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4 エフィルディスの日常

今回はエフィです。





 広い部屋。


 無駄とも思えるほど壁や天井を飾る装飾。


 豪奢な家具の累々。




 (かしず)く給仕嬢たち。





 …毎日、変わらない光景。




 つまらない。






 いつからそう感じてるのだろう?




 …私はあの日のことをまた思い出した。










 父様(ととさま)はいつもの様に政務をこなされている。

 妖精族を束ねていた大叔母様が身罷られて30数年…。

 新たな王はドワーフ族から選出され、安定した治世が続いていた。


 妾も兄上様も次兄様も幸せな日々だった。



 エルフ族には多くの部族に分かれていた。拠点とする森によって部族名が異なる。妾のいる部族はその中でも最も地位の高いエウレーンの森の一族。過去に何人ものハイ・エルフを生み出した高貴な一族。

 質素を好むエルフの中で贅沢な暮らしをしている一族。…公爵家なんだから当然よ。


 でもそんな一族を率いる父様が妖精族の王ではないことに不満を持っていた。


「アゼット殿は我々妖精族を今よりもっと豊かにしてくれる王だ。私は確信している。」


 父様の口癖は昔から。よっぽど信頼しているのでしょう。




 だけど……。




 父様は牢屋に入れられた。


 ドワーフ族の弱体化を謀った罪でアゼット王に捕えられた。

 “盗賊のナウナタレ”っていうエルフ族を扇動して獣人族を襲わせ、その罪をドワーフ族に押し付けようとしたらしい。


 父様は絶対にそんなことはしない。



 なのに…。



 それから、妾の生活は変わった。


 エルフを束ねる一族として君臨していたけど、公爵の地位を剥奪され、エウレーンの森に強制隠遁させられた。


 公爵に復帰するまでに4年もかかった。


 その間に≪3拍子のそろった姫≫という呪いに近い固有スキルを身に付けてしまった。


 その間に次兄様が命を落としてしまわれた。


 その間に妾は嫌な女に変わってしまった……。





 再び妾の家は公爵家となり、三ノ島王都に居を移しての生活となったが…。




 広い部屋。



 無駄とも思えるほど壁や天井を飾る装飾。



 豪奢な家具の累々。




 (かしず)く給仕嬢たち。




 …毎日、変わらない光景。




 相変わらず…つまらない。




 あの時の妾は極限まで捻くれていたと思う。









「エフィ!」


 名前を呼ばれて妾は振り向く。そこにはお菓子の袋を大事そうに抱えて笑う大切なご主人様がいた。でも、妾はそのお顔は見ずにお菓子の袋を注視する。


「ナヴィス殿からお菓子を貰ったぞ!みんなで食べよう!」


 言い終わる前に妾は袋をひったくり、その中に手を突っ込んだ。


 ご主人様の二本の指が妾の小さな鼻の穴に突き刺さる。


「ふげっ!」


「袋から手を抜け!」


 妾は口惜しそうに袋から手を出した。ご主人様から見えないようにお菓子を持って。


「エフィ、そのまま手を広げなさい。」


「…ぐっ!」


 やっぱりばれてた。

 やむなく手を広げるとぽとりと大切なお菓子が袋の中に落ちる。その瞬間に妾の鼻にささった指が更に奥へと食い込んだ。


「ひ、広がる!」


「もうしないか?」


「ひ、ひません!」





 …これが今の妾の日常。



 狭い部屋。


 何の装飾もない天井と壁。



 家具はベッドと引出ししかない。




 妾と同じ奴隷(・・)が5人。




 毎日が辛くて、お腹もすいて、巨乳狼がいて、むさくるしい戦バカ女がいて…何よりも大切なご主人様がいて……すごく充実してる。





 初めて男と風呂に入った。相手はもちろんご主人様。…でも、妾はどうしていいのかわからない。

 ご主人様は「ご褒美だ」と言って妾と一緒にはいったけど、妾は嫌がる。

 嫌がることしかできない。

 全裸にされて風呂に入る。チラッとご主人様を見た。


 ご主人様は妾が持ってないモノをぶら下げていた。


 初めて見た。


 これがなんなのかは知っている。


 これが立派なのかどうかわからない。


 これをどうしたらいいのか知っている。



 でも、できるわけがない。



「な、何じゃこのブラブラしたモノは------!!!!!!」



 これが精いっぱい。



 でも忘れぬ事の出来ぬ思い出。





 ご主人様がテーブルに紙を並べて考え込んでいた。顎に手をあて時折首を傾げてうんうん唸っている。

 妾はご主人様の背中を駆け上り、ご主人様の肩の上に座った。


「…エフィ、何してる?」


「ん?椅子に座っただけじゃ。」


 次の瞬間妾はソファに放り出された。そしてアンナが妾に馬乗りになり首筋にナイフを突きつけた。


「姉様…御館様に無礼極まる所業。万死に値します。」


 その目は本気。慌てたご主人様がアンナを妾から引き剥がす。


「待てアンナ!こいつにそこまでしなくてもいい!エフィ!俺のここは椅子じゃねぇ!何度言ったらわかるんだ!」


 下手したらホントに殺されるかもしれないギリギリの駆け引き。


 でもアンナもわかってくれている。これが妾なりのご主人様への愛情表現であることを。



 …たぶん。






 目の前には苔がびっしりと生えた石像。手入れはされておらず、周辺は雑草が多い茂ってここに墓があるとは思えない光景。


 ここはエルフが最初に住んだ森。


 目の前の石像はその初代族長フリーシアの墓。


「…なんかきったないわね。」


「当然です。今のエルフ一族は全部族この森から離れ、別の森を本拠とされています。部族間でここは不可侵とされているので誰も手入れをしていません。過去にここを本拠としようとした部族がいましたけども、他のエルフ部族により成敗され、盗賊にその身を落としています。そもそもフリーシア様の直系の子孫はもういないそうです。このため、傍系として一番血の濃いエウレーン族が代々エルフ族の代表として、妖精族をけん引されておりますが、10年前の事件で…」


 ふぅ…。サラ姉の語り部が始まった。


 既にご主人様はその場を離れ、狼女はそれについて行き、ベラは我関せず、戦バカ女は武器の手入れしてるし、カミラはわかりもしないのにウンウン肯いてる。

 妾は舌打ちしながらも黙って話を聞いた。

 だがカミラは空気を読まない。


「エフィ姉もその初代の血を引いてるの?すごいね~。」


 褒められて嬉しくないわけはない。妾は少し胸を逸らした。


「そんなエルフまで奴隷にする主はすごいね~。」


 ……。


 妾はサラ姉と目を合わせた。流石のサラ姉もコイツのご主人様スキスキ攻撃がこんなところで出てくるとは思わなかったようで、語り部を止めてしまった。


「サ、サラ姉、続き聞かせてよ。」


 妾は墓穴を掘ったかも知れない。せっかく止まってた語り部サラを再起動させ、何でもご主人様に結び付けて感心するカミラに相槌を打つ。

 それでもサラ姉の話を聞きたかった。


 だって、妾はご先祖様のこと…何も知らないのだし。


 それに語り部サラの活き活きとした表情も…可愛い。







 ご主人様が用事で出かけようとしていた。あざとくそれを見つけ狼女がついて行こうとしている。


「ちょっと!今日の掃除はアンタの当番じゃない!」


 妾の言葉に狼女は舌打ちした。不機嫌な表情で箒を持って部屋の掃除をし始める。

 妾は狼女が掃いた傍からお菓子を食べ散らかしてやった。狼女は床に散らばったお菓子の食べかすを見て、妾を見る。


「…何の真似?」


「…別に?」


「…。」


 狼女の目が赤色に変わる。これは呪いが発動した証拠。だけど妾は恐れない。逆にニッて笑顔を向けてやった。


「…小娘。死ぬ覚悟はできているか。」


「巨乳女に殺されてはエルフ族の恥。」


「“はぐれエルフ”の分際で一族を語ろうとは言語道断。ご主人の前から消え失せろ、くそエルフ!」


 狼女は妾の肩を押す。


「ちょ、ちょっと!妾に触れないでくれないかしら!獣臭くなるじゃない!」


 妾と狼女の舌戦は限度を超えていたと思う。…でも一度言い始めたら止まらなかった。


 そしてご主人様の鉄拳が飛んでくる。


 狼女は腹を殴られ壁際まで吹っ飛んでった。妾は横から蹴られて左腕がぐしゃりと悲鳴を上げた。


 惨たらしい状況。だけど…。


「二人とも。互いの種族に対する悪口雑言は一切禁止と言ったはずだ!」


 ご主人様の怒りはすさまじい。妾たちは何度もこれを破ってしまっているため、その制裁はドンドンひどくなり、そして今回は血を吐くほどの怪我…。


 妾は痛む左半身を堪えて狼女のもとに駆け寄った。

 口から血を吐き、下半身がぴくぴく痙攣している。でもご主人様は妾達に見向きもせずに出て行こうとしていた。


「お、お待ちくださいエルバード様。」


 妾は左半身を庇いながら膝をついてご主人様に礼をする。ご主人様はその声にピタッと止まり妾を見た。痛みで意識を失いそうだ。


「なんだ?」


 怒りに震える手。噛みしめた唇。…また妾はご主人様を怒らせてしまった。

 妾は痛みを堪えて頭を床に付けた。


「フォン姉に…≪傷治療≫を…お願いします。」


「ダメだ。」


 即答。でもあきらめない。


「お願いします。その分……妾が!痛みを耐えます!」


 ご主人様は妾の横をすり抜け、狼女に近づきその体に触れた。顔を顰める狼女。妾はそれでも土下座したまま。自分の痛みを堪えてひたすら彼女の治療を待った。


 意識を取り戻した狼女が顔色を変えて膝を折り頭を下げる。けどご主人様狼女の頭をなでて、妾のほうに彼女の頭を向けた。


「頭を下げるべきは俺じゃない。こっちだ。」


 狼女は、一瞬躊躇う素振りを見せたがすぐさま頭を下げた。…ふん。妾はそれどころじゃないの。今すっごく痛いんだから。

 けどご主人様は妾には声もかけずに出て行った。…そっか。我慢するって言ったっけ。ご主人様が出て行った後、妾は大の字になる。…痛てて。左腕は全然動かない。見たら赤黒く変色してるし。…見なきゃよかった。余計に痛い。


 そんな腕に狼女が触れてきた。


 優しく撫でるように。労わるように。


 でもその顔は鬼の形相。…目が赤くなったり青くなったりしてることから、必死に『呪い』と戦いながら妾に触れているのだろう。


 妾は何も言えない……。



 むかつく狼女なのに…嫌いにはなれない……。







「エフィ姉。替えの下着がありません。」


 表情の乏しい目が妾を見る。


「アンタがあちこちで漏らしまくるからでしょ!こっちはその後始末を全部やってるのよ!アンタの下着の面倒までは見きれんわ!」


 怒り心頭で妾は喚き散らす。それでも彼女の能面は変わらず、


「申し訳ありません。」


 と謝るだけ。


 ウルチが出られるようになってからずいぶんと回数は減ったけど、それでも一日に何枚も下着を交換…。いい加減、厠を覚えて欲しいわ。

 そもそも何で妾が能面女の下着担当なのよ。ああいうのは、ウルチに入れ替わって自分で処理すりゃいいのに。……そういや、前にそれをやらせて大惨事になったっけ?

 ベラが洩らしながらウルチと交代して、出始めたモノを止めることもできずに「見ないでー!!」て。その後暫く奴隷部屋に引きこもってしまって、何故か妾がご主人様に怒られたっけ?


 …まったく。


 ぶつぶつ言いながらも、ご主人様の所へ行き、右手の平を出す。


「ん?」


「ん?じゃないわよ。ベラの替えの下着よ。エルに渡したじゃない?」


「え?あれ、ベラの下着だったのか!?」


「なんだと思ったのよ。」


「タオルだと思って…。アンナが汗掻いてたからさっき渡しちゃった。」


 妾は戦バカ女を睨む。何故か普段と違ってもじもじしていた。


「アンナ。さっき渡したタオルは?」


「え、あの…その……。」


 顔を真っ赤にしてしどろもどろの返事…。妾は戦バカ女の下半身に目をやった。

 妾は≪ドレス脱がし≫の秘術で彼女のズボンをずらした。


「きゃあああああああ!」


 普段は絶対に出さない声とともに戦バカ女の下半身が露わになる。


 あった。竜印のベラ専用下着。


 もうこれ最後の一枚なのに。なに色気づいて履いてんのよ。


 妾は大事なベラ下着を取り返そうと下着に手を掛けた。



 …殺気!



 瞬時にご主人様の背中に隠れる。


「貴様!卑怯だぞ!御館様の後ろに隠れるとは!」


「待てアンナ!エフィは悪くないだろ!」


「いいえ。私の恥ずかしい姿を晒す行為を行いました。故に成敗致します!」


「待てって!大体なんでアンナはその下着を履いてんだ!?」


 戦バカ女の動きが止まる。


「何故って…御館様が…。」


 もじもじしだした。これは好機かも。


「主の命令で履いたんでしょ。…じゃあエルが悪い。エル、ベラの下着返して。」


「え!?」


「早く!ベラを待たせてんだから。」


 さすがのご主人様も顔を赤らめる。止めだ。


「エルがアンナの下着脱がして渡してくれたらすぐ済むじゃない?」


「えええええええ!」


 案の定、戦バカ女は顔を真っ赤にして棒立ちになった。ご主人様は目を白黒させている。



 そこへ…。



 ベラが下半身丸出しで現れ、アンナの腕を掴みそのままずるずると引っ張って奴隷部屋へと連れて行った。


「わ!バカ!止めろ!」


 戦バカ女の声とドタバタする音が聞こえ、ベルが下着姿で部屋から出てきた。そして妾の前でピタッと止まった。


「アタイもそれなりに恥ずかしい。替えがあるなら早く言ってください。」


「…はい。」


 思わず普通の返事。エルは鼻を膨らませて下着姿のベラに見とれてる始末。

 そして。


「こら!ベラ姉!私はどうしたらいいのよ!」


 扉から顔だけ出して怒鳴る戦バカ女。口調が昔に戻ってる。






 楽しい。





 普段はこんな風に自己主張も激しく、性格も違うので頻繁に衝突する。ときには本気で睨みあう喧嘩にもなる。

 エルが言うには、


「エフィがもう少しおとなしくなったら喧嘩も半分くらいになると思うぞ。」


 ふん、そんなの面白くない。本音を言って本気でぶつかって、だからこそ相手を信用できる。


 あの時のご主人様は凄かった。


 兄上に殺されそうになったとき、颯爽と現れ妾の前で兄上と対峙する。


「公爵!俺の話を聞いて頂けますか!」




 「ダメだ!このことは既に軍監を通じて報告されている!事態を収めるにはエフィの首を持ってお詫びするしかない!」


 「方法はまだあります!」


 「ないわ!!」


 「あるんです!!聞いてください!」


 ご主人様は怖くて震えている妾の顔に触れやさしく撫でてくれた。(あの時はそう思ったの!)



 そして、兄上と対等に交渉して……妾を奴隷にした。




 奴隷。




 いざなって見ると案外面白い。


 それはご主人様のお蔭かも知れないけれど。


 …いえ、ご主人様の奴隷だから面白いのです。

 事実、ご主人様の下に来てから魔力もスキルも伸びた。

 貴族の令嬢としての振舞い方もちゃんと覚えた。


 何よりも、恋をすることができた。


 父様(ととさま)に会ったらちゃんと言いたい。



 “妾を必要としている人がいます。今その人の為に生きています”






「おいエフィ!ここに置いてあった干し肉知らないか!?」


 食べたわよ。美味しかったわ。



「おいエフィ!来客用に用意してた菓子がどうして減ってんだ!?」


 あああれね。客に出すのはもったいない位美味しかったわ。まだポケットに残ってるけどあげないわよ。



「おいエフィ!ここに干してたシャツどこいった?」


 げ!!もうばれた!あれ、破いちゃったよね…。知らんぷりしとこ。


「エフィ姉。替えの下着を頂けますでしょうか。」


 うるさいわね!今、妾とご主人様との回顧録なのよ!なんでアンタが出てくんの!?

 …はい、これで最後よ。


「おいエフィ。フォンが何やら怒っていたぞ。また何かしでかしたのか?」


 フン…あの巨乳女が悪いのよ。大きさと重さを量ってあげるって触ろうとしただけじゃない。何が“これはご主人専用!”なのよ!


「エフィ。フォンを煽るのは構わないが、煽り過ぎるなよ。…でもお前のお蔭でずいぶんと呪いが発動しなくなったんじゃないか?」


 え?えぇ!?ち、ちがうわよ!


 そんなことの為に妾はあの巨乳女を弄ってんじゃないわよ!そうよ!自分が楽しいからやってんに決まってんじゃない!





“あなたを…妹を抱きしめる”





 フォン姉が出来もしないことを宣言した。妾はその為に苦しんでるフォン姉を見たいだけ。


 それが妾の日常。




 だけど……。




 いつの日か、フォン姉に抱きしめてもらえれば…妾の日常はまた変わるかもしれない。



 待ってなさいよエル!そうすれば妾に絶対べた惚れだわ!


なかなか外伝もかけず、申し訳ありません。

まだまだ、書きたいキャラがあるのですが…。

がんばって続けます!

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