雪の色
『不思議だな。今、とても穏やかな気分なんだ』
男の頭を自分の膝に抱え上げて、私は最期の言葉を聞く。
「苦しいか…?」
私の問いに、男は微かに首を振る。
『いや…君は一流だな。よくツボを心得ている』
「暢気なこと言ってる場合か。お前…死ぬんだぞ?」
私に撃たれて。
『何…君に殺されるなら、それもいいなと思っただけさ』
男は弱々しく微笑む。その表情に、僅かに胸が苦しくなった。
「お前は…私が何者か知ってたのか?」
『まぁね…すぐには気付かなかったが、違和感はあったな』
そいつが軽く咳をする。頭に添える手に、無意識に力がこもる。
「じゃあ何故。わかった時点で私を殺さなかった?お前なら、できたはずだろう」
『さぁ、それはどうかな』
飄々と。こんな状況に陥ってもなお、そんな言葉がぴったりと当てはまる。
「馬鹿…」
毒づかずにはいられなかった。そいつは、何も言わずに笑うだけだった。
温かい赤色は。
とめどなく地面に伝い、座り込んだ私の膝を浸し、そいつのシャツを染めて、流れだして行く。
もう、押さえようとしたところで止まりはしない。止めたところで既に手遅れだと、わかっていた。
「馬鹿…」
自分に向かって、呟いた。
そいつが、長い息をつく。先刻まで浅く、早かった呼吸が、次第に深く、速度を落としていく。
『君の組織の奴らのことだ。もうじきやってきて、僕の後始末をするんだろう』
他人事のように、そんなことを言う。それから、そいつは私の目を覗き込む。
『君は早く戻れ。いつまでもこんなことをしていたら、変な疑いをかけられるぞ』
「うるさい。お前に言われるまでもないことだ」
そうは言ってみたものの、この体勢を解く気にはなれなかった。声が震えた。
体の奥で、妙な気持ちが沸き上がってきた。
『僕も馬鹿だが、君もつくづく馬鹿な奴だな』
もう、力があまり入らないのだろう。笑おうとしているのは、何となくわかる程度で。
「私は…」
私は?
そいつの真っ直ぐな眼差しを受けて、妙な気持ちが、あらがうことなく形を成していく。
「お前を…愛していたんだ…」
嘘ではない。
今までは、それが偽りの感情だと、自分を欺いて生きてきたが。
『…嬉しいよ』
しばらくの空白の後、彼の目が、優しく微笑む。
舞い始めた雪が、体温に触れて消えていく。
『僕もだ…』
目を閉じて、1つ、大きく息を吐く。
「……っ」
彼は馬鹿で、どうしようもない馬鹿者で。
そして私は、それ以上の大馬鹿者だった。
「今からでも、遅くはないか?…貴方に、ついて行けるか…?」
もう応えない彼に問い掛ける。すでに、答えは決まっているけれど。
一筋頬を伝ったものは、溶けた雪などではなく。
傍らに落ちた銃を拾い上げる。そっとその銃身をなでて、両手で包み込む。
私の得物。
もう少しだけ、手伝ってほしい。
同僚は驚いていた。
それと同時に、恐怖の感情に飲み込まれていくのを私は感じていた。
狙ったものは撃ち損じない。
それが私。
1人。また1人。
真っ赤な、綺麗な噴水を起こして。
私はぼんやりとそれを見ていた。
背後から1人、こちらに走ってくる。
振り返りながら右手を伸べる。
相手が息を飲む気配を感じた。
ピシャッ
乾いた音をたてて、銃が泣いた。
次の瞬間、右足を熱いものが貫く。バランスが崩れると同時に、激痛が脳に一気に押し寄せる。
…それでも訓練してきた身か、この下手くそ。
今度は、左腕の感覚を持っていかれる。
…どこ狙ってんだ馬鹿。
コンクリートの地面に崩れ落ちる。彼の横たわる、そのすぐ近くに。
深く吐いた息が、うっすら白く、空に昇って行くのが見えた。
バラバラと周囲に集まる足音。
何故?
そんなことを言っているように聞こえる。
「さぁ…ただなんとなくだよ」
小さく、小さく、呟いた…




