タタの災難 2
「あー、ルドだー!」
「ルドー」
赤鼻に気がついた子どもたちはこっちに近づいてきますが、タタはうなじの毛に隠れたまま後ろ足を赤鼻の背中に突っ張って必死に毛の中に頭を突っ込みました。なのに、
「あれ? その子だあれー?」
お尻から先は全部出ていました。
「ヘイヘイ、聞いて驚けこの子はタタ・ボーイ。 世紀の冒険家サー!」
そういって赤鼻はブルンと首と背中を揺すりました。
「わあ!」
タタはお尻からストンと雪の中に落ちてしまいます。
「たた・ぼーい?」
「ぼーけんかー?」
「そうだぜい! このタタ・ボーイはたったひとりで旅をしてるんだ。スゴイだろう?」
ルドと呼ばれた赤鼻のトナカイは、眉毛をニヒニヒ動かしました。
「おりゃまだ色々準備があるからさ、ニコのじーさん帰ってくるまでみんなで遊んでて欲しいんだよ、オッケイ?」
「おっけ~!」
子どもたちは声をそろえて元気に返します、ですがタタは慌てて赤鼻の足の内側に隠れると、じっと周りを見回しました。
子どもたちが目をキラキラさせて集ってきます。
「えー? こんなちっちゃいコがー?」
「ホントにひとりできたの?」
ますますルドの足に隠れるタタでしたが、あれ?っとピョッコリ顔を出しました。
「ねえタタくん? しんぱいないよ、いっしょにあそびましょ」
ゆっくり近づいてにっこり笑った女のコは、タタと同じ白いキツネだったのです。
「わたしはオメナよ。おいでよ、みんなをしょうかいしてあげる」
差し出された小さな手をおずおずと取ったタタは、ギュッと決心してみんなにペコリと頭を下げました。
「ぼくは・・・タタです。キツネです。な・・なかよくしてください・・・」
もういちど頭を下げます。
全員笑ってタタを迎えてくれました。
みんながタタと話したがって、ワイワイ寄ってくるのをオメナがうまくいなしながら紹介してくれました。
ウサギのバルサカーリ、オオカミのマイシ、白熊のバナーニ、ユキヒョウのポルピッツァ、テンのポルッカナ、トナカイのアナナスに、イエティのヘルコシエニ・・。
そして一番たくさんいるのがさっきお部屋の中にもいたトントの子どもたちでした。
赤いとんがり帽子をかぶったトントの子ども達は、立ち上がったタタと同じくらいの背丈で、頭の他には毛が生えていない不思議なヒトたちでした。
みんな足には丸い箱みたいなものを履いていますし、服も着ているのです。
あまり服を着たヒトを見たことがなかったタタは、珍しそうにその袖をちょんちょん引っぱったりしましたが、トントの子どもたちはそのタタの仕草が珍しいのかお返しにタタのフサフサのしっぽをちょんちょん引っぱって笑いました。
そしてトロールのケマルケです。
「こわくないよ」とオメナは笑いましたが、そういわれても困ってしまうタタです。
ケマルケは近くに寄ると本当に大きくて、灰色と白の混じった黒いゴワゴワした毛のかたまりでした。ぶうわぶうわと呼吸するように大きくなったり小さくなったりしています。
体の真ん中より少し上にある馬車の車輪くらい大きくてまんまるな目玉が、じっとタタを見下ろしました。
タタはオメナの肩に隠れるようにケマルケの前までいくと、ギュウッと目をつむって、お腹に力を入れてから心の中で、「ようし!」と決心しました。
「こんにちは・・タタです」
そしておそるおそるケマルケの毛を一本、ちょいちょいっと引っ張ってみましたが、その途端、ケマルケはゴガガ!ゴガガガガ!と すごい声を出しました。
「わー!」
慌てて頭をかかえて丸くなったタタを見て、またみんな笑いました。
「ダイジョブよー。ケマルケはうれしくてわらったんだよ」
オメナの声にそっと顔をあげると、確かにケマルケの大きな目玉は嬉しそうに細められ、体はぶわぶわしながら左右にゆっくり揺れています。
「あは!」
タタもようやくニッコリ笑いました。
おかげですっかり打ち解けたタタは、みんなと楽しく遊びました。
「ほいほ~い。さあ楽しくお腹にいれなよ~」
さっきお部屋にいたカーリというトントが、大きなお皿に山盛りのサンドイッチとお茶の用意を持ってきてくれました。
「わ~い!」
雪の上に直接置かれたお皿の周りに子ども達は殺到しましたが、その上に洞窟みたいにお腹を引っ込めたケマルケがかぶさってくれて、ちょうどカマクラの中にいるみたいになりました。
ケマルケのお腹の下はポンヤリと温かくて、すごくいい感じです。
なのにタタは、なんだか心配そうにキョロキョロしました。
「どうしたの? サンドイッチ嫌い?」
オメナがのぞきこんできましたが、タタは、「ううん」と首を振ります。
「ケマルケにもあげなきゃ・・でもこんなに大きいから足らないかなあ・・」
「なんだ! そんなの気にしないで。トロールはふつうの食べ物は食べないの。山の冷たい空気とか森の精気とかを食べるんだって。だからダイジョウブ。それよりごはんは楽しく食べなきゃダメだよ~。楽しさも一緒に食べるんだよ~」
オメナは楽しそうにサンドイッチを一口かじるとニヒッと大きく笑って、タタの分を渡してくれました。
タタは手渡されたサンドイッチを遠慮がちにパクリと食べました。
スモークサーモンサンドでした。
「おいしい!」
感激するタタをみてオメナはうれしそうに笑いましたが、こんどはなんだか照れくさそうにもじもじと下を向くと、チラチラと視線をタタに飛ばします。
「タタくんはやさしいんだね、ケマルケにごはんあげようなんていうヒトはじめてみたよ。・・わたし・・やさしい男のコって・・好きかも・・・」
「え・・・?」
「ちょっとまって、オメナばっかりずるい!」
かすかに聞こえたびっくりするオメナのセリフをかき消すように入ってきた声の主は、別の白きつねの女のコでした。
「いいじゃないアッペルシーニ。わたしがタタくんとお話してたんだから!」
「わたしだってタタくんとお話したいもの!」
「・・あの~・・」
なんだかよくわからないままに始まったケンカを止めようとしたタタですが、その手がそうっと、かつ力強く引っぱられました。
見ればまた別の白きつねの女のコが、タタの手を握っています。
「タタくんってお耳が大きくてカッコイイね。それにお口もヒュッと尖っててシャープだし・・」
「え? え?」
「わたしはマンシッカ。ねえタタくんはどこからきたの?」
マンシッカはパチリパチリとゆっくりまばたきをしてタタに腕を絡めました。
思わずタタはコクッと小さくつばを飲みます。
「・・あ・・あの・・キツネの里だよ。里にはキツネしかいなくて、こんなに色んなヒトたちはいないの・・だから・・」
ドギマギしながら、『そういわれてみればこの国のきつねは里のキツネたちと比べるとお耳もまあるくてお口もちょっと短い気もするな~』なんて別のことを考えて冷静になろうとしましたが、その間に今度は反対側にもするりと腕が回されました。
「ねえ、タタくん! いつまでここにいるの? ずっとここにいなよ、そしたらアタシがお嫁さんになってあげるよ!」
「ペローナ!!!」
女のコたちが見事に声をそろえました。
「タタくん、いこ!」
ペローナと呼ばれた女の子がタタの手を引っぱって駆け出しました。
「あ! ズルイ!」
「まってよ!」
「ちょっと!」
「あははははは!」
「えっと、あのえっと・・」
タタは頭の中がカッカしていました。
なにしろ女のコにもてたことなんて一度もなかったのに、いきなりの大モテでどうしたらいいのかさっぱりわかりません。
どうしようと考えることもできないままペローナに手を引かれながら走っていると、だんだん他のコたちも加わってきて追いかけっこになり、こんどはそれが雪合戦につながって、いつの間にかみんなキャーキャーいいながら夢中になって遊びました。
ケマルケの頭の上に乗せてもらったり、毛につかまってブランブランしたり、そのまま雪に飛び込んだりそれはそれは楽しい時間でした。
ですがタタはあんまり楽しすぎて、体があまり丈夫でないことをスッカリ忘れていました。
「あれ?」
気がつくと目の前がクラリと回転して、そのままペタリと雪の上に倒れてしまったのです。
「さあ、これでもう大丈夫ですよ」
このお家の奥さま、ヨールマーおばあさんはいつもどおりみんなを安心させる笑顔でニッコリ笑いました。
温かいお部屋のふかふかなソファの上で、毛布に包まって眠っているタタのおでこに熱ざましの魔法のリボンを結ぶと、ホッと息をついて立ち上がります。
さっきまで色とりどりの宝物であふれていたお部屋の中はすっかり片付いて、大きなテーブルと隅に寄せてあるふたつの大きな白い袋以外はすっかり掃除も済んでガランとしています。
子どもたちは眠っているタタとヨールマーおばあさんの周りに集まって、みんな心配そうな顔をしていました。窓の外からはケマルケも覗き込んでいます。
「さあ、みんな。そんな顔しないで! このコはずっとひとりで旅をしてきたのだから、楽しくて気が抜けた途端疲れが出てしまったのよ。それに今夜はせっかくの楽しい夜なのに、自分のせいでみんなが悲しい顔をしていると思ったら、このコもガッカリしてしまうわよ」
それを聞いた子どもたちはお互いに顔を見合って、なんとなくうなずいたりしました。
そこへカーリがパタパタやってきました。
「おくさま~、ニコさまがおかえりになられましたよ~」
「あら、やっと戻ったのね。さあみんな、ぼちぼち出発よ、今年は久しぶりにアレが見られるわよ、楽しみにしてて! このコのことは心配ないわ、今客間を暖めているからもうすぐベッドに移ってもらって明日には一緒にパーティしましょうね」
「は~い」
子どもたちはまだ少し元気がありませんでしたが、おとなしく部屋を出て行きました。
ヨールマーおばあさんは皆を見送ると、タタの毛布をキレイにかけ直し、そっと頭を撫ぜます。
「納めの御遣いなんて大変なことをこんな小さな子がねえ・・そりゃ熱も出るわね」
そこへ、呑気な声が届いてきました。
「ヨールマー! ヨールマー! わしのモモヒキどーこいっちゃったかねー?」
「はいはい、今いきますよ~」
ヨールマーおばあさんはもう一度タタに目をやると、優しい溜息をひとつ残してお部屋を出て行きました。
誰もいなくなって暖炉の薪が静かに爆ぜる音しかないお部屋に、ひとりのトントがわっせわっせと飛び込んできました。
「あ? あれあれ? もうみんな外にいっちゃったのかな、こりゃいけねえ」
もう随分暗くなってきた外の様子を窓から覗くと、慌ててお部屋から出て行こうとしました、ところが・・。
「ありゃあ、まだヌイグルミがひとつ残ってるじゃないのよ」
ソファの上で眠っているタタをそっと持ち上げます。
「はは~ん、毛布の下になってて見えなかったんだな~、まったくあぶないあぶない」
うっかり者のトントは、お部屋の隅にある袋のところまでいくと大事に大事に丁寧に、タタを袋に入れてしまったのでした。
「やいニコじー! どこほっつき歩いてやがった、コラァ!」
ようやく着替え終わって家から出てきたニコおじいさんに、トナカイのルドルフが大きな声でいいました。
「今年はルーのじいさんがいけねえから早めに出るっていってたじゃねえか」
「ホッホッホ! なあにちょいとバイトの募集になぁ」
ニコおじいさんは白いファーでモコモコ縁どりした真っ赤な衣装にやっぱり真っ赤なとんがり帽子。足元は丈夫そうなブーツで拵えて軽快に肩を上下させると、後ろに着いてきていたヨールマーおばあさんを軽く抱き寄せ、ほっぺにチュウしました。
ヨールマーおばあさんはニッコリ笑ってチュウを返し、ニコおじいさんの背中をポンと叩きました。
「もうホント、弾道飛行でぶっとばさネエと間にあわねえぜい!」
ルドルフは体に巻かれた幅広のハーネスの調子を確かめるように、クネクネと体をねじりながら、楽しそうに文句をいいました。
「オホー! じゃあ久しぶりにいってみるかの! ケモジャジャは・・ああいたいた、おうい! いっちょ頼むよー!」
ニコおじいさんがお家の裏側、さっきタタたちが遊んでいたほうに手を振ります。
いつの間にかそこには大きなお山ができていました。
そしてお山はニコおじいさんの声に、「ゴモー!」っと答えたのです。ついでにお山の上に乗っかっていた小さなまあるい影も、「モー!」っと咆えました。
「ホッホ! なんじゃ、ケマルケも手伝ってくれるんかね? こりゃ頼もしい」
夕日の残照の中で、お山にしか見えなかった大きな影はトロールだったのです。
楽しそうにホッホ!と笑うニコおじいさんの後ろでは、トントたちが大きなソリの周りで着々と準備を進めています。
少し距離をあけて他のトントや動物たち、そして子どもたち大勢がキャーキャー騒いでいました。
特にトントたちはみんなこの日のために一年間頑張ってきたのです。もう今日のことが楽しみで楽しみで仕方ないのです。
荷台には大きな白い袋が二つ。
そして御者台のシートにはニコおじいさんと色違いの真っ黒な衣装を着たニンゲンがモガモガと小さく暴れていました。
手足も体も頭もガチガチにシートに固定され、シートとの隙間には緩衝材がギュウギュウ詰められてとても窮屈そうです。
「なんだあ、バイトってのはアレかヨ? あんなん使えンのか?」
ルドルフはハーネスに取り付けられた金具をガシャガシャさせながらニコおじいさんと連れ立ってソリへ近づきました。
「おーいおい! お前をスカウトしたのは誰だと思っとるんだね? まあダイジョウブじゃろ~」
「ホントかねえ・・」
ルドルフがソリの前に進むと、トントたちはピットクルーよろしくソリの金具と繋いだり、首に大きな鈴をつけたりしました。
「さあ、ちっと鳴らしてみようぜ!」
「イエーイ!」
赤鼻のルドルフを先頭にノース・スター・ロッカーズのトナカイたちが一斉に右の前足を上げます。
「ホーっ!」
ルドルフの掛け声に合わせて全員がその場で大きく足踏みをはじめると、首についた鈴が見事に調和しながらシャン、シャンと澄んだ音を響かせました。
周りのみんなはワーッと歓声を上げて惜しみない拍手を送ります。
響く鈴の音に拍手のリズムを合わせ、シャンシャン、パンパンと浮かれた音色がきらめきはじめた星の間に吸い込まれていきます。
その音色の中、御者台に座ったニコおじいさんが後ろに振り返って大きく手を振りました。
ボーぉぅ。
トロールのケモジャジャが低い声で答えると、ヨールマーおばあさんがパンパンと手を打って、「さあ、みんな後ろに下がって」と呼びかけます。
みんなはリズミカルに手を叩きながらそれでも随分と遠くまで離れました。
みんなが十分離れたのを確認したのか、ケモジャジャはグウッとソリの方へ体を傾けると、シュゴーっと青白い息を吹き付けました。
するとみるみる青白い息はソリの周りにゆっくりと筒のような氷の壁を作っていきます。
ニコおじいさんは壁に覆われる前にニッと笑ってヨールマーおばあさんに親指を立ててみせました。
這い進んだ氷の壁は、ソリ全体をスッポリと包む大きな長細い種のような形になりました。
すると今度はケモジャジャのお山のような体から思いがけず細い腕がにょきにょき伸びてきてソリの入った氷の種を掴むと、火口のような大口を開けてパクリと咥えます。
そのまま星の位置を確かめるように少しの間空を見上げると、真上を見るように体中で伸び上がり、ゆっくり右手を上げました。
「さあ、みんな! お楽しみのカウントダウンよ。 ハイ! じゅう!」
ヨールマーおばあさんがカウントダウンに合わせて手を叩くと、広く離れていたみんながワーワー言いながら集まってきて拍手に呼応します。
「きゅう! はーち! なーな! ろく!・・・」
カウントダウンに合わせるように西の空の残照も薄くなり、空にはいよいよ満天の星達がきらめき出しました。
澄み切った夜のスクリーンの下、ケモジャジャの口とおぼしき辺りから青白い光がぶわわ~っとあふれ出します。
「ごぉ! よん! さん! にー! いーち!・・」
ぐっとケモジャジャの巨体が沈み込みます。
「ぜろー!」
大唱和に合わせてケモジャジャの口から青い閃光が迸りました。
あっという間もないほどのスピードで、白く光った氷の種は夜空にまっすぐ飛んでいってしまいました。
キラキラ光る氷の粒がワッ空に広がり、星明りの下に大きな丸い虹を作ります。
「わー!!」
大歓声が北の空に広々と響き渡りました。