タタの災難 1
ワルダーは今日もイライラしていました。
大きな体を忌々しそうに丸め、革ジャンのポケットに両手を突っ込んでノシノシ機嫌悪そうに歩いています。眉毛も頭もつるつるに剃りあげて、頭の後ろには「Hate YOU!」という文字が刺青されています。「大嫌い!」という意味です。
もうすぐ夕暮れ時。
今日からはじまる一週間の「年送りのお祭り」の準備で通りはとっても賑やかですが、ニコニコ楽しそうにしている町の人たちもワルダーの姿を見ると、みんな目を伏せたり道の端の方へ寄ったりしました。
ワルダーは街の嫌われ者なのです。
まだハタチにもなりませんが乱暴者でいばりくさっていつもみんなに色んな迷惑をかけていました。
ワルダーはみんなが自分を避けている様子をニヤニヤしながらみていましたが、それでもいつものようにイライラしていて誰かはけ口にする獲物はいないものかと肩を揺らしながら、前に突き出した顔をゆっくり左右に巡らせます。
誰かを脅かして金でもせびりとったら今夜はせいぜい飲み明かしてやろう、なんて考えながら人気のない横丁へ入っていきました。
向うからお洒落なコートを羽織ったおじいさんがひとり、軽快な様子で鼻歌を歌いながらやってきました。
ワルダーは素早く周りを見回します。辺りには誰もいません。ニヤリと笑いました。
「なあ、じいさんご機嫌だな。ちょっとその景気のいいとこ俺にも分けてくれよ」
そういっておじいさんの前に立ちふさがると、コキリコキリと首を鳴らしました。
「せっかくの年送りだってのにフトコロが寒くってよ。これじゃオイワイもできねえんだよ。こんなメデタイ日にかわいそうだろう、俺? なあ?」
おじいさんはクルクルした長い白髪と胸まで垂れた白いヒゲに埋まった顔をニコニコさせています。つやつやした赤ら顔なのはもう一杯ひっかけているのかもしれません。
「おや、お若いの。そりゃ大変だ。こんな時に懐が寒いなんてのぁ、給料でも踏み倒されたのかね?」
おじいさんはワルダーの出している恐い雰囲気にもまるで気づかないように呑気な調子です。
「そうだよ。給料もらえなかったのさ、なんせ働いてねえからなあ」
ワルダーは「へへへ」と馬鹿にしたように笑いながら目の奥でジッとおじいさんをにらみつけます。いつもは大体これでうまくいくのです。
ところがおじいさんは愉快そうに「ホーホッホッホ!」と大声で笑いました。
「さっすが年送りの時期にはいいことがあるわい! わしにもあんたにもなあ! なあ、お若いの。わしはこれから今年一番の大仕事があるんじゃが、ちょうど相棒が腰を痛めちまってな、困っとったんだ。どうだいあんた? こうして会ったのもなにかの縁だ、いっちょわしを手伝わんかね? 仕事がないならちょうどよかろうよ!」
そういってまた「ホーホッホッホ!」っと笑います。
そんなおじいさんとは反対に、ワルダーの顔からは笑いが消えていました。かわりにどんどんと凶暴な感じがトゲトゲと滲み出ています。
「いいから金出せっていってんだよ・・」
低い声でいいます。
ですがおじいさんの方は相変わらずのニコニコ顔で、開いた右手をヒョイと上に上げました。
「まあまあ、慌てなさんな。ひとつ前払いでどうだね? キラキラ光るお星様をあげよう!ちょっとこれをごらん」
そういうとおじいさんは、右手の小指をクキリと折り曲げました。
次に薬指。
中指。
人差し指。
そして親指を曲げるとキュッと握りこみます。そして・・
ワルダーが覚えてるのは巨大な拳骨が音もなく振ってきて、目の中で大きな星が飛び散ったってことでした。
タタはフワフワチクチクする変な感触で目が覚めました。
顔を上げるとそこは山になった干草の上でした。
納屋のようなところで、天井の梁に手が届くほど積み上げられた干草の上です。
ブルっと体を震わせました。
なんだかまた寒いところに飛ばされてしまったようですが、昨日の森の中に比べればまだまだ大丈夫です。
干草の上にチョコリと座りなおしたタタは、胸に下がった袋をのぞいてみました。
残っているのは黄色い粒と白い粒のふたつ。
今までの三つはそれぞれ粒の色とおんなじ色をしたお役目さんとの「体験」でしたから、きっと今度も黄色か白いお役目さんと出会うのでしょう。
タタはふたつの粒を袋に戻して、袋をキュッと握り締めました。
年が終わるまであと何日あるのかわかりませんが、きっとがんばろうとキュッと口を結びます。
「よーし!」
キッと目を上げたタタは、干草の山をモゾモゾ降りはじめました。
納屋を出ると外は一面の雪景色でした。
夕方の少し前くらいでしょうか。雪の上に落ちるお日様の光はちょっぴりだけ黄色く色づいて見えます。
硬くなった雪の上をそりの後や大きなひづめの跡が沢山残っていて、道の向うへ続いています。とりあえずタタはその跡を辿ってみることにしました。
しばらく歩くと道の向うからにぎやかな音楽が聞こえてきました。にぎやかというかジャンジャン、ギャンギャンしてる初めて聞く音楽です。
やがてすごく大きなお家が見えてきました。音楽もそこから聞こえてきます。
タタは正面に廻ってそっと覗いてみました。
赤い屋根の大きなお家はキラキラピカピカした飾りで彩られていて、見ているだけでなんだか楽しくなってきます。
お家の前には大きな広場があって大音量の音楽の中、大きな鹿たちが忙しげに体を動かしています。
はじめてみる鹿でした。すごく大きな角があって体中フッサフサの毛で覆われています。
「ヘイヘーイ! みんな念入りになあ! 」
「イエーイ!」
鹿たちは準備体操をしているみたいです。リズミカルなジャンプを繰り返したり、組になって柔軟体操をしたりしています。
冬空の下みんなとっても楽しそうに体を動かして、それこそ湯気を上げる勢いです。
タタは勇気を出してさっき号令を出していた赤い鼻の鹿に近づいてみました。
「あの~、こんにちは・・・」
「おっ! なんだいボーイ? 出発まではもう少しあるぜい。おっと、もしかしてサインかなっ!」
その鹿はストローのついた白いボトルを持ったまま「ハッハッハ!」とタタに振り向きました。キラリと白い歯が光ります。
タタは鹿があんまり大きいのでとっても怖かったのですが、がんばってさらに一歩近づきました。
「あの・・ぼくタタっていいます。ぼく今、大事なお使いの途中なんです・・」
「お使い? こんな場所までボーイひとりでかい? そいつぁぶったまげた! なあみんな。ちょっときてみろよ! 小さな冒険家がやってきたぜ!」
そういうと鹿はヒョイと頭をかがめてタタを鼻先で持ち上げました。
「わあ」
タタは鹿の顔の上でコロリと転がってちょうど角にもたれるように座ってしまいます。
高くてびっくりしましたが、その間に他の鹿たちも「なんだ? なんだ?」と集まってきました。
「んで、お使いってなぁなんだいボーイ?」
股の間に両手をついたタタの位置からだと鹿の真っ赤なお鼻がヒクヒクしながら話しているいるように見えて、こっそり「なんだかおもしろいなー」って思いました。
「あのぼくオサメのお使いなんです。黄色か白のヒト探してここにきました」
「オサメ・・・」
楽しそうにワイワイしていた鹿たちがピタリと真顔になりました。一頭の鹿が慌てて音楽を止めます。
「ボーイは御遣いなのかい!」
タタはコクリと頷きました。
「おっほー! なんてこった、こりゃスゴイ! 聴いたかいみんな!」
「イエーイ!」
鹿たちはすごく楽しそうにバタバタドカドカ動き回り、赤鼻の鹿を先頭にお家の方に走り出しました。
「えー! ニコのじーさんまだ帰ってねえってか?」
「そーなんだよ、まったくどこいっちまったんだかねえ」
赤鼻の鹿の顔の上に乗ったまま、ヒョイと窓からお部屋の中に差し込まれたタタは、驚いてキョロキョロしました。
広いお部屋の中ははじめて見るキラキラしたものでいっぱいにあふれかえっていました。
赤、緑、金色、銀色。
水色、ピンク、黄色、にオレンジ。
四角いのが多いのですが、丸いのや長いのや座ったまま動かない小さな動物や、きれいな服や、笛や、おかしや、絵本や、なんだかよくわからものもたくさんたくさん大きなテーブルの上に山盛りに並んでいます。
―― 王さまの宝物のお部屋だ。
タタは小さな声で、「わあ」っていいました。
そして宝物の山の周りを、これまた初めてみる変な生き物がワッセワッセと、それはそれは忙しそうに、ちょこまかちょこまか走り回っていました。
ほかにもタヌキやオオヤマネコやオオカミ、それに熊まで一生懸命お仕事しています。
そしてみんな大きな赤いとんがり帽子をかぶっているのです。
「で、この子はなんだい?」
台の上に乗って鹿と話していたとんがり帽子が、タタの顔を見てニッコリと笑いかけましたが、思い出したように真面目な顔に戻ると、腰に手を当ててふんぞり返りました。
「一応ここは子どもの立ち入り禁止なんだがねえ」
「いや、違うよカーリ。なんとこの子は! ジャーン! 納めの御遣い~キツネのタタ・ボーイなの、サー!」
「イヤーォ!」
窓の外から鹿たちの賑やかな声が聞こえてきました。ドカダカと足音もすごいです。
「うるっさいトナカイども! 子どもたちはみんな裏で遊んでるから連れていっておあげ!」
カーリと呼ばれたとんがり帽子は、両手で赤鼻の大きな顔をグイグイ外へ押し出すと、ぴしゃりと窓を閉めてしまいました。
「な~んだよまったく、なあみんな!」
「ブウ~!」
鹿たちは器用に唇を反り返らせてブーイングを飛ばしました。
「しかさん、あのヒトたちみんないそがしそうだったから、ぼくおじゃまになりたくないです・・・」
「オ~ゥ!さっすがタタ・ボーイ! 御遣いはちっこくても賢い! 賢いついでに覚えておいてくれ。俺たちゃ鹿じゃなくてトナカイさ! そんでもってここにいるのはトナカイの中でも精鋭中の精鋭、世界最速のトップ・スピーダー、『ノース・スター・ロッカーズ』さ! ア~ハァ~ン?」
「トナカイさんっていうんですね。ごめんなさい、ぼくしかさんだとばかりおもってました」
「オ~ケ~、オ~ケ~! 俺たちゃどんな時でもクールでジェントルなのさ、そんなの気にしナ~イ! ちょっと忙しいからってツンツンしちゃうトントたちとは違うのさ~」
フッフ~ンっと盛大に赤い鼻を鳴らしたトナカイはそのままトコトコと歩き出しました。
「ここのボスのニコじーさんってのがいるんだがネ。どうやらまだ帰ってきてないらしいんだネ。じーさんならタタ・ボーイの話もきっとわかると思うんだがナ、ちょっとそれまで待っててほしいんだ。オーケイ?」
「あ、はい。ぼくまってます」
「エッ・・クセレント!」
少し進むと、キャーキャーと楽しげな子どもの声が聞こえてきました。
ですが、家の裏に広々と広がる雪原を見た途端、タタは思わず赤鼻のうなじに回りこんでガタガタ震えだしました。
「トナカイさん! おばけが! おばけがいます!」
「ん~? ああ、まあありゃオバケかナ?」
大きな雪原の真ん中にお家の屋根くらいある、大きな大きな黒くて丸い毛むくじゃらのものが、む~む~、も~も~低い声を上げてぶわぶわ動いていたのです。
その周りで赤いとんがり帽子を被った変な子どもたちや、いろんな動物の子どもたちも楽しそうに遊んでいました。
「あいつはトロールの子どもだよ。成りはデッカイけど優しくていいヤツさ! 名前は『ケマルケ』。紹介するよタタ・ボーイ!」
そういって赤鼻はハッハッハ!と笑いました。
タタは赤鼻の首のフサフサの中にもぞもぞ隠れてしまいました。