なれそめ。
これまでの人生で、欲しいと思ったものを手に入れられたためしがない。
華やかな容姿。綺麗な声。優しい両親。コミュニケーション能力。学力。器用な指先。運の良さ。運動神経。画力。文才。時間。勇気。
そして、友達。
努力した。我慢もした。でも駄目だった。
私が欲しいと手を伸ばすほど、望んだものはせせら笑って遠のいていく。
華やかな容姿も、綺麗な声も、優しい両親も、コミュニケーション能力も、学力も、器用な指先も、運の良さも、運動神経も、画力も、文才も、時間も、勇気も、ーーー友達も。
何ひとつ手に入らない。
何ひとつ出来るようにならない。
親には見放され。
クラスメイトからいじめを受け。
学力も上がらず。
そこでやっと気付いたのだ。
遅まきながら、気付かされたのだーーー私は。
きっと今この瞬間、世界で最も無駄な時間を浪費しているであろう私は。
「本当、死んだ方がいいよね」
「おやおやあ?これはこれは、うら若きお嬢さんではないですかあ?」
「………」
五月蝿い。
何だ、この不愉快な声は。
「失礼失礼、ちょっとばかり目に止まったものですからーーーええ。貴女今、あ、貴女って貴女、追儺«ついな»もがりさんのことですけれども、そこで何をしているのです?」
「………」
「あれれ、無視ですか。僕傷ついちゃいますよ?あ。もしかしてあれですか、さっきので喉やられちゃいましたか」
「………」
五月蝿い。
眠い。
黙ってどっか行け。
「そっかそっか、人間てやっぱりヤワですねえ。まさかまさかのそのまさか、建物の屋上から飛び降りた程度でそこまで傷ついて死にかけちゃうんですから、ええ」
「………」
状況説明ご苦労さま。
分かってんなら話しかけんな、不審者。
「で、特別にもう一回、聞いて差し上げますけれども」
「………」
「何をそこで死のうとしてんですか?」
「………」
「綺麗に死ねると思うのですか?貴女が。すっきり死ねると思うのですか?貴女が。気持ちよく死ねると思うのですか?貴女如きが」
「………」
「そんなわけないでしょう。何を思い上がってんですか?」
「………」
「死は平等に訪れる?馬鹿馬鹿しい。死は簒奪であり救済である?だから何だ。死は誰も逃れられない運命である?腹を抱えて笑いたいほどの妄言ですね」
「………」
そうだろうか。
そこそこ的を射た意見だと思うけれど。
「だってそんな意見が真実だとしたら、僕は一体どんな存在だと言えばいいのです?」
「………」
知るかそんなん。
お前がどんな存在だとか死ぬ程どうでもいいわ…今まさに、死ぬところだけれども。
じゃあ死ぬ程ってのも、間違ってねーのか。
「まあそんなのはどうでもいいんですーーーこの瞬間、世界で潰されている蟻の数ほどどうでもいいんです」
「………」
普通にどうでもいいこと持ってきやがった。
なんてことを思いながらも、私は薄々気が付いていたーーーおかしい。
こんなのはおかしい。
どうして私は、未だにクリアな意識の中で、暢気にも不審者にツッコミを入れているのか。
万一にも生き残らないよう、私の生活圏内で一番高い建物から飛び降りたのに。
「だから冒頭にネタバレしたでしょう。貴女風情の思いどおりに死ねるなど、思い上がりも甚だしい、と」
「………」
それは。
それは、どういうことなのだろう。
死体が見るも無残な形になるということだろうか。別に構わない、自分の死に様に拘りはない。
家族が傷つくということだろうか。生憎、私に両親はいない。兄は海外留学中。彼は泣くだろうけれど、それも死んでしまえば私には関係ないことだ。
クラスメイトのトラウマになるということだろうか。望むところだ。私を虐げた奴らなんて、この後の人生どうなろうと知ったことじゃない。出来ればそれなりに苦しんでくれればいいんだけれど、そこまでは期待していない。
「は?いやいや、そんなことじゃありませんよ。案外鈍いんですねぇ、貴女」
「………」