プロローグ
夜。遮断機の降りる音がする。
踏切で止まる一台の車。ピンクのヒョウ柄のダッシュボードマットが目立つ白い軽自動車だ。
運転席の若い女はシフトレバーをPレンジに入れブレーキから足をはなした。
「ちっ、ついてないな。」
女は車の窓を開け4分の1程しか吸っていないメンソールの煙草を投げ棄てた。ここの踏切は一度捕まるとかなり待たされる事で有名なのだ。
それから、助手席に置いてあった高級ブランドのハンドバックから携帯電話を取り出し、メールボックスを開いた。
待ち合わせ場所まであと少しだったが、遅刻の断りをいれるためだ。
女は昼頃から携帯の出会い系アプリを使って今夜の相手と連絡を取り合っていた。彼氏がいる時は全く利用しないのだが、一人になると人肌恋しくて、つい出会い系に手が出てしまうのである。
とは言えタダで抱かれるつもりはなく、いただくものは頂いていた。つまり、女の羽振りが良い時は、いつもシングルの時と決まっていた。
半分ほど開けた車の窓から2本目のタバコを投げ棄てた時、電車のやって来る音が聞こえてきた。
「やっとかよ。」
煙を吐き捨てながら、そう呟いた時、車がいきなり前進しだした。
「えっ?」
女は何が起きてるのか分からず動きが止まってしまった。
それは、停車中、隣の車が動き出した為に自分の車が動きだしたのかと思う錯覚に似ていた。
直ぐさまシフトレバーを確認すると、何故かDレンジに入っていたのだった。
女は慌ててブレーキを踏み込んだ。だが、すでに遮断機を押し上げ線路内に入ってしまっていた。
電車のライトがどんどん眩しくなってきて来る。
今度は床を抜く勢いでアクセルを目一杯踏み込んだ。
グゥオオオオオオオーーーン!!
だが、なぜかエンジンが唸るだけで、一向に進まない。
「何でPになってんだよ!」
と、女が叫んだ次の瞬間、特急電車が軽自動車を濁流のごとく飲み込んだ。
物凄い衝突音が近隣の住宅を襲い、車はボーリングのピンの様に勢い良く弾き飛ばされてしまった。
遮断機から十数メートルの所で止まった車は、無惨にも運転席が削り取らた様な形になっていた。