空のふわふわ ★
街の洗濯屋さん「コントのお店」の前で、小さな女の子が重い扉をよいしょと開きました。
「ちぇおちゃ~ん」
頭が入る分だけ開けて、その女の子は控えめに呼びかけました。
「は~い」
すぐに聞こえたチェロちゃんの返事に安心して、そっとドアの隙間をすり抜た女の子は、ちょっぴり居心地悪そうにお店の中を見回しました。
「入っていいよ~」
奥からまた声がしました。
女の子はお店を抜けて、声のした方へ進んでいきます。
小さな廊下の先は台所で、チェロちゃんはコンロから薬缶を下ろしているところでした。
香ばしいお茶のにおいが、広がっています。
「ちょっと待ってねー」
真剣そのもので薬缶を手繰るチェロちゃんの姿に、その女の子―― ピアノちゃんは、ぽーっと見とれてしまいました。
――お台所使ってる・・。
ピアノちゃんは小さな拳をつくって、チェロちゃんの動作に見入っています。
ピアノちゃんのお家では、食器のお片づけくらいしかお手伝いさせてもらえないのに、自分で火を使って、熱い薬缶を触っているなんてすごくビックリしたからです。
チェロちゃんは、下ろした薬缶のお茶を水筒に移します。
その危なげない姿を見てピアノちゃんは、目を丸くしたままホ~っと息を吐きました。
「しゅご~い!」
「ん~?」
チェロちゃんにしてみれば、ただお茶を水筒に移しているだけなので、なにが凄いのかもよくわかりません。
ただ手先は真剣極まりない動作で、重い薬缶を傾けます。
その間にも、ピアノの目はキラキラ光ったままでした。
ふたりは、手を繋ぎながらお家の裏手にある岡の上に登ると、岡の上に並んでちょこんと腰掛けました。
目の前は雑木林で、その先には広々と街の景色が広がっていました。
空はよく晴れていて、ぽっかりぽっかり雲が泳いでいきます。
ピアノちゃんとはついこの間友達になったばかりですが、チェロちゃんはどうしても見せたい景色があったのです。
なので学校が早く終わる今日、ピクニックに誘っていたのでした。
「はい、ど~ぞ」
チェロちゃんは肩から下げたカバンから、おむすびを取り出してピアノに手渡しました。
「ありあと~」
ピアノちゃんはニコニコしながらそれを受け取ります。
「コップはひとつしかないから一緒に飲もうね」
そういって、水筒の頭についていたコップに湯気鮮やかな、ほうじ茶を注ぎました。
ピアノちゃんは、一挙手ごとに感激して目を輝かせています。
「ちぇおちゃんは、おねーさんみたいらねえ」
「え~。そっかな~」
チェロちゃんは頭に手をやり、えへへと照れて笑いました。
ちょうどお昼時です。
眼下に広がる街並みは、喧騒と活気に膨れ上がっていました。
いろんな街角に、いろんな人たちが行き交う姿が見えます。
ふたりはにぎやかな街の雰囲気を感じながら、頭の真上でホカホカ笑ってるお天道様の下、ゆっくりと小さなおむすびを手にニッコリ笑いました。
「いただきま~す」
「いたらきま~しゅ」
あんむり
もくもく
「おいしい?」
「おいし~!」
「よかった~」
チェロちゃんが、パアっと笑いました。
その顔を見たピアノちゃんは、キョロキョロ。
おむすびとチェロちゃんの顔を行ったりきたりしています。
「ちぇおちゃんが作ったの?」
「そおだよ~。今日は鮭のおむすびだよ~」
ピアノちゃんは「ハアっ」と息を飲んで、食べかけのおむすびをじっと見つめました。
「ちぇおちゃん、しゅごい~!」
「えへへへ~」
チェロちゃんはくすぐったそうに、くにゅくにゅ体を動かしましたがハッとその動きを止めて、街の方を指差しました。
「ピアノちゃん、あれあれ! あれ見て!」
ピアノは、その指を追います。
すると、街中に立ってる煙突のひとつ。その先にプクリと変なものが膨らんでいるのが見えました。
見ているとそれは、ぷくりぷくりと膨らんで、ポンワと煙突から離れました。
それは、おっきなおっきなシャボン玉に見えました。
おっきなシャボン玉は、ふんわふんわと風に揺れながら空へ昇っていきます。
さらに、その次。
またその次と。
気がつけば、街の色んな煙突から次々に虹色に光る大きなシャボン玉が空へ飛び出しています。
ふわふわ
ふわふわ
すごい数です。
ゆっくり揺れながら、きらきらとお天道様の光を虹の色に移して浮かんでいます。
「わあ~!」
ピアノちゃんは、おむすび片手に大きなお口をあけました。
「しゅご~い! しゃぼんだま~!」
チェロちゃんは、ふふっと得意気に目を閉じて腕を組むと、それでも笑いたくてむずむず口の端を動かします。
「あれはね、スライムの『核』だよ。魔法で自由にしてあげると、膨らんでお空に飛んでいくの」
「しゅご~い!」
ピアノちゃんはきゃっきゃと喜んで、チェロちゃんの腕に取りすがってきました。
チェロちゃんは「お姉さんってこういう感じかな?」と得意気にすましていましたが、すぐにガマンできなくなって嬉しそうにいいます。
「すごいでしょ~? 街のこーじょーから出てるのが多いけど、うちのじいちゃんがお洗濯したのも浮かんでるよ」
「しゅあいむでお洗濯すうの?」
「そうだよ~。じいちゃんはお洗濯名人なんだよ。わたしも大人になったらお洗濯屋さんになるんだ~」
「お洗濯屋しゃん?」
「そおだよ~。いろんなお洋服とか鎧とかね、み~んなピカピカにしちゃうの! お洗濯するとみ~んなニッコリニッコリになるんだよ」
「ニッコリニッコリ~?」
「そおだよ~!」
ピアノちゃんは、チェロちゃんの腕にくっつきながら、嬉しそうにふわふわきらきらお空に昇っていくスライムシャボン玉を見ています。
「ちえいね~」
「キレイだね~」
スライムシャボン玉は次から次へと、お空に吸い込まれていきました。