ドロンのチョコン
「けつねうろん、おいしかったねー」
田んぼの間のあぜ道を歩きながら、手をつないだピアノに顔を向けるとチェロはうっとりと目を細めました。
思い出しただけでお腹がポカポカしてくるような気がします。
おかげで北風の中でもとっても元気です。
「うん!おイナリおすしもおいしかったー!」
ピアノの隣で四つ足でとことこ歩いていたタタが嬉しそうにキュウっとおめめを細めました。
タタは白い子キツネの姿に戻っています。
覚えたばかりの『化け』の技はどこでもできるものではないそうです。
その証拠に鳥居を出た途端、人間の男の子だったタタはシュシュ~っと縮んで作務衣の中から元の子きつねの姿でもそもそ出てきたのでした。
さっきまでいた「白ノ庵」とよばれるお家で、なんでタタが人間の姿になっているのか質問した時、マシロさんは「コンコン」と楽しそうに笑ってから色々教えてくれました。
化けの技は『陰』の技だから神力が濃い場所で、しかも夜の時間に使いやすいのだそうです。
なのでタタがチェロたち人間の子どもと一緒に来たのに気がついたマシロさんが、お山の周りを夜に「化かした」といいます。
ちゃんとタタが自分でご挨拶できるようにと。
「自分だけじゃなくてお外も変えられるんですか?」
ポカンと口を開けたチェロの顔を面白そうに見ながらマシロさんは、「これでも一応は神の端くれやからねえ」といいました。
「神さま!?」
「神しゃま!」
驚く二人の前でタタもキョトンとしています。
「マシロさんは神さまだったんですか・・」
マシロさんはウカノミタマというごはんの神様の相棒なのだといいます。
でも神様は年送りの御使いに、一切手助けはしていけないのだそうです。
「まあ、うろんの一杯くらいは大丈夫やろけどねえ。それにキツネの里から送り出したのがホンの何日か前やったンに、こン子はホンマ強ぅなりんしゃった。きっとお役目も無事果たせると思いますー。難しい『化け』の術もたった一回手本見せただけでモノにしやんしたし・・」
おっとりと笑いながらタタの白い頭をクリクリ撫ぜました。
「も少し練習すればお天道さまの下でも使えるようになるやろけどな~。それでもはじめてにしたら上出来ですー」
「しゅごいねえタタちゃん!ピャーノもれきるかなー?」
「あら? ピアノちゃんは化けたいものがあらはりますのん?」
ピアノは「ん!」と嬉しそうに笑います。
「ピャーノはねー。オトナにバケたいんらよー。そしたぁお母しゃんやちぇおちゃんといっしょに、おライろコロ使えるれしょー」
「お台所?」
「そーらよー。フライパンれジュワジュワッてしてポーンってしたいんらよ!れもみーんな、火のそばはあぶないよ~って言うんらもん」
フライパンをホイホイと振るうまねをした後、むむ!と不満に眉根を寄せます。
そんなピアノの顔を見てタタは感心したように瞬きしました。
「そっか・・オトナに化ければいいんだ・・そうすればもっと上手にお使いできるかも・・」
「これこれ」
マシロさんがタタの頭をポンポンと叩きました。
「体だけ大人になったところでなんにもならしません。大事なんは今の自分ですー。特に今年は・・」
チェロはマシロさんがなにか言いかけてピッと唇をつぐんだのに気がつきましたが、神さまは手助けできないといっていたのできっとせいなんだろうと思いました。
「らいじょーぶらよー。ピャーノとちぇおちゃんでタタちゃんのおてつだいすぅよー」
ピアノはニコニコ笑いながらチェロの腕にキュッと抱きつきました。
チェロも「うんうん」とうなずいてマシロさんにニッコリ笑いかけました。
マシロさんは、嬉しそうに息を吐きながらフウッと目を細めます。
その時、突然お店の奥でコワ~ンと大きな音が鳴りました。
続いてのれんの掛かったお勝手からクワンクワンと初めの音を引っ張り響かせつつ、何やら丸くて黒いものがコロコロ転がってきたのです。
何事かと目を見張っているとその黒いものは、お座敷につながる段差もひょいと飛び越えてマシロさんの隣までくるとピタリと止まりました。
「あら、あんたもお手伝いするん~?」
その黒いものを机の上に置きます。
それは三合焚きほどの小さな羽釜でした。
☆ ☆ ☆ 廿 ☆ ☆ ☆
夕暮れ時。
晩ごはんの用意をしながらチェロとピアノはおじいさんに、キャーキャー楽しそうに今日一日の不思議なお話をしました。
チェロは小さな刷毛できのこの埃取り、ピアノとタタは型でにんじんをお花の形に抜く係です。
二本足で立ってペコリとお辞儀するタタを紹介されたときは、さすがのコントおじいさんも驚いていましたが、今ははテーブルの上にチョコンと正座して前脚で一生懸命にピアノのお手伝いをする姿をニコニコ笑って見ています。
そのタタの耳が急にピンと立ちました。
お店の方に顔を向けてフンフン鼻先を動かします。
「こんばんわ~。ど~も~」
ウィンディさんがフウフウいいながらやってきたのでした。
「いやいやなんとも凄いことになっちまってね、見てくださいよこれ」
久しぶりに会うというおじいさんへの挨拶もそこそこにお店の前に出ると、大きな馬と荷物を高く詰まれた馬車が停まっていました。
それは食材の山でした。
しかも年越しやお正月にはついて廻りそうな高級食材テンコ盛りです。
目立つものだと大きな米俵やら丸太みたいなエンペラーサーモンの新巻鮭やら、岩みたいなハムの塊やら、畳くらいあるスルメやら。いろんな種類の樽があるのはお酒でしょうか?
コントおじいさんはわけもわからず面食らっていましたが、ちょうど今日の話を聞いてきたので、「まあ、とにかく」とウィンディさんも一緒に晩ごはんを食べることになりました。
ちょうど寄せ鍋を作っていたのでお話しながら食べるにはもってこいでした。
いつもならお台所にあるテーブルで食べるのですが、今日は人数が多くなったのでお店の床に敷物を広げ、座布団も置いてみんなでぐるりと鍋を囲みました。
チェロとピアノの間にいるタタもキツネの姿のままチョコリと正座しています。
真ん中に置かれた水コンロの上で大きな土鍋のふたが開けられると、吹き抜けの天井にまでおいしそうな湯気がモハ~ンと伸び上がりました。
「いただきまーす!」
みんなで手を合わせると、ピアノはニコニコ嬉しそうにタタの小鉢に大きなタラの身とハマグリをよそってあげました。
いつもは誰かによそってもらってばかりなのでお世話ができるのが楽しくて仕方がないようです。
タタはちょっと遠慮がちに小鉢を受け取り、みんなを見回してペコリと小さく頭を下げると、なかなか器用に箸を持ち上げます。
「あっちゅいからフーフーしてたべるんらよ~」
タタはピアノに小さくうなずくと、ちょっぴり摘んだタラの身にフーフー息を吹きかけ、チョムッと口に入れました。
そして目を細めて「きゅ~ん」と鳴きます。
「おいしい?! よかったね~。いっぱいたべるんらよ~」
すっかりお姉さん気分のピアノでした。
チェロはその様子をニコニコ見ながら大皿にベジタロー用の野菜を並べます。冷まさないと食べられないのでできるだけ間隔を取って並べポン酢しょう油をさっと回します。
その間にコントさんはウィンディさんに熱燗を勧めていました。
みんながそれぞれにはじめの一口の余韻をホウ~っと高い天井にむかって吐き出した後、うずうずした様子でチェロが身を乗り出しました。
「ウィンディさん! わたしたちあれから神さまに会ったんだよ~」
「神さま!?」
「うん! そーらよ~。マシオしゃまらよ~!」
チェロたちが山のお社でマシロに会ったことを話すとウィンデイさんは大いに驚いた上で、何度も深くうなずいて大袈裟なくらい感心してくれました。
「なるほどなるほど~。これでわかりましたよ」
ウィンディさんのお話もこれまた奇妙なものでした。
タタが失くしてしまったという袋に入った種の情報を求めて、知ってる限りの魔術師、霊能者、巫女、神官、賢者、占い師、陰陽師などなど、「ここにないもの」を探せそうな人たちを片っ端から訪ねたのだそうです。
何人かからは、わかりそうなわからなさそうな曖昧な言葉をもらったそうですが、他の何人かの態度があからさまに変だったのだというのです。
「どうも何か知ってる感じだったんですが、そういう人に限ってものすごく残念そうな顔をするんですよ。まるでもどかしくて堪らない! とでも言うようにです。その結果があの荷台です。もうとにかくこれ持ってけあれも持ってけと・・・こっちの謝礼を受け取るどころかまあ凄い勢いでしたよ。断ったら怒り出したり泣き出したりするんですから困ってしまって・・・つまりわかってる人たちは安易に御使いには協力できないってことを知っていたわけですね」
ウィンディさんは、指先で摘んだおちょこをチョイと口に傾けると、鼻から神妙な溜息を吐きました。
「まあ、そういうことなら仕方がないですが、さてそうなるとどうしますかね?チェロさんそのマシロさまはタタくんの失くし物のことは何かいってませんでしたか?」
「え? ・・・あ・・・」
チェロはハッとして口を開けました。
不思議な体験とおいしいごはんとタタの、「一緒に春を探して」というお願いのおかげで失くし物のことをすっかり忘れていたのです。
「そっか、マシロさんに聞いてみればよかった・・」
しゅんと眉を下げてしまいます。
「ふんふん。でもきっとそれも教えられないことだったのかも知れないですよ」
落ち込むチェロをフォローしたウィンディさんは、タタに向かってフンフン、カウカウと不思議な声で話しかけるます。
タタもクンクン、キュンキュウと返事をしてしばらくお話をしていましたが、やがてウィンディさんは薄く苦笑していいました。
「タタくんも一番にそのことを話したそうですがやはり教えてもらえなかったようですね。別の方法を考えましょう」
「らいじょーぶらよ~」
お豆腐の熱さにハフハフ忙しかったピアノが、やっと口を開きました。
「ピャーノとちぇおちゃんでタタちゃんのおてつだいすぅんらよ。一緒にはるをさがしにいくの」
「ハル?」
「そうらよ~。タタちゃんが一緒にはるをさがしてーっていったんらよ」
「あ。うんそうなの!」
チェロはタタに頼まれたことをウィンディさんとおじいさんに説明しました。
ふたりは相槌を打ちながら熱心にチェロの話を聞いていましたが、チェロが話し終わるとウィンディさんはやっぱりちょっと困った顔で笑いながらポリポリと大きなあごの下を掻きました。
ですがコントおじいさんはニコニコしたままウィンディさんに徳利を差し出します。
「なに心配ないですよ。今、コレという結果が出ずとも今日の努力が明日に繋がるのを楽しみに待ちましょう。明けない年はありませんよ」
今度は自分のおちょこにお酒をつぐとヒョイと目の高さに持ち上げました。
「わしは今日、店の掃除をして町の寄り合いに出て、なんの変哲もない一日を過ごしましたけどな。その間にチェロたちは楽しい出会いと冒険をしてきて、こうして久しぶりにウィンディさんとも会えました。何にもしてないのに今、実にうまい酒を飲んどります。ならば一生懸命今日を生きたみんなにはきっともっといいことが訪れるでしょうとも」
みんなを見回し、「それにヒントがないということこそがいいことなのかも知れませんしな」と、嬉しそうにお酒を含みました。
チェロとピアノにはちょっとよくわかりませんでしたが、おじいさんの顔を見ればなんだか安心して嬉しくなりました。
ウィンディさんがタタに通訳しながらの晩ごはんはいつもよりも時間がゆっくり進みましたが、おなかが膨れてくるにつれてすっかりくつろぎモードになっていきました。
チェロは香箱を組んでのっそりしてるベジタローの背中にもたれながらみかんを剥いては手を伸ばしてベジタローに食べさせていますし、タタはウィンディさんのあぐらの真ん中で少し照れたように収まっています。
お箸を持ったままちょこんとコントおじいさんの膝の上に座ったピアノは、小鉢のイカの塩辛をチョミチョミつまんだりました。
「ピアノさんは渋好みだね、お酒が飲めるようになるのが楽しみだ」
ウィンディさんは大きな顎の下をこすりながら目を細めます。
「おしゃけはわかんないけろ、イカはすきらよ~」
嬉しそうにアゴを突き出して笑うピアノでしたが、タタがジッと見ているのに気がついて、「タタちゃんも食べる?」と小鉢にお箸を伸ばしました。
「あ、ちょっと待ってピアノさん。イカはやめといた方がいい」
「なんれ~?」
「普通のイヌとかネコにイカはあんまりよくないんだよ。キツネもたぶんそうだと思う」
「そーなんら~・・・。あ! じゃあタタちゃんヒトに化けたぁいいんらない?」
それを聞いてチェロも体を起こしました。
「わたしも化けるとこ見たいな。もう夜だしできるんじゃないタタちゃん!」
コントおじいさんとウィンディさんは、「んん?」と体を前に寄せました。
「ヒトに?」
「化ける?」
視線を集められたタタは恥ずかしそうに俯きましたが、ウィンディさんが優しくキツネ語で話しかけると、小さくうなずいて立ち上がりました。
少しみんなから離れると、両手を横に伸ばし、左足を軸にしてクルンとスピンします。
途端にドロンと足元から白い煙が上がってタタを覆うと、白い髪に三角耳のついた男の子が現れました。
拍手喝采が起こり、みんなすごいすごいと大喜び。
人間の姿になってもやっぱり恥ずかしそうにしているタタは、姿が違っても雰囲気でやっぱりタタだとわかります。
「まだうまくできなくて・・・しっぽとお耳は隠せないんです」
頭の上の三角耳は少し前に垂れて、ふかふかの白い尻尾がほうきのようにゆっくり左右に揺れました。
「しゅご~い!」
「タタちゃんすごい! 知っててもびっくりしたよ!」
「いやいや、これはお見事!」
「うんうん、俺も色んなところで色んなものを見てきましたが、こりゃすごい!」
みんなタタの周りに集まります。
ですがピアノはひとりだけしゃがんだまま、正面からタタを見ていました。
不思議そうにジッと・・・。
「・・・なんかヘンナノちゅいてる・・・」
「?」
タタはきょとんと視線を下にやりました。
そういえば化ける前からタタはずっと裸でした。




