あそこってマフィアの秘密会議所とかじゃないよな』
「何を言っているんですか。こんなところにマフィアは来れません。そもそもこんな汚い店をわざわざ下層都市に出すくらいなら、スラムにもっといい店を出します。それくらい理解できないのですか」
それだけ言って、イリスはさっさと店の中に入った。
一応あの店のような何かを、汚いと思うくらいには美意識を共有できていることにシンジは安堵した。
だが、それでもあの店の中に入るのには少々勇気がいるが、どこかイリスに試されているように感じたシンジは、思い切って店の中に入った。
「……なかなか凄いところだな」
店の中は右も左もついでに天井も、銃と弾薬の山が積みあがっていたり、吊り下げられたりしていた。
シンジは昔テレビで見た、某魔法使いの男の子が活躍する物語の杖の店に似てるなと、ぼんやり考えていた。
『イリス? どこに行った?』
「……ここです」
「うおっ!……『びっくりさせるなよ』」
イリスが銃の積み上げられた山の中から出てきた。確かにそこにいるのは見えるのだが、銃が体を突き抜けている。
こういうところを見ると、イリスは人間ではない何かだということが改めて確認できた。
『んで、店員どころか店長もいないんだが』
「私がすでに見つけてきました。ついてきてください」
イリスの先導に従って、床に落ちている弾薬を踏まないようについていく。
そうしてやっとシンジは、カウンターのような台に突っ伏して寝ている、小学校六年生ぐらいの女の子がいた。
『……イリス、これが本当に店長なのか?』
「私の検索能力に狂いはありません」
『そうか……「もしもーし! あのー! 銃が買いたいんですがー!」』
シンジはかなり大きな声で呼びかけたが、まるで起きやしない。
体をゆすって耳元で怒鳴ってから、ようやく店長は目を覚ました。
「……あれ? 客がきたの?」
「ちょっと待て、あんた客商売をしてるんだよな? だったら客は来るだろ普通」
そうすると、店長はわなわなと震えだした。
不味い、怒鳴って起こして、ため口聞いたら怒らせたかもとシンジは恐れていた。しかし、いい意味で予想を裏切られる。
「ありがとーございます! 君が一人目のお客さんです!」
「え? 俺が一人目? ここに冒険者一人も来なかったのか!?」
「はい。一人も来てくれませんでした。ですが聞いてくださいよお客さん! 私の聞くも涙、語るも涙のお話を!」
「ま、まあいいけど」
店長が言うには、ここは元々初期の冒険者管理事務所があったらしい。ところが、都市の拡張工事の際に、この建物にあった冒険者管理事務所は、中層都市と仮想都市を隔てる壁の一部になっているビルの中に移動した。
その時に、この建物は解体して売りに出す予定だったらしいが、当時の都市第二位の企業、中山商工業が買い取ったらしい。
「それで、あんたがあの有名な中山商工業の娘の一人で、お払い箱にされる代わりに、店と初期商品を会社からもらったと」
「そうなのです。ところがもらってみたら、ほぼ廃墟に商品を詰め込みました! てな感じで私のやる気もダダ下がりです」
そんなことを聞くとシンジも同情するが、それ以上にこの店の品揃えと信頼性に疑問が付く。
『なぁイリス、この店ほんとに大丈夫か?』
「大丈夫です。試しに手持ちの金を渡して見繕ってもらってください」
シンジはかなり不安だったが、やらないよりましと、口調を丁寧にして店長にお願いすることにした。
「店長、お願いがあるんですかが、この十万エールを使ってできる限りいい装備をそろえてくれませんか?」
「なんですか改まって、気持ち悪いです。けれどそういう頼みなら任せてほしいです! あと敬語は気持ち悪くなるので、言わなくていいです」
「もう二度とお前なんかに敬語なんて使うか!」
イリスは意識して悪口を言ってくるが、こいつはきっと無意識だ。シンジは天然の恐ろしさを知った。
決して、イリスは意識して悪口を言ってはないのだが、それをシンジが知るのはまだ先の話。
「できました! 本来なら十万だけじゃ足りないのですが、今後貴方にしか売らない予定なので気にしないでください」
結構早くに店長は商品を持ってきた。結構な量が入っているが銃は一丁しかない。てかちょっと待て。
「お前、俺にしか売らないって言ったよな! お前それでどうやって商売していくんだ!? 仕入れとかはどうするんだ!?」
「……あぁ、それでしたら大丈夫です。貴方のレベルだったらこの辺りに転がっている商品で十分ですし、私は会社から下層都市で暮らしていくには十分な給料をもらってますから」
シンジははじめ、この店長にある程度は同情していたが、この発言で同情する気は一切なくなった。逆に、商品がよくなかったら存分にケチをつけてやろうと思ったが、カケルは武器をほとんど触ったことがない。
『イリス、この商品っていいものなのか?』
「……まずあの店長に聞いたほうがよいのではないですか。私に聞く前に。後、いい加減店長の名前も聞いたらいかがです?」
ほんとにその通りだ。シンジは黙っている自分を見つめている店長に名前と商品の説明をしてもらうことにした。
「いきなりで悪いが、名前を教えてくれ」
「私の名前ですか? キャロルです。名前と体形が全然あってないとは、よく言われます」
だろうな! とおもったことは黙っておく。
「じゃあキャロル、俺は武器の素人だが、一応説明を聞かせてもらう。俺が気に入らなかったら別の店に変えるからな」
「わかりました。私の営業トークは完璧なので、貴方は私の説明を聞き終わった後『うわ! マジですごい! 俺もう今日からキャロルに貢ぎまくる!』と言わしめたいです」
「思いっきり願望は言ってるじゃないか! 早く武器の説明をしてくれ」
キャロルは初めての客が入ってきたときは目がキラキラしていたが、基本的におっとりとした目をしていた。しかし、武器の説明をする時になったら、目の色が変わった。
「では説明します。この銃の名前は、ASM19アサルトライフル。百年以上使われており、世界で劣化版、改造版含め、五億丁以上生産されています。頑丈で壊れにくく、なんといっても安いです。一般に初心者用の武器とされていますが、多くのモンスターに対処できる十分な攻撃力が備わっています。『俺は改造しまくって、ASM19しか使わねえぞ!』という人もいるそうです。使用する弾は対モンスター用ライフル弾。弾薬の中では最も一般的であり、安い弾です。これを百発。更に【誰でもできる、銃火器整備キット!】と、サングラス、グローブをお付けして、一般店舗なら、三十万エールのところ! 私のところでは十万エールで購入できます!」
流石、企業の娘だ! といえるような怒涛のセールストークが出てきた。確かに今聞いた情報だけで判断すると、シンジはとんでもなくいい店に出会えたようだ。
『イリス! これめっちゃいい話に見えるんだが、値段ってこれが適正価格なのか?』
「……かなり譲歩してると思われます。というか、キャロルさんの取り分がほぼ無いように感じます」
ならこれは乗るしかない!
「買った! ありがとう!」
「お買い上げありがとうございます! ……あと、私の店以外で買い物しないでくださいね。これは初期投資みたいなものですから」
「ん? 次からぼったくられるのか?」
「いえ、さすがにそんなことはしませんです。ただ、利益ガン無視から普通の店よりかなり安いに代わるだけです」
「なら問題ないな。これからもよろしく!」
「はい! よろしくです!」
二人は堅い握手を交わした。シンジはこれまでの幸運で、冒険者のことを少し油断した目で見ていた。
「次の射撃訓練で地獄を見せなければ……」
読んでいただきありがとうございます。やっと冒険者らしくなってきました。