表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮〔あな〕のせんたく屋さん (童話バージョン)  作者: 弥竹 八
迷宮〔あな〕のせんたく屋さん 〔童話〕
1/18

せんたく屋さんの朝

 ガラ~ン


 ガラ~ン



 大鐘楼が、街に、朝を知らせます。


 お日様は、すっかりご機嫌で、街のすみずみにまで、ホッカリホッカリ温かい光を届けています。

 

 とってもいいお天気です。



 コントさんは、街の洗濯屋さんです。

 

 お日様を浴びて、う~んと体を伸ばすと、ニコニコしながら、お店の看板を出しました。


 この街の下には、広い広い、迷路のようにいろんな洞窟が広がっていて、街の人たちは、そこを「あな」とよんでいます。


 その「あな」に入って、探検したり、調査したりする人たちを、冒険者とよびます。

 

 コントさんは、その冒険者たちのための、特別な洗濯屋さんなのです。


 

「じいちゃーん、ただいまー」


 片手に、青いビンを持った女の子が、向こうからトコトコ走ってきました。

 

 コントさんの、孫のチェロちゃんです。


 チェロちゃんは、クルクルとよく回る大きな瞳を開いて、ニッコリ笑顔で笑いました。


「まだお客さん来てない?」


 チェロちゃんも、朝早くからお店のお手伝いをしているのです。


「もう、いらっしゃっとるようだよ」


 コントさんが顔を向けた方をみると、お向かいのカフェに、いつものお客さんたちが座って、チェロちゃんに、手を振ってくれました。


 チェロちゃんも、大きく手を振り返します。


「すぐに準備しますね~! ほら、じいちゃん、早く!」


 チェロちゃんは、コントさんの手を引いて、お店に入っていきました。





 

 お店の端には、大きな瓶があります。

 

 チェロちゃんよりも、うんと大きくて、子供三人くらいなら楽に入ってしまえそうです。

 

 天井には、大きなプリズムが吊るしてあって、お日様が昇ると、虹の光が、瓶の中へ差し込むように作ってあります。

 

 瓶の中には、とろりとした透明な液体が、いっぱいに入っています。


 スライムです。


 スライムというのは、不思議なものです。


 自分で、うにょうにょ動くから、生き物だといわれていますが、調べれば調べるほど、どんどん不思議になっていくのです。


 魔法をかけると、薬になったり、肥料になったり、ガラスになったりするのです。


 どろどろして襲いかかってくる、悪いスライムもいます。


 偉い人たちが、頑張っていますが、まだ誰もその正体はわかりません。


 でも、街の洗濯屋さんは、このスライムを使ってお洗濯するのです。


 チェロちゃんは、スライムに魔法をかけるお手伝いをしているのでした。



 


 コントさんは、銀のひしゃくで、瓶からスライムをくみました。


 それを、同じく銀を貼ったタライに移しますと、タプリタプリと揺れていたその表面が、やがてざわざわ、うにょうにょと動き始めました。

 

 だんだん水あめみたいになって、ぐぐっと盛り上がったり、ピョイピョイとすばやく伸び縮みしたり始めます。


 さあ、チェロちゃんの出番です。


 チェロちゃんは、手に持っていた瓶の中身を、サーっとスライムに回しかけると、棒でゆっくりとかき混ぜはじめました。


 

 と~ろとろ~ スライムさーん

 

 きれいなお水はおーいしいかな~


 どーおでーすか~?


 きょーをもおひさまにっこにこ~

  

 ことりもぴっきぴっきわらってるー♪


 

 歌いながら、タライの底をコツコツと打ってリズムをとったり、フリフリと腰を動かしたりしながら、かき回します。

 

 この歌が、魔法の呪文なのです。


 日によってメロディも歌詞も違いますし、鼻歌だけのときもあります。


 その日の気分によって、毎日かわる魔法の歌です。


 生まれたときに、水の精霊に護られた子どもにだけ使える、魔法なのです。

 

 スライムにかけた、瓶の中身は、聖水です。

 

 教会で、朝一番に汲んだ水に、お祈りすると祭司さまが作ってくれる水です。


 魔法で聖水の力を、スライムに組み込ませるのが、チェロちゃんの仕事なのです。




 だんだん、タライのスライムに、変化が出てきました。


 重そうに混ぜられていたスライムが、ゆらゆらと波打ちはじめました。


 チェロちゃんの歌に合わせて、踊っているように見えます。


 王冠の形のようになったり、伸びたり、くねったり、してクルクルと、なんだか楽しそうに踊っています。


 やがてチェロちゃんの歌が、ゆっくり、小さくなっていくと、タライのスライムの動きもゆっくり、小さくなっていきました。


 チェロちゃんの声が囁くように小さくなって、そっと棒を引き抜くと、タライの中はゆっくりと回る、ただの水にしか見えないものになりました。


「できたよー」


 チェロちゃんは、コントさんを見て、いつものように、にっこり笑いました。





 お店の外から、わーっと、拍手が起こりました。


 驚いたチェロちゃんの肩が、ピョンと跳ね上がります。


 お客さんたちが、チェロちゃんの魔法を、こっそり見ていたようです。


『コルネット探索社』の冒険者たちでした。


「おはようございます、さあどうぞ!」


 コントさんがお店のドアを開けると、剣やハンマーやツルハシを背負った、お客さんたちは、ニコニコしながら入ってきました。


「おはようチェロちゃん。すばらしい仕事っぷりだったね」


 社長のコルネットさんがそういうと、他の冒険者さん達もウンウンと、うなずきました。


 チェロちゃんは、照れてモジモジしていましたが、それでも元気に。


「あの・・ありがとうございます!」


 と、言いました。


 それでもやっぱり照れくさかったのか、ペコリと頭を下げると、テテーっと奥へ走って行ってしまいました。

 

 その姿を見てみんなは、朗らかに笑いました。





 その間にコントさんは、戸棚から洗濯済みの服やらヨロイやらを出して、カウンターへ並べます。


 冒険者たちは、それぞれの服を手にとって、着替えの部屋に入っていきました。


 すると、やっとチェロちゃんは、戻ってきました。


「みんな見てたんなら教えてくれてもよかったのに」


 横を向いたまま、口を尖らせます。

 

「ハハハ、すまんすまん、わしもチェロに見とれていて気がつかなかったんだよ」


 コントさんは、笑いながらチェロちゃんの頭に、ポンポンと手をおきました。


 チェロちゃんは、腕を組んで「フンっ!」と言いました。


「それになチェロ。お客さんがチェロの仕事を誉めてくだすったんだ、嬉しいことじゃないか。さあ準備しよう」


 チェロちゃんは、まだ、ブーっとしたままでしたが、のしのしと歩いて、次の用意にかかりました。


 先ほど作ったスライム水は『つなぎ』とか『継ぎ水』などと呼ばれる、洗濯用のものとは少し違う魔法でできています。


 チェロちゃんは、それを銀のジョウロへ移します。


 コントさんは、チェロのために作った、丈夫な脚立を店の真ん中へ置きました。




 そこへ、着替え終わった女の人がひとり、先に出てきました。


 街でも珍しい、女冒険者のウルルさんです。


 金髪を頭の上でまとめて、背筋をピンと立てて微笑んでいます。


「チェロちゃん、よろしくお願いします」


 ウルルさんは、チェロちゃんに頭を下げると、にっこり笑いました。


「はい!よろしくお願いします!」

 

 チェロちゃんも慌てて頭を下げました。

 

 少し緊張しています。


「では、はじめます!」


「はい」


 ウルルさんは軽く足を開き、襟元を開くと、目を閉じました。


 チェロちゃんが、また歌いはじめます。



 かーみさまー せいれーいさーん


 おまもりー くだーさーい~


 どーんなに くらいよるーもー♪



 魔法の歌です。


 歌いながらジョウロを傾け、ウルルさんのつま先からだんだん上にむかって回しかけていきます。


 

 このーこのーむねーにー


 ひかりがあるこーとをー♪



 背伸びをしても届かなくなると、脚立を上って背中も濡らしていきます。


 頃合を感じたウルルさんが、かかりやすくなるように、反転したり、腕を上げたりして全身くまなく濡れていきます。


 頭のてっぺんまで、全部濡れたのを確かめたチェロちゃんは、最後に、ウルルさんの額に軽くキスをしました。


「どうか、すべてご無事でお帰りください。しゅくふくのうんめいで満たされた、ご自身であることを、おわすれなきよう」


 すると、全身濡れていたウルルさんの体が服も鎧も全部、さあっという勢いで乾きました。


 チェロちゃんは、スライムを使って、服の上から全身を護るための魔法をかけたのです。





 魔法が終わると、ウルルさんは、その場に立ったままグスグスと泣きだしました。


 チェロちゃんは、困ってしまって複雑な顔になりました。


 はじめてウルルさんに魔法をかけた時にも、ウルルさんは大声を上げて、わんわん泣き出してしまったのです。


 チェロちゃんは、自分が何か間違えたのだと勘違いして、ウルルさんと同じようにわんわん泣き出してしまいました。


 ウルルさんは、あんまりにチェロちゃんが優しいものだから、感激してしまったのだと、泣きながら弁明したのですが、火がついた二人は一向に泣き止まず、落ち着くまで、ずいぶん大変だったのです。


 そんなことが、あったので今日もチェロちゃんは困っているのです。


 なにしろチェロちゃんには「感激して泣く」とか「嬉しくて泣く」という泣き方の意味が、まだ理解できないのです。


 コントさんは、「大きくなるとそういうことで泣くこともある」と何度か説明してみたのですが、やっぱりチェロちゃんには、まだ難しいみたいです。

 

 ウルルさんは、チェロちゃんを抱きしめて、しきりに「ありがとう」と繰り返しています。


 その肩越しに覗いたチェロちゃんの顔は、困り過ぎてクシャクシャになっていました。


 でも、いつかチェロちゃんにも、そういう感覚を理解できる時期がくるのでしょう。


 コントさんは、優しい目で、チェロちゃんを見ていました。





 歩くたびに、ガシャンガシャンと音を立てるコルネットさん一同が、見送りに出たコントさんとチェロちゃんに振り返ります。

 

「いってらっしゃ~い!!」

 

 チェロちゃんは両手をブンブン振りながらピョコピョコと跳ねました。


「チェロ。さあご飯にしよう。今日は遅くなってしまったね」


「やった!わたし、ふわふわ玉子がいい!」


 チェロちゃんとコントさんは、ニッコリ笑い合いました。


 すっかり昇ったお日様は、キラキラとやわらかく輝いて、空はすっきり晴れています。


 今日もいい日になりそうです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ