悪役令嬢がどうしてこうなった
どうしてこうなった
王立国際学術院の卒業パーティー、それは学生にとっての最後の大舞台でもある。
そこでは世界最高の学び舎を卒業できる誇りと喜びを噛み締める卒業生、彼らの旅立ちを祝福しいつかは自分たちもと胸を熱くする在学生、これからの時代を担う原石たちがそれぞれの思いを胸に抱き、誰もが千差万別の輝きを放っていた。
いつもは口うるさい礼儀作法の講師も目じりに涙を浮かべて微笑み、暑苦しい武芸の講師はやはり暑苦しい笑みを浮かべている。そんな講師たちに囲まれた学生たちは皆、音楽隊の奏でる音色に包まれながら、ある者は会話に華を咲かせ、またある者はダンスを踊っていた。
しかしそんな喜ばしい雰囲気を台無しにする者が現れる。
「アイリス・フォン・レイブレイズ公爵令嬢!貴女が行った数々の愚行はあまりに目に余る!私はここにアイリス嬢の退学を命じ、同時に貴女との婚約を破棄することを宣言する!」
それは突然の出来事だった。
不意に音楽隊の演奏が止まり、何事かと皆の注目が集まるステージの上、ダンスを楽しんでいた者たちを押し退け、一組の男女とその後ろに控えた三人の男子がそこにいた。
誰もが冷ややかな視線を送っているのにも気づかず、一人の令嬢を壇上へと呼び出し始まったのがこれである。それまで温かな喜びにあふれていた会場が一転、まるでお通夜でも始まったかのように冷え切ったものとなっていた。
本来ならこのあまりにもあんまりな言動に講師たちが動き、学生たちが苦情の一つでももらす所なのだが、これをやった張本人の身分がそれを妨げる。彼の名はアルフレッド・シルバリオン、王立国際学術院のあるシルバリオン王国の第二王子であり、建前では身分を問わない学院でも、おいそれと口をはさむことのできない存在であった。
「……いかに殿下とはいえ、公爵令嬢である私に謂れの無い侮辱をするなど許されることではありませんよ?」
そんな中矢面に立たされた彼女は屈辱に震えながらも、それでもなお毅然とした態度で彼らと相対していた。
「謂れの無いだと!貴様が行ったことの証拠はすでにつかんでいるのだ!おとなしく白状するがいい!」
「全くです。仮にも公爵令嬢ともあろうものが見苦しい。貴女にできるのは罪を認めることだけです。」
「いざとなったら身分を持ち出すとかほんとサイテーの悪女だよね。すごく気持ち悪いよ君。」
それに答えたのは最近武勲を上げ騎士団長へと任命された伯爵家の長男、国の宰相を務め国王からの信頼厚い侯爵家の次男、数々の優秀な魔法使いを輩出してきた公爵家の三男達だ。
「いいの!アイリス様という婚約者がいるアルフレッド様に近づいた私が悪いの!嫉妬に駆られてしまう気持ち、私にもよくわかる!だからアイリス様を責めないで上げて!」
アイリス嬢が男たちのあまりの言い草に言葉を失っている所に出てきたのはピンクの髪のどこかふわふわとした少女。王国の片田舎にある領地を治める子爵家の令嬢で、学力も礼儀作法もお粗末としか言いようのない問題児として有名な少女だった。
このときアイリス嬢の頭の中は真っ白だった。仮にも学年最優秀生徒であり、この後在学生代表としてスピーチの控えている自分がなぜ、学院はじまって以来最悪の問題児達にこんな屈辱を味合わされているのか。いつの間にか自分たちの世界に入っている目の前の五人組などもはや頭の中から消え去っていた。
「私は王妃候補であって殿下の婚約者とやらではないし、貴方に私を退学させる権限もありません。もちろん私は誰かに恥じるような行為をしたこともありません。ですが国のため私自ら汚名を被ることを決意しました。」
アイリス嬢の静かな宣言は誰の耳にも届いていなかった。しかし明らかに雰囲気の変わった様子に気づいた誰もが背筋に冷たいものを感じ、これから起こるであろう恐ろしい出来事に震えていた。
しかしそんな予想に反して、アイリス嬢は一言も無く会場を立ち去ってしまう。
誰もが困惑し、遅れて気づいた五人組が騒ぎだし、やっと事態の収集に乗り出した講師達によってパーティーは解散となった。
翌日から学院にアイリス嬢の姿は無く、満足げな五人組が相変わらずの……いやむしろ悪化した問題行動を繰り返し、それ以外の皆は不気味な緊張感の中学院生活を送ることとなる。
それからしばらく、どこかの公爵家で家督争いが起き、うら若い女性が爵位を継いだという噂が学院に流れ、まさか……と誰もが困惑する中、王都ではクーデターと呼ぶにはあまりに穏やかな王位簒奪が行われた。なんと兵士を一人もつれず単身玉座へと迫り、たった一言言葉を交わしただけだったというのだ。
そうして新たに王座に座ったのはあまりに若い女性。言うまでもないがアイリス嬢その人であった。
この日を境に学院からは五人の生徒が忽然と消え、不正の温床と化していた生徒会を監視する機関が設置され、高い身分を振りかざした横暴を抑止するために学院長には公爵家の人間が任命され、さらに定期的に外部機関による監査が入ることとなる。
改革はこれだけではなく、幼少期の教育の重要性を説きこれまで各家に雇った家庭教師に任されていた部分を国主導で行うこととなった。さらに腐敗の進んでいた貴族の粛清と同時に、貴族に都合のいい法律や慣習を見直し、貴族の権利を明確にする一方曖昧にされていた義務の部分を明確にした。
それ以外にも生涯にわたって数々の改革を進め、今後千年の繁栄が約束されたとまで言われるほどに国を発展させたアイリス女王だったが、後世において唯一悔やまれたのが「男は信用ならない」と独身を貫き跡継ぎを残さなかったことだ。
こうして歴代で最も美しく、最も偉大と言われた女王は退位と共に正当な王家へと王位を返上し、その後レイブレイズ家の領地の片隅で穏やかに余生を過ごしたという。
そして死の直前に残した言葉がかの有名な「どうしてこうなった」であり、以後この国で波乱に満ちた人生のことを「どうしてこうなった」と言うようになったのである。
またアイリア女王にまつわる言葉に「ニホンジン」というものがあり、こちらは極めて優秀でどうしてこうなった人を表す言葉として使われている。
どこが王道だって?
主人公ちゃんと王の道進んでるんじゃないですか!(錯乱)