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6 ベラはウルチの為に

久しぶりの投稿です。

2話連続投稿で、まずはベラのお話です。

後半にベラの秘密的な部分を描いています。




 アタイは何故生み出されたのか…。




 ウルチは何故閉じこもってしまったのか…。




 アタイとウルチは記憶を共有している。幼いウルチの記憶はアタイの中にも存在している。でも、ウルチはその記憶のほとんどを封印してしまった。誇り高き小竜族はほとんど殺され、ウルチはヒト族の島へと売られた。




 海。




 島の奥で育ったウルチには見たことのない景色で、唯々水がどこまでも続いている世界。アタイはここを越えて見知らぬ土地へと運ばれている。思うところはいろいろあるけど、感情を面に出してはウルチが危険にさらされるから…アタイは唯々海を眺めていた。


「ベラよぅ!」


 背後から汚らしい声を掛けられ、アタイは無表情に振り向く。雷竜族の男が下品な笑みを浮かべていた。


「小竜族で奴隷の道を選んだのはお前だけだ!他の竜人は皆、自ら命を絶ったぞ!」


 アタイは感情を押し殺し、唯じっと男を見ていた。次第に男の眼に怒気が宿り、アタイを棒で叩いた。四肢の腱を切られたアタイは逃げることも避けることもできず、殴られるまま表情を消してひたすら耐えた。雷竜族の男は感情の赴くままアタイの意識を奪うまで殴り続けた。


 気がつくと、アタイは倉庫みたいな場所で檻の中に入れられていた。衣服は奪われ、剥き出しとなった傷口に鎖が当たり激痛に襲われる。それでもアタイはひたすら表情を消して屈辱に耐え、檻の中で過ごした。


「ベラ……もう、いいよ。僕はひとりぼっちなんだ。死んでしまっても…構わないから。」


 ウルチが生きることを諦めるよう語りかけてくる。


「ウルチ…。あなたは生きて下さい。痛みや苦しみ、悲しみはアタイが全部背負います。」


 アタイはウルチに生きて欲しかった。だけど、アタイの思いと裏腹にウルチの意識は遠ざかっていった。




 アタイは売れ残っていた。このままでは処分されると聞かされた。けど、アタイは檻の中で身動きなど取れず、ただその日を待つだけ。

 でも、ある日ヒト族の人間が何人も来て、アタイを檻ごと連れ出した。馬車に乗せられ、着いたところは…また倉庫。

 聞けば、売れ残りの奴隷はすぐ処分されない様、商人の間で売り回しているらしい。


「お前は表情がなさ過ぎて、鑑賞用にもならない。せめてもう少し体が成長すれば買い手はつくだろうが…。」


 アタイは観賞用奴隷には適していない。このまま感情を押し殺していけば、売られずに済む。でも、身体の成長は止められない。そのうち性奴隷とされてしまうのだろう。その時、ウルチは耐えられるだろうか。


 …ウルチ?



 ウルチ?…ウルチ!?




 ある日を境に、ウルチは返事しなくなった。彼女はアタイにも心を閉ざしてしまったのか。泣きそうになったけど、決して表情は見せられない。ウルチと会話ができなくても、アタイはウルチの為に、全てを耐えて生きなければならない。

 そしてアタイは嘘の表情を作り出すことができるようになった。心を固く閉ざしたまま、主の言われるまま、喜怒哀楽の表情を見せられるようになった。それでも買い手はつかず、処分される間際に別の奴隷商に売られていく。…ウルチ。もう少しの辛抱だから。処分が決まれば、アタイ達は楽になれるから。……アタイもいつの間にか死を望むようになっていたのね。でも、それでもいい。ウルチがそれで楽になるのなら。




 それは何度目かの処分間際の売り回しの時だった。既にただの手続きにしか考えていなかった奴隷商との面会。いつもと違い、何人もの人間が集まり、アタイを悲しそうな目で見つめた。

 獣人がいる、エルフがいる。皆首輪をしている。

 そして一人の男がアタイに近づいてきた。


 「君の貞操帯を触らせてもらうよ。いいかい?」


 アタイは男の眼をじっと見つめた。この男は奴隷商ではない。奴隷を所有する金持ちか。…いやそうは見えない。一体この男は何者なのか?アタイは男の言葉に警戒しつつも肯いた。男はアタイの貞操帯に触れ、何かを確認している。


 「ぐわぁっ!」


 アタイの貞操帯に触れて何かしていた男が突然叫び声を上げた。同時にヒト族の奴隷と獣人の奴隷が男にしがみ付き、アタイから引き剥がす。男はこの貞操帯の呪いに触れ、激痛を受けたのだろう。アタイもスキルを発動するとこの貞操帯から激痛を受ける。でも、男はもう一度アタイに近づきアタイの身体に触れた。


 「≪鑑定≫するよ。いいね?」


 アタイは一応肯いた。できるはずがないと思っていた。


 「ベラ……だね?」


 アタイは感情を押し殺すのに必死になった。アタイの名を呼ばれた。ここ最近、この名で呼ばれることなどなかったのに。アタイは一先ず肯く。この男は一体何者なのか。




 それがご主人様の第一印象だった。





 その後、アタイは初めて(・・・)歩いた。


 アタイはウルチによって生み出されてからずっと檻の中で過ごしていた。奴隷となって見た景色はあの最初の海だけ。なのに、このご主人様は…何を思ってか、アタイに外の世界を見せてきた。太陽がまぶしく感じる。食べ物がこんなにおいしそうに見える。


 …ご主人様、お願いします。アタイにこれ以上希望を見せないでください。


 アタイはウルチから生み出された命。なればウルチの為に命を燃やすのが道理。……でも……。


 アタイはただひたすら無情に徹し、ご主人様の命令に忠実に従うことだけにした。だけど、あの日だけは今でもはっきりと覚えてる。





 「ベラ!」


 二ノ島で盗賊に襲われた時、アタイはご主人様の命令を忠実に守っていた。ご主人様に呼ばれ、ぎこちない足取りで前に立つ。


 「…何故エフィが怪我をした時、助けなかった?」


 アタイはエフィを見た。アタイの命令は襲ってくる盗賊に≪ブレス≫で威嚇すること。エフィ姉を助けることではない…そう考えていた。


 「…ご主人様の命令にはエフィさんを助けろとはなかっ…」


 バシィ!



 アタイは頬を叩かれた。




 …叱られた。


 涙が出そうだったけど、必死に感情を押し殺した。アタイが間違っている…そのことはわかっていたけど、無情であり続けるためにはエフィ姉を助けることはできなかった。

 その後、ご主人様に連れ出され…虚ろな表情でどこまでも森の奥へ進んで行かれるのでアタイも不安になった。


 「あ、あの、どちらへ?」


 思えば、あれがアタイには感情があることを示す行動だったのだと痛感させられた。


 「その、顔を叩いて悪かった。」


 御主人様はアタイに頭を下げる。アタイは表情を変えない様努めて返事をした。


 「ご主人様の意にそぐわないアタイが悪いのです。奴隷への躾として叩かれるのは当然だと思っております。」


 だけどご主人様は首を振った。


 「躾とは暴力を振るうことじゃない。わからせることなんだ。でも俺はベラの事を我慢できずに叩いてしまった。そのことを謝ってるんだよ。」


 「それが躾なのだと…。」


 アタイの言葉にご主人様は更に首を振った。


 「それは言葉で意思疎通のできない動物に対して行うことだ。言葉の通じる人間に対して行うものじゃない。だけど俺は君を叩いた。叩かなければ気が済まないという感情が働いたからなんだ。」


 「感情…。」


 アタイの心はキュッと痛みを発した。アタイは作られた人間。感情など持ってはいけないと自分に言い聞かせているだけに、感情の話になるとアタイの心が苦しそうに泣く。


 「ベラ、これまでに主に叩かれたことはあるかい?」


 「…はい、何度か。」


 「その主は何で君を叩いたんだ?」


 「…わかりません。あたいはただ檻の中で座っているだけの奴隷でしたので何をして怒られたのか理解できませんでした。」


 「叩くことが躾と称しても、君が理解できなければ躾にはならない。君が叩かれたのは…自己の感情を満足させるためだったからだよ。それは単なる暴力なんだ。」


 アタイはご主人様の言いたいことが理解できた。


 「俺はその主たちと同じことをさっきやってしまったんだよ。」


 でも、アタイはご主人様の言ってることを理解してはいけない。理解すれば感情を押し殺していることがわかってしまう。


 「ですが、あたいはご主人様に叩かれても仕方がないと思いました。ご主人様が怒った理由も理解できましたし。」


 アタイは話を別の角度にするため、別の意見にすり替えてみる。


 「そう、君は俺の怒りという感情を理解した。だから、俺に叩かれた後ずっと悪いことをしたという反省の感情を持っていた。」


 アタイは感情を隠しきれなくなった。この方はアタイを…いえ、ウルチの事も理解して下さる方だ。でも、このご主人様に全てを話すことなどできない。一度殺した感情は殺し続けなければいけない。


 「君は感情を失ったと言っているが、ちゃんと理解しているし、持っている。」


 違うのです。


 「ですが、あたいには…」


 お願いします。これ以上アタイの心を苦しめないでください。


 「じゃあ、何故君は俺が無言で手を引っ張って歩き続けているときに、声を掛けて来たんだ?」


 アタイの心の中で何かがはじける気持ちを感じた。もう、自分では何も考えられず、湧き上がる様々な感情に支配され、ほとんど覚えていない。気づけば、神獣様が目の前におわし、アタイは恐怖で意識を失った。


 聞けば、盛大に尿を漏らしていたとか。








 ご主人様のお蔭で、ウルチは救われた。そしてアタイも救われた。アタイはウルチと体を共有し、互いに支え合う存在となった。


 だけど、アタイは作られた命。




 いつかは消えゆく存在。





 アタイがいなくならなければ、ウルチの『呪い』は消えることはない。






 …そう。



 理解している。




 理解しているけども。





 ウルチと共に生き…





「当然だ。…今更何言ってんだベラ?」


 ご主人様はアタイの黒髪をくしゃくしゃと撫で回しました。


「ベラ、貴女はウルチと同じくらい私たちにとって大切な仲間です。」


「ナカマ…じゃないけど。」


「まだおもらし卒業してないでしょ。」


「ウ、ウチ、助けられた恩を返せてないし!」


「ウルチ殿はベラ殿を必要としているのです。同じ武を極める者として、ウルチ殿ほどの…いひゃい!いひゃい!」


「口上禁止!」




 そうなんです。アタイはこの仲間を忘れたくないのです。もっともっと生きていたいのです。ウルチと同じくらい…御主人様を愛したいのです。


 涙を流すアタイの頬を撫で、ご主人様はゆっくりと抱きしめて下さった。あの時の暖かさ…忘れられない。





「ベラ、貴女は僕から作り出された人格だけど…今では立派な人間だよ。誇り高き小竜族かと聞かれると、考えちゃうけどね。…だってベラは剣術はからっきしだしね。」


 紫の髪を揺らして、ウルチはアタイに微笑みかける。アタイは無表情のまま言葉を返した。


「ウルチこそ、脳筋女と戯れもそこそこにしなさい。誇り高き小竜族は孤高であるべしと亡き父君は…」


「お(とう)はそんなことは言いません。」


「…では、母君…」


「お(かあ)もそんなこと言いません!」


 ウルチは怒った表情を見せたが、すぐに表情を変えた。考えるような素振りを見せてやがて得心したようににっこり微笑む。


「そっか、今はベラが僕のお(とう)であり、お(かあ)でもあるから…。」


 アタイは首を振った。


「アタイはご主人様に愛されてから変わったのです。…ウルチの為に生きるのではなく、ウルチと共に生きると。…だからアタイの事は『ベラ姉』と呼びなさい。」


 ウルチは腹を抱えて笑った。アタイも釣られて笑った。





 ウルチから作られたアタイが人間なのかどうかなんて、今のアタイにはどうでもいい。ウルチは必要だから“ベラ・ショウリュウ”を作り出した。ならば、死ぬまでベラを演じ続けることが、ウルチの為に生きる事だと考えてる。








 …でも。






 アタイは人間ではなかった。


 痛感した。




 アタイは覚えている。




 なのにウルチは覚えていない。

 ご主人様も覚えていない。

 サラ姉も、エフィ姉も覚えてない。


 誰も覚えていないことをアタイだけが覚えている。それがアタイが人間でないことの証。誰にも言えない。言っても信じて貰えない。アタイは胸が苦しくなった。



「ベラ。もっと俺を頼ってくれよ。ウルチの事も、自分のことも悩みがあるなら、どんどん言ってくれよ。」


「…お気遣い感謝いたします。されどアタイには悩みはございませぬ故……いえ、あればご相談をさせて頂きます。」


 アタイはベラ。


 ウルチの為に生きる、作られた人格。故に不要な感情は持っていなかった。

 けど、皆と共に生き、皆と共に笑い、皆と共に戦い、感情を手に入れた。それはご主人様のお蔭。サラ姉のお蔭、エフィ姉のお蔭。


 そして、誇り高き小竜族ウルチのお蔭。



「ベラァアア!」


 背後から怒鳴り声が聞こえ、アタイは声の主を一瞥する。


「なんで漏らすの!?用を足すときはあそこ(・・・)って何回も言ってるじゃない!?」


 エフィ姉には感謝してる。


 でも、無理なの。


 アタイには、感じることができない。だから、催している感覚がわからない。言えば貴女はどんな顔をするでしょう。


 今は我慢してください。


「エフィ姉。ごめんなさい。」


「ごめんじゃないわよ!何で妾の可愛い鞄がアンタの下着でパンパンにならないといけないのよ!…ったく、はい、着替えて。」


 アタイは濡れた下着を脱いで新しいのを履こうとしたが…。



 しゃぁあああぁぁぁぁ……。



 エフィ姉の動きが止まった。


「ゴメン、また出た…。」


 エフィ姉は拳を握りしめてプルプルさせてたけど、無言でカバンからまた新しい下着を取り出し……アタイに履かせてくれた。床をタオルで拭いて、濡れた下着をアタイからひったくる。


「…出たらすぐに妾を呼びなさい。」


 新しい下着をアタイに履かせ、文句を言いながら洗濯場へと行ってしまったエフィ姉。アタイは知っている。どれほど怒ろうともエフィ姉はアタイに手を出そうとしない。ご主人様に言われたことがある。


“躾とは暴力を振るうことじゃない。わからせることなんだ。”


 エフィ姉はそれを知ってか知らずか、実践している。それがわかるからアタイは感じることができないことにもどかしさを感じている。







「ウルチの身体のことだろ?ウルチに相談するべきだよ、ベラ。」




 相談事などないとお答えしておきがら、アタイはご主人様にどうしたら良いかお伺いした。その時返されたお言葉は心に深く浸透していきました。アタイはウルチの為に生きる決心をしておりましたが、ウルチに相談することも、ウルチの為になることに気づかされました。




 皆様があの方をお忘れになった理由はアタイにはわかりませぬ。アタイは皆に忘れられようとも、ウルチの為に生きるのみ。


 けど……だけれども……。



 ご主人様!アタイも生きた証を手に入れとうございます!



「ベラ。お前は既に俺の側で生きた証を手に入れているよ。…だけど、俺の許可なしに消えるなよ。まだまだ生きた証は立てて貰わねばならんからな。」







 ……はい、ご主人様。




ベラは作られた人格ですが、ウルチを引き立てるための重要なキャラクターです。

このため、キャラ設定に苦労しましたが、こんな感じで、人間として生きたい系キャラにしました。

本編ではなかなかそういった部分が出せていないのですが、これから頑張って出していきます。

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