読書部の日常 1
日曜日に街中に出るのは久しぶりだった。
基本的に人混みが嫌いな西山東輝は休みの日は大抵、家の中で読書をしている。たまに外出したとしても、図書館や古本屋に行くくらいなので今、こんな風に駅前通りに立っているのは本当にレアなケースだ。
「んっふふふふ・・・・・・およっ? 先輩どうかしました?」
「いや、別に」
「あっ! もしかして、可愛い可愛い女子が隣にいるから緊張しているんですか? ・・・・・・もうっ! 東輝先輩、可愛いぃ〜」
白のワンピースにピンク色のカーディガンを合わせたその姿は。確かに可愛らしいと思う。
その証拠に、道行く男子たちがチラチラと彼女を見てポーッとしている様子をここまで来る前に何度も見てしまった。
北野南は、東輝と同じ読書部に所属する一年生だ。
なぜ今日、この後輩と一緒に街中に出ているのかと問われれば、答えは一つしかない。
「あぁん! 東輝先輩とこうしてデート出来る日が来るなんて! 夢のようですぅ〜!」
「・・・ふぅ〜ん」
「反応薄っ!」
そう、これはデートだ。ただ、これはあくまで前に学校で起きたとある事件の時に「お願い事を一つ聞いてやる」と言ってしまった契約上の事なので、甘酸っぱい感情などは、東輝に関して言えば一切無い。
「——それにしても、この行列は本当にすごいな」
「人気のお店だから、仕方ないですよぉー もう少しなんで我慢して下さい!」
東輝たちが目指すお店は、有名なパンケーキ専門店で毎日行列が出来るほどらしい。
日曜日ともなれば、甘い物に飢えたオオカミ————もとい、女子軍団が大挙して押し寄せてくる。
かくして、約四十分間二人の読書部は、このオオカミ女子たちの列に並んでいるのだ。
「先輩、どこを見ていますかー?」
ふと、隣の南が下から覗き込むようにして東輝を睨んでいた。
「どこって、列あとどれくらいかなーって・・・」
「嘘だぁ〜! 絶対他の女の子を見てましたよぉー、ムッキィー!」
「見てねぇよ」
「くっそぉ〜 私以外の女は滅びてしまえぇぇ」
とんでもない恨み言を口にする南を無視するように、行列は進んでいき、二人はようやく甘い香りを放つお店の入り口をくぐる事が出来た。
全体的にハワイアンテイストでまとめられた店内には、カウンター席とテーブル席があり二人は窓際のテーブル席に案内された。
「いやぁ〜ん、良いですねぇ〜・・・・・・はっ、先輩見て下さい! あの小物可愛いですねぇ〜」
店内に入ってから、南のテンションは最高点まで上がっていた。まぁ、自分の行きたい場所だったのだから、気持ちは分からなくもないが。
それよりも、まさかここまで男がいないとは思わなかった。
さっきから、キョロキョロ周りの席を見ているが全員女性で何だか肩身が狭い。
「・・・おい、南。ここって男子禁制とかじゃないよな?」
小さな声で話す東輝を不思議そうに眺めながら、南は普通に答える。
「へっ? そんなわけないじゃないですかぁ、何言ってるんですか?」
「いやだって、他の客が全員女性だし————それに何かさっきから視線を感じるんだよ」
「視線、ですか?」
そう言われた南が周りを確かめるように、キョロキョロと見回すのを黙って見ていると、突然彼女は舌打ちをした。
「・・・・・・がっついた雌犬がぁ」
「何だ、どうした?」
「大丈夫でしたよ、先輩! あれは、男がいない女のやっかみ————みたいなものなので、気にしない気にしない」
「やっかみ?」
よくは分からないが、気にしたところで対処のしようが無いから大人しくしているしかないと、東輝は諦める事にした。
「いらっしゃいませ〜 ご注文はお決まりでしょうか〜?」
丸メガネでポニーテールの女性店員さんが、眩しいくらいの笑顔で声を掛けてきた。
「あっ、えっとー・・・」
——やベっ、周りが気になってて全然決めてなかった。
焦る東輝をよそに、南は余裕な表情でメニューも見ずに注文を始めた。
「特別アロハパンケーキを一つ下さい!」
「・・・・・・アロハ・・・パンケーキ?」
「あらっ! やはりお二人は・・・・・・そうなんですねぇ〜」
「はいぃ〜、そうなんですよぉ〜 おほほほほ————」
南と店員がニコニコした顔で、東輝を見てきていた。
特別アロハパンケーキの正体が分からないのは、恐ろしく不安なのでメニューで確認しようと手を伸ばすと、すぐに南がその動きに気付き、さっさとメニューを店員に返してしまった。
「畏まりましたぁ、お待ち下さいねぇ。————ふふふふ」
——何だ! その最後の笑いは!
奥のキッチンへ歩いていく店員を見送りながら、自分は何かとんでもないミスを犯したのではないかと思った東輝だった。
「お待たせいたしましたぁ〜、特別アロハパンケーキでーす!」
「——っ!」
テーブルの上に置かれたそれを見て、東輝は愕然とした。
大きな皿の上にはハート形の巨大なパンケーキ、さらにその上には、これでもか! というレベルを超えて、すでに皿から溢れ出している生クリームと、これまたハート形のイチゴチョコがふんだんにトッピングされていた。
「・・・・・・これが、パンケーキか?」
「うにゃ〜! 美味しそうですねぇ〜 先輩!」
テーブルの七、八割を占拠したその化け物を目の当たりにして動揺している東輝とは対照的にウットリした表情でそれを眺める南だった。
「それではお客様たち! お願いしますねぇ〜」
まだ立ち去っていなかったメガネの店員は、何故かカメラを手に持っている。
「はいは〜い! では先輩! 見せつけてやりましょう!」
「————見せつける?」
すると南は、フォークを手に取り一口サイズに切ったパンケーキを刺すと東輝に向かって、それを差し出してきた。
「はい、ダーリン! あ〜ん」
「はっ?」
店員は、すぐ横でカメラを構え、周りの女性客も嬉しそうにこちらをガン見している。
——何なんだ、これは。
東輝の疑問を予測したように、南が答えてくれた。
「特別アロハパンケーキのサービスなんですよ〜。恋人同士があ〜んをし合っている写真を撮ってくれるという・・・」
「なっ!」
「しかもですよ! 写真を撮ったカップルの、そのパンケーキは半額になるんですよ、お得でしょう!」
冗談ではない、こんな羞恥プレイは勘弁してもらいたい。
何とかここから逃げ出すために、必死に東輝は頭をフル回転させたが————何も思い浮かばなかった。
「くそ、だからメニューを俺に見せなかったんだな?」
「およぉ? いえいえ、先輩なら私が頼んだ時に気付くと思ったんですけど・・・・・・気付きませんでした?」
「?」
不敵な笑みを浮かべた南は、右手に持ったフォークをもっと近づけてきて、東輝にだけ聞こえるようなヒソヒソ声で話しかけてきた。
「アロハって、ハワイ語で【愛しています】って意味もあるんですよぉ、ぐっふふふふふふ————」
「なっ!」
アロハなんて、ただの挨拶だと思っていた。まさか、そんな意味が隠されているなんて————。
その後、東輝と南のテーブル目掛けて、至る所からカメラのフラッシュが炊かれたのだった。