真夜中のおむすびパーティ
夜も更けて。
チェロとピアノとタタは一緒のおふとんで寝ています。
チェロもピアノも寝てる時まで元気で、いくら寒くてもゴロリごろりと器用に寝相を変えてはぐっすりスヤスヤ眠っています。
キツネの姿に戻ったタタがあったかいおかげか、いつもより派手な動きです。
そんな深い眠りの中にいたにも関わらず、なぜかチェロはスウッっと目を覚ましました。
――ん~?
ベッドのヘッドボードの上に置いかれたお花の形の小さなスタンドライトの暗いオレンジの明かりを、妙に明るく感じます。
チェロは半分閉じた目をこすって体を起こしました。
「ん~?」
いつもなら夜中に目を覚ますことがあってもわざわざ起きることなんてありません。なのに今夜はなんだか起きてしまったのです。
チェロはなんとなくベッドを下りると、カーテンをめくって外をのぞいてみました。
街灯に照らされた通りとその先にある広場が見えます。
誰もいない景色は見るからに静かで風の気配もありません。
ぼんやりとその様子を見ていたちぇろは、広場に向かってちょこちょこと歩く、丸くて黒いものを見つけました。
―― なんだろう?
野良猫ではないようです。
というより動物などではなく、まるでおなべが勝手に歩いているような・・・・。
「あ!」
チェロはその丸いものの正体がわかりました。
マシロさんのところからついてきたお釜です。
おじいさんに見せた後、洗ってお台所にふせておいたはずのお釜です。
マシロさんのところでは自分で転がってきた不思議なお釜ですから勝手に動き出したとしてもやっぱり不思議ではありません。でもこんな時間になにをやっているんでしょうか?
チェロは目をこらしてみましたが、広場の真ん中あたりでチョコチョコ動いているのが見えるだけでなにをしているのかさっぱりわかりません。
どうしようかと考えましたが、思い切って見に行くことにしました。
寒くないようにマフラーを巻いて毛糸の帽子をかぶってコートに袖を通した時、ピアノがムックリ起き上がりました。
タタも目を覚ましたようで、薄暗がりの中、スタンドの光を反射した目が丸く光ります。
「ちゃおちゃん、どーしたの~?」
こっそり行こうと思っていましたが、見つかってしまっては仕方ありません。
「あのね、マシロさんから預かったお釜さんが、お外にトコトコ出てっちゃったの。だから見にいこうかなって」
「!」
ピアノの目がグワッと大きく開きました。ワサワサとベッドを進んでくると、よいしょと下りてパタパタとコートを羽織ります。
当然こうなるだろうと思ったチェロは、マフラーを巻くのを手伝ってあげました。寒くないようにチェロの上着をもう一枚着せて帽子をかぶせます。
気がつけばタタも隣に並んでチェロを見上げていました。
その目が、「ぼくもいく」といっています。
チェロは、「いいよ」とうなずいてみせました。
こっそりとドアを開けて廊下に出ます。
いつもならチェロが起きると必ず目を覚ますはずのベジタローが起きてこないのは少し不思議でしたが、すぐ帰ってくるからねと心の中であやまりました。
今が何時ころなのかハッキリわかりませんがきっと真夜中です。
広場はとっても静かでした。
真夜中といっても街はまだ年送りのお祭りの最中ですからもう少し誰かの気配があってもいいような気がします。
なにの周りからは何の音も聞こえず本当に静かでした。
そんなことよりこんな時間にお外に出たことのないチェロはワクワクドキドキしていました。
なんだかすごい冒険をしている気分です。
手をつないだピアノの方を見るとぱったりと目が合って、ふたり同時に、「ニシシ」と首をすくめて笑いました。
ピアノもおんなじように考えていたようです。
ふたりは本当に気が合うのです。
お釜さんはまだそこにいました。
「カマちゃんいた」
「シー」
お釜に、「そこにいた」という言い方は普通しませんが、そのたたずまいは、「そこにあった」ではなくやっぱり、「いた」という方がしっくりきました。
なぜならお釜さんの体からは太い針金みたいな手足が生えていて、チョコンと立ったままジッとしていたからです。
そして、まるで三人がくるのを待っていたとでもいうようにくるりと振り返りました。
胴の部分にキョロリとしたまん丸の目玉がふたつ。
その目がニッコリと細められると、頭に置いてあった丸い木の蓋の端をつまみ上げ、紳士のように優雅におじぎをしました。
三人も慌てておじぎを返します。
「カマちゃんなにしてるのー?」
「ピアノちゃん! シー! シーだってば!」
チェロはあわててピアノの口を押えました。
ピアノの声は、静かな広場にビックリするほど大きく響いたのです。
広場に面したお家にはいろんな人たちが住んでいます。こんな時間にお外にいることがばれたら怒られれてしまいます。
それにお釜さんだって他の人には見つかりたくないのでは?
おそるおそる目を向ければ、お釜さんはすました感じでこっちを見ていました。
そして両手を軽く広げてペチャクチャと小さな早口で何かいいました。
「?」
チェロはピアノに目をやりましたがピアノは、パチクリと大きな目でじっとチェロを見上げています。
「あのね。カマちゃんがね。らいじょーぶれすっていった。みんな起きないんらって」
今度は小さな声でコショコショいいました。
どういうことかともう一度お釜さんを見ると、こんどはせきばらいのような仕草をして突然ぴょんと飛び上がるとお尻から広場の石畳に落っこちました。
カゴ~ン! と大きな音が鳴り響きます。
もし寝ているときにこんな大きな音が聞こえたら絶対に目を覚ます自信があります。
なのにお釜さんは尻もちを突きながらビョンガビョンガと飛び周り、そのたびにガクワ~ン! ゴクワ~ン!とすごい音を出しました。
チェロはあわてて追いかけました。周りの人たちどころか街中が目を覚ましそうです。
三人はお釜さんを追いかけて走り、ガワン! ごワン! 待って~! と大さわぎして広場を一周まわるころ、やっと捕まえることができました。
さっきの紳士な雰囲気とは大違い!
お釜さんはチェロの手の中でやんちゃ坊主のようにバタバタ暴れました。
「わかった! もうわかったから!」
ハアハアしながら持ち上げて、しっかり目を見つめるとやっとおとなしくなりました。
そっと下におろすと、お釜さんはまた上品にペコリと頭を下げます。
やっと一息ついたチェロはヘナヘナと座り込みながら、周りのお家を見回しました。
やっぱりシーンと静かです。誰も起きてくる気配がありません。
ピアノのいった通りです。
――でも今のアピールはいくらなんでもやりすぎじゃないかな~?
チェロはもう一度溜息をつきながらそう思いましたが、ピアノとタタは興奮冷めやらぬというようにキラキラと顔中に光を広げて笑っていました。
落ち着くのを待っていたようにじっとこちらを見上げていたお釜さんは、「やれやれ」という感じでホッと力を抜くと、トテトテと少し離れクルリと振り返りました。
どこから取り出したのかの小さな光る粒を摘まみ上げて自分の中に入れ、 体に力を込めるように膝を曲げると、両手を握ってググっと構え、動かなくなります。
そして息継ぎのように素早く体を伸ばすとまたググっと力み、それを繰り返しはじめました。
三人は首をひねって様子を見ていましたが、だんだんお釜さんの方からあったかい温度が届いてきているのに気がつきました。
うーん、パッ! うーん、パッ! っと動きが速くなっていくにしたがってお釜さんそのものが熱くなってるみたいです。
「ちぇおちゃん、おーえんしよう!」
「うん」
ふたりはお釜さんの左右に少し離れて立つと、動きをマネをしました。
「よい~・・・しょ!」と声を出しながらぐぐ~っとうずくまって、パッと手足を広げます。
タタは正面にまわって動きに合わせて首を振りました。
その間にもお釜さんの動きはどんどん速くなっていきました。
ウンキー! フンキー!
「よいしょ! よいしょ!」
ウンキ! フンキ! ウンキ! フンキ!
「えしょ! えしょ! えしょ! えしょ!」
お釜さんはどんどん熱くなっていきます。
チェロとピアノも寒空の下、汗をかき始めました。
やがてじわじわと動きが遅くなっていき、大きく胸を張るように伸びあがったお釜さんはそのままゆっくりあぐらをかいて座りました。
ジッと目を閉じて息を整えるように小さく全体が上下しています。
チェロはピアノの体が冷えないように背中にそっとよりそいました。
お釜さんはしばらくの間、腕を組んでジッとしていましたが、突然クワッと目を見開くと、鼻の辺りからブッシューっとスゴい蒸気を出しました。
そして満足そうにウンウンとうなずいて、パカンと頭の蓋をはずします。
広場の空にボハ~ンほっかほか! と勢いよくあったかそうな白い湯気が太く昇っていきました。
「わー!」
「ごはんら~!」
なんと。
不思議なことに炊き立てのごはんが出来上がっていました。
街灯の薄暗い光の中でもハッキリわかるくらいツヤツヤピカピカ光っています。
たちまちお腹が減るくらいおいしそうです!
「ほあ~」っと口を開けているふたりを見て嬉しそうにうなずいたお釜さんは、チェロの方を見ると両手を体の前で上下にチョコチョコ動かしました。
チェロにはすぐにわかりました。
おむすびを結ぶゼスチャーです。
「うん!」
チェロは走ってお家に戻ると、大きめのまな板と水を入れた木桶を持ってヨタヨタ戻ってきました。ポッケにはおしゃもじとお塩の入った小壺もあります。
ベンチの上に置いたまな板を軽く濡らして、おしゃもじも濡らすとお釜さんの前にしゃがんで、「まぜまーす」と声をかけました。
お釜さんは、「うむ」って感じで大きくうなずきました。
まぜるといってもチェロは大きくはまぜません。
真ん中からそっとおしゃもじを入れて底の方のごはんも息ができるように優しく通り道を作るくらいです。
改めてごはんのにおいがほかほか上がってきてチェロは、ほわ~んと顔をゆるめました。
手水をつけた手のひらにお塩を軽くのばし、ごはんをすくうと目を閉じてふ~っと息を吐きます。
おむすびを作るのには炊き立てごはんが一番ですが、手早く正しく結ばないといけません。
なにしろ熱っついからです。
「よし!」
おしゃもじから手に、そして、「おい、しく、なあ、れ!」の四拍でざっと形を整えて次の、「イチ、ニッ、サン」で手前に転がしながら三角にします。
ほかほかと小さなおむすびがまな板に置かれました。
そしてあっという間に四つのおむすびを結びました。
「ちぇおちゃん、すご~い!」
ピアノが目をキラキラさせながら両手を上げてピョンピョン跳ねました。
タタも嬉しそうにクンクン鳴きます。
中に入れる具やのりも用意できましたが、チェロは炊き立ての塩おむすびが食べたかったのです。
まずはひとつをお釜さんに差し出すと、お釜さんはニッコリ目を細めて体を横にゆすりました。
「カマちゃんはたべられないんだって!」
濡らしたハンカチでタタの前脚を拭いてあげてるピアノが通訳してくれました。
いわれてみれば確かに。お釜はごはんを食べないでしょう。
なので三人でおむすびを手に、お釜さんにむかって、「いただきま~す」
パク。
「んん~んん!」
三人とも鼻でそう言ったきり夢中で食べてしまいました。
「おいし~!」
「クンクン!」
「うん、おいしかったね! もっと作ろう」
「やったー!」
チェロはどんどんおむすびを結んでいきます。
その間にはじめに余った一個をタタと半分こしようとしたピアノは、ハタと動きを止め、チョイと顔を上げて広場の隅に目をやりました。
なにかがいます。
それもたくさん。
でも怖い感じがしなかったので、「れておいれ~」と闇の先に声をかけました。
チェロも、「ん?」とそちらに顔を向けます。
すると、暗闇からじわじわ、もよもよと小さな丸いものが寄ってきました。
街灯の光の中まで出てきたそれは、まるで毛の生えたスライムのようでした。赤や黄緑、オレンジや水色の小さなボールみたいなのがもじょもじょといっぱいやってきました。
縦長のつぶらな瞳でじっと見上げてきます。
「ええ~っと・・・」
一体これはなんでしょう?
チェロは手を止めてジッとそれを見つめました。
当然見たこともないし、聞いたこともありません。
夜には普通にいる生き物なんでしょうか?
「えとね~こえはね~、もじょもじょらよ~」
「もじょもじょ」のところだけゆっくりテンポを落としたピアノがニッコリとチェロに振り返りました。
「もじょもじょ?」
ピアノは知らないものにどんどん名前をつけてしまうのでホントかどうかわかりませんが、とにかくそれは確かに、「もじょもじょ」っぽいなにかです。
「おむしゅびほしいの~?」
しゃがんで尋ねると、もじょもじょ達は、「うんうん」とうなずくように体を縦に動かしました。
「ちぇおちゃん?」
「いいよ~」
チェロも手慣れたものでした。
チェロ自身もそうですがピアノも誰かにごはんをあげるのが好きなのを知ってるのです。
ピアノは嬉しそうにちゃかちゃかと戻ってくると、おむすびをひとつてのひらに乗せて地面まで差し出しました。
「ど~じょ」
もじょもじょ達は少しの間お互いをキョロキョロ見合っていましたが、もじょもじょとピアノの手に集まるとムニムニ食べ始めました。
「あははは! くしぐったい!」
手はそのままに首と肩を揺すって楽しそうに笑います。
おむすびはあっという間になくなりました。
「ちぇおちゃんのおむしゅびおいしーれしょ~?」
もじょもじょ達は盛んに体を伸ばしたり引っ込めたりもじょもじょ動きました。
「おいしかった!」って言ってるみたいです。
その様子をニコニコみていたピアノの肩をタタがちょんちょんとつつきました。広場の暗闇に向かってお鼻をヒクヒクさせています。
見ると、あちこちから小さな変なのが次々に近づいてきたのです。
ぺったんぺったんと大きな足を持ち上げて歩く銀色のネズミみたいなのとか、やっぱり二本足で歩く服を着たカエルとか、コロコロ転がる白い毛玉とか。空には白黒シマシマのコウモリや羽の生えた妖精みたいなのも飛んでいます。
チェロは思わず手を止めてポカーンとしましたが、ピアノは、「いっぱいきた~」と嬉しそうにピョンピョンしました。
「みんなおむしゅびほしいの~? じゃあ並んでくらさ~い」
ピアノが両腕を、「真っすぐ前にならえ」にすると、変なのたちはのそのそと整列していきました。
チェロは大急ぎでどんどんおむすびを作り、ピアノとタタがどんどん配ります。
「はいど~じょ。はいど~じょ」
そして全員に配り終えると、チェロはふうと一息ついてお釜さんに、「おわりました~」とニッコリ声をかけます。
お釜さんも笑って、うんうんと体を前後に揺らしました。
そこでチェロは、「あれ?」って思いました。
お釜さんはタタのお手伝いをするために来てくれたはずです。それがどうして夜中にごはんを炊いておむすびを作るようにしたのでしょうか?
チェロは首をひねって考えましたが、ハッと考え付きました。
「みなさ~ん、聞いてくださ~い」
両手をパタパタ振って広場の変なのたちに呼びかけました。
「この中で小さな袋に入った白いお米みたいなきれいな粒を知ってるヒトはいませんか~?」
そして後ろからタタの肩に手を置きます。
「この子は、『納めの御遣い』なんです。それがないと今年が終わらなくて新しい年がきませ~ん。誰か知ってるヒトはいませんか~? それか春の探し方知ってるヒト~」
そうです。
神様や人間が教えてくれなくても、この不思議なヒトたちなら何か知ってるかも知れません。
ピアノもタタもチェロの声にハッとしてキョロキョロみんなを見回しました。
変なの達は次々に顔を見合わせてぺちゃくちゃちゅーちゅー小さな声で話し合っていましたが、やがて服を着たカエルがぴょんとやってくると、「ケロケロケ~」といいました。
それを聞いてピアノが困った顔をチェロに向けます。
「みんな知らないんらって。れもおむしゅびのおれーに他のヒトにも聞いてみるって」
「そっかあ・・・。じゃあしょうがないね。みなさんお願いしま~す」
「おねあいしま~しゅ」
「クンク~ン!」
三人そろってペコリと頭を下げます。
変なの達はまた口々にぺちゃくちゃいうと、ぞろぞろ帰っていきました。
小さな影が見えなくなるとピアノはチェロとタタの手をとってニッコリ笑いました。
「おもしおかった、ね~!」
「クンキュ~ン!」
タタもニッコリ笑ってチェロとピアノ、それからお釜さんに向かってペコリと頭を下げました。
チェロもニッコリ笑うとこっそり隠しておいたおむすびをひとつ取り出しました。どうしてもこれは食べたかったのです。
それはおコゲのところが混ざったおむすびでした。
チェロの小さな手で結んだ小さなおむすびですが、それを三つに分けて一口でパクリ。
いくらか冷たくなっていましたが、それでもちょうどいいお塩加減とおコゲの香ばしさでとってもおいしかったのです。
三人はもう一度ニッコリ笑いました。




