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プロローグ

 時は超えられない。逆らうことも出来なければ、ひとっ飛びしてやることも出来ない。一定に流れる時の中に身を委ね、年を取ることしか出来ないのだ。

 過去は過去。未来は未来。現在(いま)現在(いま)


 失われた命は二度と元に戻らず、生まれ落ちた命は未来へと流される。過去の出来事は、やがて時を隔てて歴史となる。歴史は、現在(いま)を生きる者が伝え、そして紐解く。


 その歴史は、時に世に広まり、時に闇に葬られる。世に広まった歴史は、やがてその世の常識となり人々の頭の中に残り続け、その後も未来へ語り継がれていく。しかし、闇に葬られた歴史は、いずれ人々に忘れられ、永遠に過去のものとなってしまう。


 我々の存在は既に過去のものとなったしまった。

 あれからどれだけの時が経ったのだろうか。どれだけの歴史が語り継がれたのだろうか。



 アレンは目を閉じ、夜の空に身を任せるように風を浴びた。ボスにあたる男から頼まれた資料を片手にしていたことなど忘れていた。手に握っていた二枚の紙は、風に攫われた。アレンはゆっくり目を開け、飛ばされた紙を目で追うだけで、追いかける素振りなど見せない。


 丘の上から見える景色が好きだ。そこは、現在(いま)を一望できる。丘にも種類があるから、登る丘が違ければ、見える現在(いま)も違う。

 これが現在(いま)だ。のうのうと、時の流れに身を任せるだけの愚か者の生きる時間だ。


 ふと、森の中に一人の少女の姿を見た。頭巾を深く被っており顔ははっきり見えないが、頭巾から見え隠れするキャラメル色の髪は、現在(いま)にしては美しかった。

 しかし、少女は慌てていた。なにかから逃げるように走り、しきりに振り向いては、その追っ手の位置を確認している。そのたび、少女からわき出る焦燥は量を増していく。追っ手との距離が縮まってきているのだろう。


 助けるか?


 その時、少女の進行方向から、二枚の紙が風に乗って運ばれてきた。二枚の紙は少女の視界を塞ぐように顔に掛かった。


「きゃっ!」


 少女は驚き、その場に倒れ込んだ。

 我に返り少女が振り向いたときには、バケモノは勝ちを確信して、少女の背後に立っていた。少女はその場から動くことが出来なくなっていた。カタカタと震えている。


 そのバケモノは無論、人の形をしていない。かといって、他の動物の形に似ているかと言えば、そうでもない。手も足も、顔すらもはっきりと区別できない異形な生命体だ。ただ、少女を喰らう巨大な口と、その中に生えそろう鋭い牙だけははっきりと見て取ることが出来た。


 バケモノはジリジリと少女に近づく。少女は言葉さえ失い、その命は既にバケモノにひれ伏していた。バケモノは濁った涎を滴らせ、口を大きく開いた。


連鎖縛(ツヴァイ・ビンデン)


 男の声の直後、バケモノの上から覆い被さるように、二本の交差した太くて巨大な黒い鎖が叩きつけられる。バケモノはその場に叩きつけられ、鎖に縛られ、身動きを取れなくなっていた。鎖は地面から生え出ている。

 少女とバケモノの間に、少女に背を向ける形でアレンが立ちはだかっていた。バケモノはアレンに気付き、禍々しい奇声を上げ、鎖から逃れようともがいた。


「無駄だ。お前程度じゃあ、その鎖からは逃れられんぞ」


「ギィィィアアァァァァァ!」


 バケモノの身体が光に包まれ始めた。


「自爆する気か?芸がねえな」


 アレンは片手を掲げ、鎖を操った。バケモノを縛っていた二本の鎖は、更に強い力でバケモノを縛り上げ、その原型を保っていられない程にバケモノをねじ伏せる。

 やがて、バケモノは鎖の力に負け、その場で弾け飛んだ。役目を終えた鎖は徐々に姿を消した。


 すっかり静かになった夜の森。アレンは踵を返し、少女に目をやった。少女は既に頭巾を被っていなかった。今の戦いの拍子に脱げたのか、あるいは自ら脱いだのだろうか。


 綺麗な少女だった。肩を越えて伸びたキャラメル色の髪は、夜など意に介さずに輝いている。翡翠の瞳は、じっとアレンを見つめていた。


「…どうした?」


 アレンは少女に声を掛ける。しかし少女はじっとアレンの瞳を見つめたままだ。その瞳は僅かに潤んでいるようにも見えたが、アレンは気にせず再び声を掛ける。


「おい」


「は、はい!」


 少女はようやく気付いたようで肩をビクつかせて返事をして、立ち上がった。しかしふらつき、直ぐにへたり込んでしまう。


「無理に立たなくていい」


「は、はい…あの…ありがとうございます…」


 少女はじっとアレンの目を見つめる。


「お前、今のバケモノに遭ったのか?」


「は、はい…遭ったというか……森を歩いていたら急に出てきました…」


 アレンは小さく息を吐いた。そして、間抜けなボスの顔を思い浮かべた。


「あの男…」


「え?」


「いや、何でも無い、こっちの話だ」


 アレンは少女に手を伸ばした。少女ははっと驚いていたが、アレンの目を見つめたままだ。


「え…?」


「来い。連れて行きたい場所がある」


 少女はすっとアレンの手を掴んだ。アレンは少女を抱え、背中に負ぶった。


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