ちいさな冒険家おおきな冒険家
一週間続く年送りのお祭りはまだまだこれからです。
今日も街のいろんなところで神事やイベントがたくさんあるので、冷え込む朝とはいってもいつもより陽気でほっこりした雰囲気が空にも道にもすれ違う人たちの中にもうかがえます。
昨日の夜は街をあげての派手な前夜祭で、大人も子どももご馳走を食べたり歌を歌ったりワイワイ楽しく過ごしたせいか、今朝の街は通りも広場もちょっぴりおとなしい様子でした。
夜更かしても怒られない特別な夜でしたが、がんばって起きていようとしたチェロもピアノも9時をまわる辺りでやっぱりいつものようにコテンと眠ってしまったので詳しくは知らないのですけれど。
チェロはリュックを後ろ前にして少し歩きづらそうにしています。
そのリュックの口に前脚をかけて、白いぬぐいるみ犬・・タタがちょこんと顔をのぞかせてしきりにキョロキョロしたり鼻をひくひくさせています。
さっき温めた牛乳をあげているときに熱心にその様子を見ていたピアノが急に、「このコはタタちゃん!」と呼び始めたのでとにかくそうゆういうことになったのでした。
ふたりは手をつないで中央広場を抜け、乗合馬車を乗り継ぎ、通りを何本も越えてダウンタウンに近いブルさんのお家を目指していました。
ダウンタウンに近づくほど、原色の色合いが多くなって通りも建物も派手なものが目立つようになってきましたが、人通りはさびしくて妙なほど静かです。
まだこの辺りだけ寝坊でもしているみたいだなとチェロは思いました。
大きな薬屋さんの角を曲がってこれまた派手なメインストリートに入ったふたりは、少し前を歩く見たことのある後ろ姿を見つけました。
「あ! ブゥしゃんら!」
ピアノがチェロの手を引いて走り出します。
「ちょっと待ってピアノちゃん」
その後ろ姿は確かにブルさんそっくりでした。ですがブルさんはいつも派手派手に着飾って、歩くときも体中でリズム取りながら踊るように歩くのです。
前を歩く人は色のあせたボマージャケットにカーキ色のズボン、頭には茶色い飛行帽を被って、ただ普通に歩いていました。それにブルさんと比べると少し背も低い気がします。
チェロはなんとかピアノの手を強く握って引き止めますが、走り出したピアノを止めるのは誰にとっても難しいのです。
「ブゥしゃ~ん!」
途中でチェロの手を離したピアノは、その巨大なお尻にぴょんとしがみつきました。
「おっと」
「ん?」という様子で振り返ったその人はやっぱりブルさんではありませんでした。
後ろ姿だけじゃなくて顔もブルさんそっくりでしたが模様がぜんぜん違うのです。ブルさんは灰色がかった黒い顔ですが、この人は白地に茶色のブチでした。
「あえ? ブゥしゃんらけどブゥしゃんらない・・・」
「ご、ごめんなさい!」
チェロは慌ててピアノを背中に隠し、ペコリと頭を下げました。
「あ、いやいや大丈夫だよ、怒ったりしないから安心して」
ブルさんそっくりなその人は、大きな体をしゃがませてニカっと笑いました。
「もしかして兄弟と間違えたのかな? オレはウィンディ。ウィンディ・ブルだよ」
その笑い方もブルさんそっくりでした。
「いんでぃーブゥしゃん?」
ピアノはチェロの後ろにゅっと体を横にして顔を出しました。
チェロは、チェロたちの知っているブルさんと間違えてしまったことを説明しました。
するとそのウィンディ・ブルと名乗った大男は「Ho! Ho! Ho!」とこれまたブルさんとおんなじように笑います。
「ああ、そいつはファンクのことだね。ファンキー・ブルはオレの弟だよ!弟が世話になってるようだね。ここで会ったのも何かの縁だ。もしよかったらお礼にお茶を一杯ごちそうさせてもらえないかな?」
ピアノはニコニコしながら「いいよー」と明るく答えましたが、チェロは申し訳なく思いながら少しうつむき加減にお断りを伝えました。きっとこの人は本当にブルさんのお兄さんなんだとは思いますがでも・・。
「ごめんなさい・・よく知らないヒトについてっちゃいけないって・・・いわれてるから」
それを聞いたウィンディさんは楽しそうにキョロリと目をむくと、また「Ho! Ho! Ho!」と笑います。
「おお!そりゃまた、まったくその通り! 軽率だったね、ごめんね。じゃあ今度ファンクに紹介してもらえるのを楽しみにしてるよ」
そういって立ち上がると、「じゃあ」と笑顔で手を振って背中を向けました。
「あ、あのー。わたしたちこれからブルさん家にいくんです。そうしたらお兄さんに会ったっていいます」
立ち去りかけたウィンディさんはチェロの声に、振り返りました。
「そうなんだ。オレも後で行こうと思ってたんだよ、それならまた会え・・」
「あーれーぇ。ウィン坊やじゃないか? 帰ってきたのかい!」
その時ウィンディさんの後ろからドカンとした大きな声が上がりました。
手にほうきとちりとりを持ったまま近づいてきたのは縦にも横にもびっくりするほど大きなオークのおばあさんでした。
「ばあちゃん。ただいまー、今朝戻ったよ」
「あれあれ、なんとまーあ!」
オークのおばあさんはこれまた大きなほうきとちりとりを傍らに置くと、ウィンディさんと軽く抱き合いました。その肩口から覗いた顔が、「あれ?」っとチェロとピアノに向きます。
「おあよーごらいましゅ」
ピアノがにっこり笑って頭を下げました。
チェロも釣られて頭を下げます。
おばあさんはほとんどまんまるになるようにしゃがみこむと、小さな目を開きました。
「あれあれ、なんとまーあピアノちゃんじゃないか?こんなところで何しておいでだい?」
「えっとねー、このコのお手伝いらよー」
そういってチェロにひっつくとリュックから顔を出しているタタを示します。
タタは不思議そうに鼻をスンスンさせました。
「あれあれ、子きつねちゃん。可愛いわねえ」
それを聞いてチェロは、ハっと納得しました。
タタはきつねの子だったのです。
「おいし・・・」
洗面器にも使えそうなカフェオレボウルから顔をあげて、チェロはうっとりほうっと息を吐きました。
お店の自慢だというホットミルクセーキは、がんばって歩いてきた疲れなんかさっさと溶かして流してしまうくらい上品に甘くて、微かにスパイスが香るたまらないおいしさでした。
「だろう?君たちをみて是非ともごちそうしたくなったんだよ。オレは街に戻ってきたらまずはこのミルクセーキって決めてるんだ」
ウィンディさんの声にホケっとしたまま曖昧にうなずいたチェロですが、また両手でボウルを持ち上げてゆっくり味わいます。
本当においしいのです。
白磁のカフェオレボウルの外側には何かを探しているエプロン姿の可愛いウサギがお話を紡ぐように色とりどりにいくつも描かれていて、どうにもボウルの底に結末の絵があるようですが早く結末を知りたいようで、でももっとゆっくりミルクセーキを味わいたいようで、チェロはのんびりした不思議なわくわくを感じてとっても幸せな気分になりました。
ピアノは椅子に座ったままではボウルを傾けることもできないので、椅子の上に立ち上がって危なっかしくボウルを抱えています。
タタはテーブルの上にチョコンと座って深皿に鼻先を突っ込んでいました。深皿といってもここでは小鉢なのだそうですが。
オークのおばあさんはスーザさんという名前で、アナ街ではある意味有名な宿屋のおかみさんでした。
「ホッグブレス・カフェ」というその宿屋は、「大きいひと専門の宿屋」ということで、世界中から「大きい人たち」が訪れるそうです。
オークやオーガをはじめ、リザードマンやビッグフット、巨人や竜族まで泊まりに来るのだといいます。
今、チェロたちがいる食堂も、そこにあるもの全部が大きくてびっくりしてしまいます。
テーブルはチェロの背丈ではやっと天板が覗けるくらいですし、椅子に座るにもよじ登らなければなりませんでした。
大きなスペースに巨大な白い丸テーブルがたっぷりした間隔で置かれ、天井もどーんと高くてちょっと工夫すれば凧揚げだってできそうです。
チェロは自分が小人になってしまったように感じました。
でも面白いのは、大きさだけではありませんでした。
壁にはつる草パターンの薄緑の壁紙が張られ、黄色い花を編んだリースや体の長い猫をモチーフにした絵が飾られています。全体にパステル調でテーブルクロスもクッションだって薄いオレンジに紺のラインのチェック柄で品のいい可愛さに溢れています。
無骨さなんてひとつもないのです。
全部可愛いのです。
「デカイ連中はなんでだかデカイついでにガサツだと思われることが多くてねえ。意外と繊細で可愛いもの好きなやつらもたくさんいるんだよ」
そういってスーザさんはフゴフゴと笑いました。
スーザさんはピアニカさんが招かれてはじめたお料理教室の生徒で、それについてきていたピアノとは顔見知りだったのです。
そしてふたりはさっさとスーザさんに抱えられて連れてこられました。
ウィンディさんが行こうとしていたお店だったのでちょうどいいってことになりましたが、それでもチェロが断らなかったのは、スーザさんとウィンディさんの一言でした。
「あれあれ、なんとまーあ!ファンク坊やはチョイと前に家族で旅行へ出かけちまったよ!」
「え?そうなのか?そりゃ残念。ああでも大丈夫だよオレが通訳しよう」
そういうことになったからです。
タタとウィンディさんは随分長い間話し合っていました。
タタの声はキューン、クーンとしか聞こえないのにウィンディさんはフンフンと熱心に相槌を打ち、時々「おお!」とか「そりゃまた・・」とか声にだしています。
やがてウィンディさんが深い溜息をついて椅子の背もたれによっかかり、少ししてもう一度テーブルに身を乗り出しました。
「オーケー、タタくん。オレも協力しよう、まさか本当に『お役目』が世界を廻ってるなんてなあ。おとぎ話だと思ってたよ・・こりゃものすげえ・・」
目をキラキラさせながらウキウキと話すウィンディさんに、チェロとピアノはキョトンと首を傾げました。
「おやくめ?」
「なにそえ~?」
ウィンディさんが話してくれたのは街の子どもなら誰でも知っている「年送りの御使い」のお話そのものでした。
もっともチェロの知っているのは人間の男の子が主役のお話でしたが、タタはその男の子とおんなじ年送りの御使いだというのです。
お話と同じように色んな冒険をしてきたそうですが、ここへくる途中で大事なものが入った袋を失くしてしまったそうなのです。
それがないと新しい年はやってこないといいます。
タタが泣いていたのはそのせいでした。
ついでにタタは本当にタタという名前なのだそうです。ピアノが勘違いしたのは女の子だと思っていたことくらいです。
「イヌ語とキツネ語は少し違うから細かいとこはわからなかったけどね。とにかくこりゃ世界の一大事だよ。タタくんがいうにはあと二つ冒険が残ってるはずだ。年越しまであと一週間もないからね、おし!こうしちゃいられない、オレはその大事なものを探せそうなところに片っ端から頼んでくるよ」
ウィンディさんはミルクセーキを一気に飲み干すとワクワクした様子で立ち上がりました。そしてチェロとピアノには後で結果を話しにいくからお家に戻っていてほしいと頼み、チェロがお家の場所を説明すると、目を丸くして驚きました。
「へえ!チェロちゃんはコントさんのお孫さんだったのか!こりゃ面白い。コントさんには昔よく世話になったよ。あの人はほんとに洗濯名人だからね」
おじいさんのことを誉められて嬉しくなったチェロは、ミルクセーキのお髭をニッコリと上にあげました。
「ウィンディさんも冒険者なの?」
チェロの家に洗濯物を頼みに来るのはみんなアナに潜る冒険者ばかりなのです。
ですが、ウィンディさんは、「前はね」と二カッと大きな歯を見せて笑いました。
「今は冒険家さ。タタくんとご同業だね」




