第4話
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2017年5月18日午前5時35分。月井と今村は高木梨帆の自宅マンションの扉をノックし、中から何も聞こえないことを確認して、管理人にマスターキーを借りた。開錠し、室内へと入っていく。どうやら誰もいないらしい。岡田殺害時、現場に残っていた毛髪の持ち主がいないとなると、行方を晦ましたことになる。
「いませんね」
「きっと俺たち警察に先回りして、逃げたんでしょう」
「ヤツは前科者です。殺人の後、実刑喰らって服役してますから、警察の目が怖いんだろうと私は踏みます」
月井が室内を物色しながら、そう言った。今村も白手袋を嵌め、リビングの棚などにあるものを手に取る。現役のホステスらしく、派手な暮らしぶりだったのだろう。洋服の入ったクローゼットなどには高級品ばかりが入れてある。
本来なら令状一式を取って捜索すべきだったから、月井たちの捜査は違法だった。だが、捜査本部が立ち上がったばかりなので、令状はまだ取れない。高木の部屋を小一時間見た後、午前7時前には停めていた面パトへと戻る。外見からして、警察の車両とは分からない。
近くのカフェに揃って入り、コーヒーを頼む。月井はスマホを取り出し、岸間に掛けて一言「高木はいませんでした」と言い、捜索を断念した旨伝えた。軽く空腹を覚え、モーニングを注文し、トーストに齧り付いて、サラダやスクランブルエッグなどを食べる。
今から新宿山手署刑事課の捜査本部に出勤するつもりだ。朝から労力を使ったのだが、デカは事件となると、睡眠時間3、4時間で踏ん張る。月井は食事後トイレに立ち、洗面所で髪を整えてから、テーブルに戻った。
「単純な殺人事件とは思えませんがね」
今村がそう言うと、月井が、
「私もそう思います。……今村巡査部長も同じ考えで?」
と言って軽く息をつく。今村が残っていたコーヒーを口にし、
「おそらくマル害と高木はあのホテル内で一定の接触をしてたはずです。毛髪が偶然落ちてるわけありません」
と言って、頷いてみせた。月井もコーヒーを一口飲み、カップをソーサーに置いて、
「高木は事件のキーパーソンですね」
と言い、今村に、
「出ましょう。ここに長居しても時間の無駄です。帳場に行って捜査会議に出席しましょう」
と言葉を重ねる。
食事代を清算し、レシートを受け取ると、揃って歩き出す。店を出て車に戻り、そのまま新宿方面へと走らせた。運転席の月井は気持ちが安定しているようだ。今村はスマホを見ながら、事件関連のニュースを探す。
2017年5月18日午前8時15分。新宿山手署の<会社社長殺害事件>捜査本部に刑事たちが集まり、会議が始まった。帳場で主に議論されたのは、岡田のいた部屋に残っていた毛髪の持ち主である高木梨帆の行方だ。事件の重要参考人として、高木を抑えることが決まり、捜査員は午前9時前に各々持ち場に付いた。岸間が月井と今村に、外回りを要請する。月井たちも歌舞伎町のクラブ、ルール―へと向かった。店はこの時間、開いてないのだが、店内には誰かいるだろう。高木の普段の様子や勤務態度、最近変わったことがなかったどうかなどを聴くため、店へと行った。朝の繁華街は静かだ。夜とはまるで違っていて……。(以下次号)