表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第三話:香澄②

 桜が大学に来なくなったのは一昨日からだった。その前日は、休みを利用してサークルメンバー6人で心霊スポットと噂されている廃屋に行った。大学近くのバス停から何本かバスを乗り継ぎ、最終的には徒歩で一時間かかる場所にその廃屋はあった。

 桜との問題が起きたのはその廃屋ではなく、そこからの帰りだった。大学近くのバス停まで戻ってきた6人でよく利用する大衆食堂で食事をした。

 香澄は食事中も苛々していたが、その場は我慢していた。店を出ると、晃だけは帰る方向が違うため別れることになる。また明日なーと声をかけ合って香澄を含めた5人は晃とは逆方向へ歩き出す。

 香澄は振り返り、晃の姿が見えなくなったことを確認すると桜を小突いた。

「あんた、今日は何なの?」

「何が?」

「何がじゃないわよ」

 自然声が大きくなった香澄は辺りを見回す。幸い誰もこちらを見てはいなかった。

「場所移動して話すわよ」

 香澄は桜の後ろについて押すようにして歩き出した。



 繁華街を逸れ、少し歩くと途端に人気がなくなる。大学からそんなに遠くない薄暗い川べりに5人は来ていた。川と言っても、かなり小さいドブ川だった。

「何?」

 桜は川を背にして立つと言った。香澄、真理、弘志で囲む。実咲は少し離れたところに立ってこちらを見ている。香澄が答えた。

「何じゃなくて、ルール決めたでしょ」

「抜け駆けなしのこと? 告ってないよね」

 サークルに入り、ある程度たってつるむメンバーが6人固定になった頃、晃を除くメンバーで決めたことがあった。それは半年の間は晃に告白しないというものだった。

 ルックスも人当たりもよく、優しく、よく気のつく晃は香澄にとってあっという間に特別な存在になった。他の女性メンバーにとってもそうであることは明白だった。だから香澄から提案したのだ。半年の間告白はせずに、ちゃんと人となりを見てもらってから晃に選んでもらおうと。

 たまたまそこに弘志もいた。晃さえいなければ話をしても問題ないと香澄は思っていたからだが、香澄のその提案を聞いて弘志は言った。

「じゃあ、それまで俺にもチャンスあるな」

 自信ありげな顔にそっけなく香澄は返した。

「そうなるね」

 その場は興味のない風を装ったが、まっすぐな男は嫌いじゃなかったし、好意を向けられるのは悪い気はしなかった。そこから三ヶ月ほど過ぎ、香澄の中で弘志はまんざらでもなくなってきていたがそれでも晃が特別なことに変わりはなかった。

 よく言う。

 桜の言葉に心の中で香澄は憤る。確かに告白したわけじゃなかったが、廃屋での桜の晃に対する態度は告白したに等しいものがあった。怖がる振りをして抱きついたり、手を握ったり、あげくに廃屋の一室に内側から鍵をかけて晃と二人で閉じこもったりした。

 ドアの外側に残されたメンバーは最初勝手に鍵がかかったと思ったため、かなり心配してドアを叩いて呼びかけたりしていたのだが、なかなか出てこず、出てきたときにはメンバーの心配をよそに桜は楽しそうに言った。

「ちょっとふざけただけよ」

「ごめんね。やりすぎだからやめようと言ったんだけど」

 申し訳なさそうに晃が言葉を続けたから、香澄はその場は何も言えなかった。

 廃屋で散々我慢したから晃がいなくなった今香澄の苛々は爆発したのだ。

「告ってなければいいってもんじゃないでしょ。さすがにあんただって廃屋でのことは度が過ぎてたって思ってるでしょ?」

「そうかなあ」

 反省の様子のない桜に香澄はかっとなる。

「あんた!」

 険悪になった二人に、弘志と真理が助け舟を出した。

「おい、桜。今日は確かにやりすぎてたと俺でも思うよ」

「そうよ。ね、桜謝ろう?」

「悪いことしてないのに?」

 悪びれた様子もなくそう言い放つ桜にさすがに香澄も切れた。

「ふざけんな」

 怒りに任せて、香澄は桜の肩をドンっと押した。桜はよろけて、ドブ川に尻餅をついた。白いワンピースが泥に染まった。

 その姿を見て香澄はわざと吹き出した。

「ぷっ。いい気味。あんたにはその泥服がお似合いよ」

 桜はこっちを睨みつけて立ち上がると、石の段差に足をかけて川から上がろうとしたので香澄はもう一度肩を押した。桜は予想していなかったせいか、派手に再び川に落ちた。

 桜のその様子にまた笑ってやろうと香澄は口の端を持ち上げかけたが、そのまま止まった。桜の頭が川の向こう側に届いているのに気づいたからだ。桜は石に頭をぶつけていた。

 隣に並ぶ二人も薄闇に目を凝らして、無事かどうかを見守っていた。

「うっ」

 桜は微かに呻いて、頭を持ち上げたので香澄はほっとした。生きていると分かったら、さっきまでの桜への気持ちが戻ってきて、香澄は嫌味たらしく追い討ちをかけた。

「綺麗なお洋服が台無しね。このぐらいで許してあげる」

 清楚系でまとめていた桜の外見は泥にまみれていた。この格好で歩いて帰る桜を思い浮かべたら、香澄の胸はすっとした。

「次はないからね」

 言い置いて香澄は歩き出した。弘志と真理も香澄の隣に並ぶ。少し遅れて実咲も続いた。

 そうして桜は大学に来なくなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ