第9話
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2017年5月19日午前8時32分。朝の捜査会議では一定の報告などが挙がったが、何とか無事終わり、月井も今村も、他の岸間班の捜査員たちも岸間の下に集まった。
「月井君と今村君は現場だったビジネスホテルに行ってくれないか?デカは現場百遍っていうぐらいだからな」
「分かりました」
「了解です」
月井と今村が各々返事し、帳場を出て歩き出す。連日の暑さは身に沁みていた。新宿の街は人が多数行き交い、雑然としている。互いにスーツ姿のまま歩く。汗が滲み出ていた。これも俺たち公僕の仕事だ――、月井は通りを行きながら、そう思う。
事件のあったビジネスホテルに入っていき、フロントで警察手帳を提示した。入室許可を取り、現場である7階の部屋へと向かう。事件発生日の午後1時過ぎに岡田の遺体が702号室にて発見された。45歳の男性を殴打して殺すとなると、よほど力の強い人間の仕業だろう。
岡田は都内を拠点に活動するIT企業家だ。妻子持ちで仕事をバリバリやっていた。マル被は所持金等には手を付けてなくて、データの詰まったUSBだけが消えている。死因は後頭部を殴られたことによる失血死だ。部屋のあちこちには現場保存用のロープが張られていて、捜査員と鑑識関係者のみ、立ち入りを許可されている。
「DNAが検出された高木梨帆の身柄を追うことが、解決への早道だと思いますがね」
「確かにそうですね。……でも、本当に事件当時、部屋にいたのはマル害と高木だけだと思いますか?」
月井が部屋のあちこちを見渡しながら、今村に向け、そう言った。
「どういうことです?」
「詳しいことはまだ分かりませんが、高木の工作が偽装された可能性があります。第三者によって」
「それは私も考え付きませんでした。……根拠は?」
「言うまでもないでしょう。非力だと目される32歳の女性に45歳の男性は殴れません。ましてや失血死に至るよう、一発で仕留めることは出来ませんよ」
「じゃあ、高木を容疑者として追う線は?」
「ひとまず保留でしょうね」
月井がそう言い、再度部屋を見渡す。そして言った。
「今村巡査部長、捜査はまた振り出しです。現場を見る限り、決め手になるものや凶器の類は見つかってませんから」
「殺人事件ってのは大変ですね」
あまり事件慣れしてない今村がそう言い、入室時に嵌めていた白手袋を外す。月井も手袋を取り、現場にいた鑑識課員などに一礼して、部屋を去った。
2017年5月19日午前9時45分。月井たちは新宿の街を歩きながら、雑踏に紛れ込む。スマホで岸間に連絡し、外回りしてくると一言言って、だ。おそらく捜査員たちの大半はここ新宿の街に集結していると思う。一部の人間は高木梨帆の自宅マンションがある港区へと向かっていて、だ。月井は頭の中にあった事件に関する情報をリセットする。振り出しだと思って……。(以下次号)