第一話:真理
真理は何もない薄暗い空間に立っていた。
ここに来るのは四度目だった。ぎりぎり視界が確保できる暗闇に人の顔が浮かび上がる。
確認しなくても真理には分かっていた。この空間でその顔を見るのも四度目なのだ。
「真理ぃ~」
大学のサークル仲間の桜だった。桜は地中から湧いてくるかのようにじわじわと姿を現した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
真理は頭を抱えて謝ることしかできなかった。
暗闇に浮かんだ桜の顔はあの日、川で見た彼女を思い出させた。
「三日目だよ?」
歌うような弾んだ声だった。
真理は思わず顔を上げて、桜を見た。
桜はにたりと笑って、こちらに手を伸ばすところだった。
真理は目を開けた。荒い呼吸を何度か繰り返す。体がじっとりと汗ばんで重かった。ベッドから身を起こし、枕元の時計を手にして時刻を確認する。時計は23:58を示していた。
あと少しで0時……。
心の中で思いながら、時計を元の場所に戻した時異変は起きた。
足元の布団の部分にぽっかりと穴が開き、そこから桜が湧き出てきた。
「まぁ~り~」
喜びの滲んだ声が自分を呼ぶのを真理は聞いた。思わずベッドから転げ落ちる。
「約束の時間だよ」
ベッドから身を乗り出した桜の顔が、目の前にあった。
「ひぃぃぃぃ」
真理は悲鳴を上げて、後ずさった。フローリングをこするように移動して真理は闇から出てきた桜から距離を取ろうとする。
真理にとっては夢のはずだった。三日続けて同じ夢を見たとしても夢だと思っていた。たとえ、他のサークルメンバーも同じような夢を見ていたとしても、それは罪悪感が見せるものだと思っていた。だって今日まで夢の中の桜が現実に現れることはなかったのだから。
「なんで、なんで……? 来ないで、来ないで」
泣きながら距離を取る。桜は笑みを形作ったままじわりじわりとこちらに近づいてくる。
背中が壁に当たった。桜は近づいてくる。
「ごめんなさい。お願い、許して」
真理は頭を下げて懇願した。
桜は小首を傾げて小さく笑った。
「もう遅いの。だって時間だから」
桜の両の手が真理の首へと伸び、ぎゅっと絞めた。
「……っは」
真理の喉から声が漏れる。
桜はぱっと手をはずす。
「かはっ、げほっ」
咳き込んだ真理に桜は視線を合わせた。
「苦しい? もっと苦しませてもいいけどあなたは終わりにしてあげる」
再び桜は真理の首を絞める。今度は一度も力を緩めることなく、絞め上げる。
苦悶の表情の真理の首からやがて力が抜けた。
「ピッ」
枕元の時計が小さく0時を知らせた。