第二話:香澄①
真理が死ぬ三日前の午後8時過ぎ、香澄は焼肉店に来ていた。弘志が決めた店だった。
香澄は大学のオカルト研究サークルに所属していて、その中で仲良くなったメンバー6人とサークル活動と称して遊ぶことが多かった。
今焼肉を一緒に食べているメンバーは香澄以外だと、弘志、真理、実咲の計4人だ。ここに来る直前のカラオケ店までは晃もいたがバイトがあるということで抜けた。
真理と弘志がせっせと焼いて、実咲はたまに思い出したかのように自分で焼いて自分で食べている。
香澄は真理と一番仲がよく、真理は香澄の何が気に入ったのか慕い、こうやって世話を焼いてくる。
香澄のことが好きな弘志は、焼けた肉を香澄の皿に放り込みつつ、ちゃっかり自分の分も確保していた。
香澄にとって今のこの場所は居心地の悪くない空間だった。
「そういえばさ」
弘志が口を開く。
「桜、今日も大学来なかったな」
「まさかあのときに……」
真理が不安そうな顔をした。
「そんなことはないでしょ。あんなことがあったからばつが悪くて来にくくなっているだけよ」
そうは言ったが香澄は強がっていることを自覚していた。やりすぎたとは思っていた。桜が大学に出てきたら謝ろうと思っていたのに、あの日から桜は大学に来なくなっていた。
あの日……。
香澄があの日のことを思い出そうとしたとき、上から声が響いた。
「失礼します」
言いながら男性の店員が肉の載った皿をテーブルに置いた。次の肉はまだ頼んでいないはずだった。弘志が言う。
「いや、頼んでないっすよ」
「はい、こちらはサービスです。開店10周年なんです」
人のよさそうな店員はにこにこしながら言った。
「まじで」
「やったー!」
弘志と真理が喜ぶ中、実咲の反応が香澄の目に止まる。真向かいにいるため視界に入りやすいのだ。実咲は何の感情も示さず、店員を見ていた。視線を辿るように店員をちらっと見たが、視線の先が少しずれている感じがしてもう一度香澄は実咲を見た。実咲の視線は店員をすり抜けた向こう側にあるようだった。思わず後ろを振り返る。
実咲が見ていたのは壁の掲示物のようだった。表彰状とそれを受け取っている写真だった。どうやら優良店としてどこからかこの店が表彰されたらしい。写真の人物が目の前の店員であるところを見ると、この店員は店主なのねと香澄は思った。
実咲が何を見ていたのか気づくと途端に興味が失せ、香澄は店主に顔を戻した。
「ありがとうございます」
香澄がにっこりと笑いかけると店主も
「いいんですよ」
とにこにこ笑った。
店主が下がると早速弘志と真理が肉を焼き始める。弘志が焼けた肉を香澄の皿に入れた。真理も自分の皿に入れ、たれをつけると口に運ぶ。
「おいしー」
真理の幸せそうな顔と声に弘志も肉を口にする。
「まじだ。うまいな」
「ね。どこの部位だろうね」
香澄も皿の上の肉にたれをつけ、食べる。
「確かにおいしいね」
「ま、うまけりゃどこでもいいよ」
ぱくぱく口に運ぶ弘志の言葉に笑いながら真理が応じる。
「たしかにー」
横の二人が肉をぱくつく中、実咲の箸が止まっていることに香澄は気づく。
「実咲、食べないの?」
「あ、うん。なんだかお腹いっぱいになっちゃって」
実咲は微かに笑った。
「そう」
「うん、ありがとう」
「うんうん」
話が終わると実咲は箸を手にすることはなく、ぼんやりと焼ける肉を眺めていた。その様子は元気がなさそうに見え、香澄は思う。
桜のことを考えているのかもしれない。
香澄だって考えないわけではないから、気持ちは分かるような気がした。
旺盛に肉を食べ続ける弘志と真理に香澄も再度加わった。
何もなかったかのように肉食べてるこいつらだって考えないわけじゃないだろうしね。
そんなことを思いつつ、香澄は肉を口に放り込んだ。
「うまかったな」
焼肉店を出て歩きながら弘志が言うと、真理がにこにこと応じる。
「いい店だったね」
「また来ような」
「さんせー」
弘志と真理の会話に実咲が加わる。
「この店どうやって決めたの?」
「うん? ああー。いい目してるだろ」
弘志は自慢げだ。
「うん。安かったしね」
弘志が一括で払って店を出てから、それぞれが弘志に言われた額を渡したが確かに香澄も安いと感じていた。
「今朝、大学に行く前にここ通ったとき、ほらさっきの、おっちゃんいたじゃん」
「サービスって肉出してくれた人?」
「そそ。そのおっちゃんがドリンクサービス券配っててさ。ぜひ、来てって」
「そうなんだ」
駅のそばの大きな書店まで来ると、実咲が思い出したように言う。
「見たい本あったんだ。私、書店寄るよ」
「じゃ、また明日?」
香澄が応じる。
「うん。また明日ね」
実咲とは書店で別れ、三人は歩き出し、駅に着いた。
香澄は弘志と真理とは乗る電車が違ったので駅の中で別れた。
一人になると香澄は自然、桜が大学に来なくなった原因のあの日のことを思い出していた。