予兆
朝御飯を食べ終わったあと二人でソファーに座ってコーヒーを飲みながら、最近可決された安楽死のことについて話した。余命宣告をされ、当人が望んだ場合だけだが、安楽死が法律上可能となったのだ。「安楽死を望む人が日本には何人いるんだろうね。」と彼女が言った。
「どうだろうね。意外と少ないんじゃないかな。今は医療も日進月歩だし、最後まで希望をもつ人の方が多いと僕は思うよ。」と僕なりの意見を言った。
「確かにそうだね。」と彼女が言った。コーヒーをのみ終わり僕たちは身支度を整え、家を出て、マンションの地下に停めてある車へ向かった。
「じゃあ、また後で。」
「うん。」といつも通りの会話をしてそれぞれの車に乗って勤め先の学校へ向かった。
最近彼女の様子が少しおかしい。時々何処かを痛がっているように顔を歪ませるときがある。彼女に聞いてみると、下腹部の辺りがよく痛むのだそうだ。不安になった僕は日曜日に、彼女に念のために病院へ行って検査を受けることを進め、僕の運転で行くことにした。しっかりと彼女に何もないことを確かめたかった。
ここら辺では一番大きな病院へ行くことにした。なぜなら彼女はもう何日間もその痛みに耐えていたらしいからだ。
病院へ行く途中もその小さな痛みは続くようで僕は益々不安になっていった。
病院へ行き、先生に問診だけでなくMRIなどの検査も受けさせてもらえるよう頼んだ。彼女は大袈裟だと言っていたが、僕はそうは思えなかった。
MRIが終わり、診察室に向かう彼女について行っていると、看護師の人に、これから血液検査もありますので、もうしばらくおまちください。と言われ仕方なく診察室の前にある椅子に腰かけて待つことにした。スマホも全くさわる気になれない。とにかく早く彼女の体になにも異変がないことを確かめたい。心配しながら待っていると彼女が診察室から出てきた。こちらへ向かってくる彼女の顔は少し強ばっているように見えた。
彼女は僕の前で止まり、「終わったよー。帰ろうか!」と言った。明らかに不自然な笑顔を浮かべて。
「結果は?」
「何もなかった。多分ストレスとか疲れからくる胃痛じゃないかって。」
信じられなかった僕は先生の見解を少しでも聞きたくて、立ち上がり彼女の横を通りすぎ診察室へ向かった。後ろで彼女が腕を掴んで止めようとしたようだが、僕は無視してはや歩きで、診察室へと向かった。診察室のドアを開けて入ると、先生は驚いた様子で、どうしました?と言った。僕が「先生。彼女は本当に大丈夫なんでしょうか。」と早口でいうと。先生は僕の後ろに立っている彼女を一瞬見た。そして、「彼女にお話ししたこと以外に私からお話しできることはありません。」と言った。「ね?言ったでしょ。帰ろう。」と彼女が袖を引っ張る。「そうですか。分かりました。また何かあれば宜しくお願いします。いきなり失礼致しました。」と言って頭を下げ診察室を出て、彼女に処方された痛み止めを受け取って病院を出た。
今でもその日の君を忘れられない。助手席側に座っている君が窓の外の夕日を見て「夕日が綺麗だね。」と言ったこと。いきなり僕に結婚する時期を聞いてきて、すぐにでもしたい。と僕が言うと下を向いて、もうちょっと待ってくれない?と言ったことも。
おそらく彼女はあのときとても悔しくて、悲しくて、寂しかっただろう。早く気づいてあげられなくて本当にごめん。