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目覚める森の美女1

 有馬如華(ありまじょか)は退屈してきていた。

助手席から目に映る景色が山ばかりで、それがもう1時間は続いていた。随分、登ってきたが夜景が見えることもなく、灯りと言えば頻繁に通過するトンネルの光くらいしか無い。

しかし、退屈の理由はそれだけじゃなかった。

ダラダラと続く運転手の武勇伝のせいもあったのだ。運転席のモヒカン男によると高校時代はかなり荒れていて地元の(わる)共に知れ渡っていたとか、ヤクザと女を取り合ってケンカになり根性認められてスカウトされたとか、それがきっかけで高校時代からヤクザの知り合いがいるだとか。

高校時代の無かった如華には何の感心もわかなかった。


「ねぇ、まだ着かないの?」


「もうすぐだ。」


モヒカン男が笑顔で応える。


「マジ、絶景だぜ。葉っぱやって夜空を見上げるとさ、満天の星が降り注いでくるみたいなんだ!宇宙の神秘が分かる気がするんだよ。」


如華とこのモヒカン男は数時間前に出会ったばかりだった。

最近、彼女が気に入っているパンクバンドのライブ会場で、つい先程知り合ったのだ。

男は無名のバンドマンで、小遣い稼ぎにドラッグの売り子をやっていた。

そこへ、如華が客として現れたのだ。

彼女は感受性を高めるため、必ず大麻を吸ってライブにのぞんでいた。そして良いライブの後は決まって誰かとセックスがしたくなるのだった。

ライブ後、モヒカン男が大麻を餌に誘ってきた時、それに乗らない手はなかった。

つまり、互いに身体目的という利害が一致した上でのドライブだったのだ。


「お疲れ様、着きましたぜお姫様。」


そこは標高600メートルはある山の頂上で、休憩用の駐車場があるだけの場所だった。駐車場には他に車は無く、如華達が乗ってきた黒塗りのRV車のみだった。


「ここは昔、走り屋達の溜まり場だったらしいんだけど、何か事故とか事件とかがあって結構ヤバイ問題になったんだってよ。それで、有り難いことに今じゃこの有様さ。」


車を降りると辺りに人工的な音は一切なく、大自然の声が聞こえて来た。

夜空を見上げると無数の星が強く光り輝いており、如華は思わず見とれてしまった。


「な。凄いだろ?」


「ホント。こんな星空って何年ぶりだろ?」


「こっちにいい場所があるんだ。」


モヒカン男は車から荷物を取り出し、ランタン片手に山の方へ歩き出した。行く先にはどこか高台に続くであろ階段が見える。


「楽しむにはうってつけの場所さ。」


地面を削って造られた階段を登って行くと、そこには駐車場や道路からは完全に死角となっている展望台があった。

その展望台は地面から2メートルほど高く設計されており、国内産の杉の木が使われていた。そこには左右対称に丸太のベンチが据え付けられている。その展望台から展望できるものはと言うと、永遠に続くのではないかと思われる山だけだった。

如華は何のために造られた物なのか不思議に思った。

展望台から下を覗くと、切り立った崖になっており目のくらむ高さだった。そのため、展望台には胸くらい程の高さの柵が巡らされている。

モヒカン男は慣れた手つきでレジャーシートをセットし、クーラーボックスと水パイプの入ったバッグを並べた。


「何か飲む?」


「じゃ、ビールを。」


如華は丸太のベンチに腰掛けプルトップを開けた。


「カンパーイ。」


「お疲れー!」


モヒカン男は缶ビールを一気に飲み干し、缶を握り潰した。

それから、得意げに水パイプを取り出し大麻を吸う準備に取り掛かった。水パイプのベースガラス部に水を入れ、本体上部の陶器ボウルに乾燥大麻を詰めた。それからチャコールにライターで火を付け、それを大麻の上に載せ如華に手渡した。


「レディーファーストって奴さ。」


「アタシ、水パイプ初めてなんだけど。」


「紙といっしょ。要は吸うだけ。これ空気調整弁無いタイプだから吹き戻しはご法度さ。水が逆流して大変なことになるからな。」


如華は少し興奮気味に水パイプを手に取り、ホースの先端のプラスチックのマウスピースをくわえ込んだ。思い切って吸い込むと水がブクブクと音を立てた。水を通って冷やされた大麻の煙が如華の体内に流れ込んでいった。


「ちょっとヒンヤリするだけで紙と変わんないね。」


「まぁね。他人と回して愉しむ時に向いてるのさ。雰囲気も大袈裟でいいだろ?」


「うん。何かの儀式みたいで面白い。」


如華はもう一度煙を吸い込んでからモヒカン男に水パイプを渡した。それからベンチに寝転び、ゆっくり煙を吐き出しながら酔いがまわってくる感覚を楽しんだ。


「星が眩しい。宝石みたいにキラキラしてる。凄い、宇宙を旅してるみたい。」


「あっ流れ星だ!」


モヒカン男が空を指さして言った。


「え?あっホントだ!スゴーい!」


神秘的な出来事に如華の気持ちは高揚していった。

モヒカン男は水パイプを如華に渡した。

如華は目一杯煙を吸い込みモヒカン男の膝に跨がった。それからモヒカン男の口を指でこじ開け、煙を口移しで吹き込んだ。

そのままキスに発展し、服を剥ぎ取るように脱がせ合う。

如華はモヒカン男を押し倒し、筋肉質の胸板に噛み付いた。

モヒカン男の感じる声が如華を興奮させた。乳首を舌で弄び歯を立て、悶える反応を楽しんだ。そして、舌を徐々に下腹部へと滑らせていった。

モヒカン男の期待と興奮が下腹部を充血させる。

如華がヘソの周りを舐めながらの革パンの盛り上がった部分を触ろうとした、その時だった。


「あーそーぼ。」


如華の後ろの方から男の声が聞こえてきた。驚いて声の方へ振り向くとライトを持った大男が立っている。


「きゃっ!」


「なんだテメーは!」


「あーそーぼ。」


モヒカン男は立ち上がり、如華の前に歩み出た。

大男はモヒカン男より頭2つ分大きかったが、モヒカン男は怯むことは無かった。ケンカで自分より大きい相手に渡り合ってきた自信があったからだ。


「はぁ?ふざけんなテメー!殺されてーのか?」


「あーそーぼ。」


如華は馬鹿みたいに同じ言葉を繰り返す大男に、普通じゃ無い恐怖を感じた。


「キモイ。早く追い払ってよ。」


「ほら、どっか行けよ、このイカレ野郎!」


モヒカン男が大男の顔めがけて殴り掛かかった。

だが、軽々と拳を受け止めらてしまった。


「ぎゃあああ!」


モヒカン男の悲痛の声が深夜の山中にこだまする。

拳を握り潰されてしまったのだ。

手の骨は砕かれ皮膚から飛び出した状態になり、血が止めどなく流れ出した。モヒカン男はその場でうずくまり、奇声をあげ続けた。

 大男が如華を見てニヤリと笑った。

如華は生命の危機を感じ、直ぐにその場から逃げだしたい気持ちに駆られた。しかし、展望台の入り口には大男がいて完全に封鎖されていた。

逃げるには柵を乗り越えるしかなかった。地面までは高さ2メートル強、着地を失敗するとかすり傷程度では済まないだろう。

 大男がモヒカン男を地面のように踏みつけ、如華の方に一歩近づく。

それを見て、如華は反射的に木の柵の方へ走り出した。丸太のベンチを踏み台にし、木の柵に足をかけ、後先考えず空中へ飛び出した。

次の瞬間、腕が脱けそうな衝撃を感じた後、視界がぐるりと回った。

 意識がハッキリすると、そこはまだ展望台の上だった。飛び出した時、大男に腕を掴まれ引っ張り戻されたのだった。

如華は大男に片手でつるし上げられた状態だった。

目の前には値踏みするようにまじまじと見つめてくる大男の顔があった。間近で見た大男の顔は非常に醜く歪んでおり、街では誰もが見て見ぬふりをする類いのそれだった。

それから、大男からは酷い臭いが発せられていた。体臭のせいか口臭のせいなのか、いや、恐らく両方であろう。この大男には清潔という言葉が欠けていた。

 如華の嫌悪の表情を見て取ったのか大男は不適な笑みを浮かべた。それはトラウマになる程に気味の悪い笑顔たった。


「ハッピーかい?」


「離せ、この化け物!」


如華は大男につばを吐きかけた。

大男の表情がみるみる怒りに変わっていく。  

 次の瞬間、如華は腹部に強烈な痛みを感じ、そのまま気を失ってしまった。 



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