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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

マリアーナお嬢様は【次の】を夢見た

作者: くろい





 何もかもが燃えていく。

 王都でも1,2を争う大きな屋敷が、猛烈な炎に包まれていた。

 綺麗に燃え上がる炎の前で、立ち尽くす人たち。

 その全員が、この家で使用人として働いていた者たちだった。


「どうして・・・・・・」


 誰かが呟いた声を遠くに感じながら、目の前で燃える炎をただ見つめることしかできない。

 遠くから衛兵がやってくるのすら、人事のようで。

 ただ、立ち尽くしていた。


『さようなら・・・・・・』


 そう呟くように囁いた、あの忌まわしき声の持ち主がこの中にいるというのに、動けない。

 使用人たちは、誰一人身動きができない。

 出来ないように、その胸に輝く刻印が全身を縛り付けていたからだ。


 ばきばきという大きな音と共に崩れいくその屋敷に向かって、間違いなくここにいる全ての者たちが叫んでいる。

 心の中で、燃えないでと。消えていなくならないでと。

 しかし現実は残酷で・・・・・・


「やめて・・・・・・燃えないで。助けてくださ・・・・・・」


 一人のメイドが悲痛な声を上げた。

 それを皮切りに・・・・・・


「お嬢様っ!!」

「誰か、火を消して。お嬢様がっ!!!!」


 何がきっかけで叫べたのかは、そこにいた全員がわかっていた。わかっているのに叫ばずにはいられなかった。

 今まで言えなかった、自分の言葉を言えるようになった理由。


 それは・・・・・・ 



 その日、悪名高きグクローズ侯爵家の家族全員が焼け死んだ。




 

   *************************





 目がうつろな男がいた。

 蒼い瞳に銀髪の優男だ。この辺りでは珍しくない色素だが、そこに漂う気配が恐ろしいほど薄い。

 王都のはずれにある、小さな酒場でその男はひとり酒を飲む。

 失われたものを取り戻せないもどかしさに打ち引かれて、ただそこで酒を飲む。


「ゴードン様・・・・・・」


 そんな男の側に、一人の貴婦人。

 スラムに近いこの酒場には似合わない上級社会にいるような女性だ。


「・・・・・・・・・あんたか」


「お探ししました」


 女性はゴードンと呼んだ男に深々と頭を下げると、酒場の隣の席に座る。


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・何のようだ」


 既に使える主人もいない、目的も見失った男には探される理由などなかった。


「遺品が出てまいりました」


「そんな、もの・・・・・・・・・っ」


 その忌々しい記憶のせいで、ゴードンは酒に溺れることができずにいた。

 忘れさせて欲しいと願っているのに、忘れられないものを手にするとでも思っているのだろうか。


「私しか、貴方の本当の顔を知りませんでしたので、少々時間がかかってしまいましたが、これはお嬢様の意思ですわ」


 彼らの主人であった一人の少女の面影が脳裏に蘇る。

 女が思い描くのは、最後に本当の意味で微笑まれたその笑顔。

 そしてゴードンが思い浮かぶのは・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・っ」


「ゴードン様?」


「何でだ。何でそんなものを、残すんだ?」


 全てなかったことにしてしまえばよかったのに、あの炎で全て燃えてしまえばよかったのに。

 遺品など・・・・・・


「いらぬ」


「貴方宛の遺品です。お持ちになってください」


 女は小さな箱を取り出すと、ゴードンの前に置く。

 箱の上には、小さく『ゴードンへ』と見覚えのある美しい文字が書かれていた。


「お嬢様の使用人全員にこのように遺品が残されていました。お嬢様らしいというか、なんというか・・・・・・」


 全て計算ずくであった。そう言いたいのだろう。

 残されたものの感情すら、計算済みだったのかもしれない。


「・・・・・・俺にはいらぬ」


「いいえ、お持ちください。これは、貴方がもつべきものです」


 そういい残して、女はその場を立ち上がる。

 そして淑女たる足取りでその場を後にする。

 遠くから馬車の音が聞こえたが、男はその箱を睨み付けたままだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうしろと」


 この場に、あのお嬢様の遺品を残すわけにもいかず、ゴードンは手を伸ばす。

 小さな箱にしてずっしりとする重に、残された遺品というものに興味を覚える。

 どうせ、この後燃やしてしまうつもりなのだ。中身が何なのか確かめるだけ確かめて見るのもいいのかもしれない。

 あの小生意気なお嬢様が計算づくで、ゴードンに残したものならば、と。

 箱を開けば、1冊の本。


「これは・・・・・・?」


 見覚えのある本に、ゴードンは首を傾げる。

 これは、あのお嬢様の日記だ。

 誰にも見せるつもりがないと言っていた、お嬢様曰く、



『わたくしの黒歴史だわ』



 軽やかに笑って、日記をつけていたのをゴードンは覚えていた。




 

   *************************



 酒場は宿屋としても兼務している。

 ゴードンはあの日から、ここを借りて何もすることもなく酒を飲んでいた。

 あの炎を忘れるために酒を飲んでも、忘れられないものがゴードンの胸を蝕んでいた。

 それなのに、女・・・・・・かつての主人のメイド長として同じ職場にいた者に渡されたこの一冊の本を見た瞬間、押さえ切れない感情はどういうものなのかはわからない。

 ただ、これを静かな場所で読みたかった。

 ゴードンは借りている部屋に戻ると、1ページ目を開いた。


『これを読んでいる貴方へ。ここに書かれているものは、マリアーナという愚かな娘の告白です』


 告白という2文字に、誰かに読ませるために残した日記だというのがわかる。

 それなら何故自分を選んだのか、ゴードンにはわからない。

 ただ、静かに先を読むのだ。


『○月○日。今日は運命の日でした。


 忘れていた記憶を全て取り戻した記念日。だから今日から書くわ。これを読む貴方の為に。』



   *************************




 もうすぐ10歳の誕生日を迎えるので、お父様が新しい従者というものを用意してくださる約束をしてくれました。

 従者は、わたくしの為に生涯を捧げる者という意味らしいです。

 そしてお屋敷の大広間に集められたたくさんの男の人たちから選べというのです。

 この中から、自分の側で守ってくれる人を探すということなので、短い間ですがお世話になりたい方を見つけようと思っていました。


 そして運命の日が来たのです。


 広間に集められた男の人たち。その中で一際醜い姿の方がいらっしゃいました。

 一度見たら忘れられない、恐ろしい顔。

 まるで【やくざ】のよう・・・・・・


 【やくざ】という単語で、わたくし何か思い出しそうになりました。

 何だろう。ずっと考えていると、お父様が悪い顔をしてどれでもいいから選びなさい。どうせ使い捨てにしてもいいぐらいだからなとやさしくおっしゃります。


「さぁどれにする?」


 お父様が選べと言うので、考えます。

 どなたにするべきか、あちらの方はかなりの【イケメン】です。爽やか系でしょうか。あちらの方は【渋い】ですわ。あらあら、可愛らしい方もいらっしゃいますのね。私と同じか少し上でしょうか。将来はこれまた【イケメン】候補でしょうが、今は【天使】


のようですわ・・・・・・

 次々と浮かぶ単語に、何か引っかかるものを覚えました。

 何に引っかかるのか、この時のわたくしにはわかりませんでした。


「誰でもいいの・・・・・・?」


「もちろんだ。私の可愛いお姫様の為に選んだのだよ?」


 顔だけで選んだわけではないですわね。だって醜い男もいるのですから、つまり全員何かしらの実力をお持ちだっていうことでしょう。


「それなら・・・・・・・・・」


 じーっと周囲を見渡します。

 直感で選んでいいとお父様は言います。

 そうですわね、誰を選んでも【使い捨て】しても構わないなら・・・・・・


 周囲を三回見渡して、そのすべてで目が合った人物を見つめます。

 これがいいですわ。

 

「お父様あれがいいですわ」


 わたくしが指差す先には、先ほどの【やくざ】のような男がいました。


「あれでいいのかい?」


「ええ、あれがいいですわ。だって・・・・・・・・・」


 直感が言っています。あれでなくてはいけませんと。


「番犬みたいでよろしくなくて?」


 そして指名した男がわたくしの前にやってきます。

 本当に醜い顔。睨んだらすくみ上がる位の恐ろしい顔。わたくしの後ろにいたらさぞかし、周りを蹴散らしてくれそうな素敵な顔でありました。


「名をなんていいますの?」


「ゴードンと申します。」


 この名を聞いた瞬間、わたくしの頭の中はいろんなものが駆け抜けました。醜いその顔とその名がわたくしの恐ろしい記憶をすべて呼び戻した。そう言っても過言ではありません。


「ゴードン、わたくしに仕えなさい」


 脳内はパニック寸前でしたが、わたくしはそれだけを伝えると、お父様に告げます。


「決まりましたわ」


「君が決めたならばそれでいいよ。顔色がちょっと悪いね?大丈夫かい?」


「ええ、少し疲れてしまいましたわ。部屋に戻る前に・・・・・・」


「ゴードン、こちらに来なさい」


「はい」


「やり方はわかるかい?私のお姫様?」


 お父様の言いたい事はわかります。ええ、わたくしの魔法をこれにかければいいのでしょう?


「もちろんですわ。人にするのは初めてですけど」


 そう言いながら、わたくしは右手の人差し指に力を込めます。

 わたくし専用の魔法。その名も刻印魔法。

 この魔法をかけられた者は、わたくしに絶対服従になります。主人の命令を裏切ることのない護衛を作るための魔法。

 なので、安心して身を守れるという素敵魔法。

 誰でも使えるわけではありません。

 このグクローズ家に生まれると、時折この魔法を使える者が生まれる程度です。

 現在使えるのはわたくしと、お父様のふたりだけ。


「ゴードン、わたくしを主人として認めなさい」


 単純な命令、それと同時に右手の人差し指を、跪いたゴードンの心臓の位置に押し当てます。

 服など関係なく、わたくしの指先が触れた場所から魔方陣が展開します。

 そして・・・・・・・・・


「何を・・・・・・?」


 きっと、心臓の位置に可憐な花が咲いたでしょう。ゴードンの顔から生気がなくなります。

 わたくしの魔法は綺麗な花を咲かせます。

 その花を持つ限り、わたくしの意思から逆らうことは許されません。

 周囲に居た男たちも何が起きたのかはわからなかったのでしょう。

 私たちのやり取りを見ています。

 グロローズ家特有の魔法ですので、誰一人判るものなどいません。かけられた本人すら。 


「では、お父様そろそろ失礼しますわ」


「ああ、疲れただろう。ゆっくり休みなさい」


 わたくしはレディらしくお父様にお辞儀をすると、ゴードンを連れて歩き出します。

 ゴードンは、やはり生気のない顔をしたまま黙ってわたくしに付いてきます。

 これでいいのです。彼の意思はしばらく必要はないのですから。



   *************************



 ああ、モノ扱いだなと、ゴードンは思う。

 この時の記憶は知らなかったとはいえ、背筋が凍る思いがした。

 なのに、意思も全てお嬢様の意のままになっていた。

 左胸に手を置くが、そこにはもう既に何もない。お嬢様だけが使えた魔法は、解けてしまっている。

 だが、腑に落ちない点がある。

 何故ゴードンの名と顔で何を思い出したというのか。

 繋がりのなくなった左胸が、痛いほど高鳴る。

 いつの間にか緊張していた喉がごくんと鳴るのを感じながら、ページを捲る。




   *************************




 思い出したわ。

 すべてを。

 わたくしの記憶がとても素敵なことを教えてくれている。

 今までわたくしは、お父様のことを素敵な人と思っていたわ。

 お母様と大恋愛の上に結婚して、なんて素敵な両親だと思っていたわ。

 だけど・・・・・・・・・


 この国が真っ赤に燃えるなんてないわ。


「死亡フラグしかないなんて・・・・・・」


 思わず呟いた言葉に、自分でも悲しくなる。

 どう回避しても死亡フラグしかないのだから。

 そうわたくしの名前はマリアーナ・グクローズ。

 名門グクローズ侯爵家の娘。

 記憶にあるその名前も一緒だ。

 つまり、全ての鍵はわたくしにあった。


 先ほどゴードンを見て思い出した全て。

 わたくしの前世の記憶。

 それはここよりも何倍もの科学の進んだ、日本という国。

 ここでいう魔法などなく、剣で戦うなんて何世紀前みたいな状態の世界。

 そこで私はひとりの女として生きていた。

 どう生きていたのかはどうも曖昧だったけど、大好きだったものだけは覚えている。

 それは本だ。とにかく様々な本が世界に溢れていて、貪るように読み漁った前世の人生。

 その中でもお気に入りだったシリーズがある。


【IF・・・目覚める世界で】


 その少女は何度目覚めても同じ世界を繰り返した。

 そんな感じの話。

 何度も同じ学校に入学し、同じ仲間と出会い、そして同じ敵と戦うそんな冒険モノと恋愛ものを混ぜたような話だ。

 そのもし、出会ってなければ、もしこんな会話をしていれば、もし、出会い方が違っていれば。

 まるでゲームのような感覚で、のめり込んだ。

 確か数巻に及ぶストーリで、主人公はひとりの少女。

 田舎街から、王都にある学園へやってくる。

 そこで彼らとの出会いを繰り返し、何度も似たような経験をして積み重ねていく。

 最初は王子との幸せな結婚だったり、次は幼馴染との再会だったり、そうと思えば冒険者となって旅立つなんてのもあった。

 それぞれ同じ世界で彼らが出会い、旅立っていく。何度ももしを繰り返しながら。


 そして、それらに出てくる主人公の敵がいる。

 もちろんその名前はマリアーナ・グクローズ。つまり私だ。


 最初は身分違いの娘が王子の周りをうろつくのがうっとうしくて、露骨ないじめをするキャラとして。

 そして嫌がらせ続けた結果、幽閉処分。その後自殺。

 次は、主人公の生い立ちにグクローズ家の陰謀が見え隠れする。幼馴染と謎を解こうと躍起になるが、何故か国家を揺るがす大事件へと繋がりグロローズ侯爵家の謀反が発覚、家族全員処刑。

 その次は、そうだったわ。マリアーナは何もしない影の薄い女で、時折主人公と出会うぐらい。

 この時は友情もありかも・・・?なんて思った矢先に、病死。その後、何を思ったかお父様が、反乱を起こしてこの国が内戦に突入する。

 その中を仲間と共に生き抜いた主人公はもっと世界を広げようと旅立つ。


 最初はどこの乙女ゲームだよってツッコミはしたのに、同じ世界で同じ顔で、でももしそうだったらを繰り返すうちに知らなかった主人公とその周りたちの設定に心揺さぶられた話だったりする。

 こういう角度で見るだれだれは素敵よねなんて、仲間内で話すのが大好きだった。

 

 そしてこの話に唯一共通点がある人物がいる。

 それが、マリアーナ・グクローズの死だ。彼女が死ぬことにより物語が深くなると言われるほど、死亡フラグ前提のキャラだったりする。

 むしろ作者がマリアーナ・グクローズを殺すために、わざと世界を少しずつ変えているとも思える内容がてんこ盛り。

 自殺とか病死はとにかく、公開死刑とか牢獄死とか暗殺死に、集団中毒死なんてのもあったような・・・・・奴隷にまで落ちて野獣の群れに突き落とされるなんてのもあったな、あれ?これは同人の方か。

 とにかく考え付く限りの酷い死に方を考えてくれた。


 そして現在、自分の状況を考えるとどのエンドに近づいているのか何となくわかってしまうのだから頂けない。

 先ほど上げた3番目の可能性が高いのだ。

 つまり、わたくしは身体が弱い。長生きは出来ないかもしれないと生まれたときにお医者様に言われたらしい。

 そんなわたくしのためにお父様があれこれ薬草だのなんだのと、手広く国内に情報網を築き上げ、弱ったわたくしを長く生きながらえさせようと必死になってくださる。

 お母様に2人目の子供をと考えればよかったのだけど、私を生んだその後に、お母様は2度と子供が生めないと診断されたそうな。

 詳しくはわからない、だからこそお父様はわたくしをとても大事にしてくださる。


 そんなお父様だから、高名な薬師を手中にしようととある子爵家を乗っ取り潰す事になった。

 それが主人公のシェルラの生家。

 そしてゴードンの実家でもある。

 彼らはいとこという間柄。彼らの父親が兄弟という設定だったはず。

 幼いシェルラは、遠縁の男爵家に引き取られ、また少年であったゴードンもまた遠縁の貴族の家で家人としての教育を受けることになった。

 だからこそ、ゴードンは従者の資格を持っていたし、我が家に来ることもできた。

 その顔を隠して。

 彼の醜い顔は、仮面だ。

 何でも彼らの一族はそうやって、変装するのもお得意な一族らしい。

 日本風に言えば、特殊メイクってものに近い、とにかく醜い男に扮しているという設定だったはずだ。

 あの仮面を外すとすっごいイケメンなので、かなりのファンを魅了したりした。 


 ちなみにその薬師こそ、シェルラの母親だったりするから困ったもの。

 お父様は私の専属薬師として、シェルラの母親に刻印魔法で従わせ、常にわたくしの健康管理をさせている。

 むろん、彼女の意思はない。

 連れ攫うためだけにひとつの家を潰してしまう恐ろしいお父様。


 だから、ゴードンがわたくしを恨むのは仕方ないことなのよ。



 


   *************************



「なんだこれは・・・・・・」


 独白のような日記を見ながらゴードンは呟く。

 知っていたとは知らなかった。

 そして知ってなお自分を側に置いたというのか。

 混乱する頭で、更に続きをと、ページを捲る。 

 



   *************************



 思い出した記憶は細かいところは曖昧なことが多いです。だけど、確実にわたくしの死を前提に物語りは進むでしょう。

 そして、このままわたくしの身体が弱ると内戦・・・・・・

 この世界が血に染まるかもしれません。

 確かお父様が内戦を企てた理由が、わたくしの敵討ちというもの。

 わたくしの身体を蝕んでいる病魔の原因が、王族にあるから仕方が在りません。

 お父様は王族ではないので知らなかったのも無理はないのです。


 代々この国の王族は高い魔力を持って生まれてくるのです。

 わたくしも父の血のお陰で刻印魔法が使えますが、根本の魔力は王家の血筋なのです。

 そして魔力が強いものは、身体を魔力に蝕まれます。

 そして、王家はわたくしに魔法の力があるかどうかを判断できませんでした。

 実際使える魔法は刻印魔法のみ。この魔法は、精霊魔法と違ってわかりやすい魔法ではないのです。

 指先に力を込めて、使役する魔法。

 先日ゴードンに与えた魔法は、お父様なら数人が限度ですが、わたくしの魔力ならば100人ぐらいは平気なはずなのです。


 そして我がグクローズ家の魔法は、秘匿されて来ました。

 何故なら人が人を簡単に操れる魔法なんて、公に出来るわけがありません。

 まして、嫁いだとはいえお母様に教えることなんてできませんでした。

 だって、お母様の胸にもお父様の花があるのですから。

 お父様はかなりの野心家です。かなりの悪どいことを平気でやります。

 だからこそ、お母様の心を自分に縛り付けることなど容易かったのでしょう。

 

 そして、隠匿したばかりに、私への魔力の耐性ができなかった。

 魔力のない娘と認識されたわたくしは、王家から秘薬である薬を飲むことが叶わなかった。

 普通の子供は5歳ぐらいまでにその才覚を表すのです。

 もしそのぐらいで魔法の力がそうであると判断されたら・・・・・・

 王家はその薬を与えてくれたかもしれません。魔力耐久を強化するためのお薬を。

 しかし叶わなかった。


 気づいたときには遅かったのです。

 その薬の効果は、5歳ぐらいまで。それ以上大きくなったら効き目が半減するのです。

 魔力がないものが飲めば、寿命が縮む。

 魔力があるものが飲めば、寿命が延びる。

 と、言われている秘薬の存在をお父様が知ったのは、既にわたくしが7歳の頃でした。

 そこまで成長すると、わたくしはもう薬の効果は望めません。

 日に日に弱っていく娘の為にお父様は慌てたのでしょう。

 だからこそ、薬師様を攫うとう結論が出たのです。


 わたくしは毎日薬師様が作ってくださるお薬を飲んでいます。

 薬師様が作るこのお薬は、ちょっとだけ私に耐性を作ってくれます。

 苦いので嫌いですが、これを飲まないとわたくしは死んでしまいます。

 わたくしが死ぬことはお父様が反乱を起こして内戦突入コースです。

 決してこのまま死ぬわけには参りません。


 どうしたら回避できるのでしょうか。

 この場合、わたくしの命をとにかく永らえること。

 そして、お父様の暴走を止めること。

 出来るなら皆が幸せになって欲しい。





   *************************



「伯母上があそこに・・・・・・?」


 薬師とは確かに面識がある。何度もお嬢様に薬を持ってきたのだ知らないわけがない。

 それに男性だったはず。男性だった・・・・・・?

 そこで疑問を浮かべる。そういえば、薬師は必ず目元を隠した仮面をつけてお嬢様の元に来た。

 素顔を未婚の女性の前に晒すのはとかごまかしてはいたが、他にそんなことを考えて仮面を付けるものなど存在しなかった。

 考えれば考えるだけ、その者が整った容姿が、学園で一緒に見かけたシェルラと口元が似ている気がしてくる。どうして気づかなかったのか。

 やはりお嬢様の魔法の力で判りにくくされていたとしか考えられない。

 だが納得がいかない。お嬢様の解釈にだ。

 お嬢様の魔法はたぶん、旦那様よりも本当に強い。

 自分たちの心の隅まで監視できるぐらいに。

 だが旦那様の魔法は、心を軽く奪うだけだ。

 確かに奥様の心を縛り付けたには違いないが、きっかけに過ぎなかったと思えるぐらいあの夫婦は仲睦まじかった。


 そもそも旦那様ほど魅力的な方は居なかった。

 あの方は、娘の為にありとあらゆる手段を使ってまで生き長らえさせる方法を探した。

 犠牲者である薬師さえ、半分以上は自分の意思でお嬢様に薬を作っていたのではないだろうか。

 使えるものは攫ってでも召抱え、自分が最初に望んだ野心すら、娘には敵わない。

 そう考える方が納得がいく。それほどにまで、彼はお嬢様を愛していた。


 だからこそ、グクローズ侯爵は、娘の為に王位を望んだ。

 それは、娘が生む子供たちのためだ。

 長らく生き延びさせ、せめてひとりでも子をと旦那様が望んでいることを知っていた。

 だが、お嬢様の身体は病に冒され、とても子を産む身体ではなかったのだが、もし生めたらその子たちの為にも王位が必要だと考えたからだ。

 何故なら王家は子供を選別するのだ。魔力という毒で侵されて死んでいく子供たちを。

 利用価値のある子供には、薬が施される。しかし、利用価値を見出せない子・・・・・・つまり、奥様の子供には死する運命が待っていた。

 それは奥様の母親の身分が、側室の中の一人の更に使用人という身分だったからなのか。

 それとも、同時期に生まれた子供たちが多かったために、排除されたのかどちらかはわからない。

 ただひとつ判ってる事実は、他家に嫁ぐ姫君たちは魔力を持たない夫を選ぶということだ。


 魔力を持たぬ者と添い遂げれば、それほど強い魔力の持ち主が生まれないとでも言うように。

 王家のみ所有していたい巨大な魔力を保持するために、他家に嫁いだ子孫たちの血筋を薄めていくとうのが狙いなのかもしれない。

 ただそれを知るのは王家のみ。

 旦那様が知るわけもない。自分が隠蔽していた魔力のせいで、最愛の娘が巨大な魔力を身に持って生まれたことに。



 だが、旦那様はその真実を知ることになる。



   *************************




 可愛そうなお父様。

 わたくしが自身が、生きることをそれほど望んでいないのに。

 この身体を蝕んでいく魔力などいらなかったけど、でも役に立つわね。

 刻印魔法は人の心を操作するだけではないの。

 お父様の魔力だったらできないことを、わたくしならできるのよ?


 前世の知識と、侯爵家の魔法資料を読み漁ってわたくしはひとつの結論を得ました。

 これは暗示に近い魔法。つまり、わたくしの身体すらこの魔法のとりこに出来るそういうこと。

 人差し指を心臓の上に置くわ。

 そして命じるの。若い娘らしい身体を誰にでもわかるように見せなさいと。


 わたくしの身体は魔力に蝕まれていく。

 だけど、表面上は決してそのことを悟らせないように。

 お父様が、謀反なんて考えなくていいように。

 薬師様のお陰で長生きできそう。それでいいの。


 シェルラにはごめんなさいと謝らなければならないわね。

 でも彼女なら許してくれる気がするの。

 【前世】で在った彼女なら、きっとわたくしに力を貸してくれる。


 きっと・・・




   *************************



「何だこれは・・・・・・?」


 常に穏やかで優しく、それでいて健康な身体を誇示し続けていたグロローズの姫君は、ずっと出会った頃から病に侵されたというのだろうか。

 信じられない思いで、ゴードンはページを捲る。

 心を封じられても、彼はその記憶を持っている。

 毎日のように側に仕えていたのだ。

 お嬢様の健康状態など、わかっていたはずだ。


 子供の頃は病弱だったと聴かされていたのでその用心として、毎日薬草を飲んでいることは知っていた。


 理由さえ聞いてしまえば、そこに疑問など持っていなかった。

 ただ1回だけ、1日薬を飲まなかったことにより、発作を起こし倒れたことはあった。

 あれはお嬢様が学園の寮に入って半年ぐらいだったと思う。

 薬師が作る薬は、週に1回お嬢様の元に送られてきた。

 携帯できるように、小さな飴玉のように加工されたそれは常に持ち歩いていらした。

 だが、その時はタイミングよく薬が切れて、急いで屋敷に取りに行ったのを覚えている。


 それほど重要ではないと考えたのが甘かったのか。

 屋敷で出迎えた薬師は慌てたように数個の薬を俺に渡してくれた。

 急いで帰れと、お嬢様が危険だからと。


 薬に使う薬草がこの年の冷夏による被害で、ほとんど取れなかったのが原因で、材料集めに時間がかかったという話。

 3日分しか用意できなかったので、明後日までに足りない分を用意するからとにかく急いでと説明され、しぶしぶ戻った。


 そして戻った先で、お嬢様は意識を失っていたのだ。




   *************************



 お薬が切れたわ。

 魔法のお陰で、この身体が弱っているのを誰にも悟らせていないけど、薬師様だけは気づいている。

 私が何らかの方法で、この身体を弱っているのを見せていないと。


 ゴードンが急いでお薬を取りに行ってくれているけど、わたくしあれがなければこの魔法すら保てない気がするの。

 だからわたくしのために早く帰ってきて欲しい。

 貴方に弱っている姿を見せるわけにはいかないの。


 待っている時間も惜しいわ。それなら気晴らしになるのかしら。

 今の内に最近のことを書き留めて置くわ。いつか貴方が読むために。


 学園へは15歳になると、国中の貴族たちが集められるわ。

 その中のひとりにシェルラがいる。

 彼女は男爵家の養子となっているので、当然なこと。


 わたくしも侯爵家のひとりとしてこの学園に入り、彼女のことを見つけたわ。

 本物の彼女はとても可愛らしくて、元気いっぱいで、私とは正反対。

 3度目は確かあまり関わらない設定だったの。

 あの子が幸せに生きてくれたら、それでいい。そう思っていたわ。


「はじめまして、マリアーナ様」


 彼女とのふたりだけの出会いは、わたくしの部屋でした。

 深夜、誰もいないはずの部屋に彼女が現れたとき、ものすごく驚いたけど声を出すことはできなかったわ。


「はじめまして、シェルラ様」


 わたくしの動揺なんてものはお見通しとばかりに、淑女らしいお辞儀をするシェルラ。

 何故ここに来たのだろう。

 不思議で仕方なかったの。


「警戒なさるのも無理はありません。わたくし、【前の】マリアーナ様より教えられて、この部屋の抜け道を知っていたに過ぎませんの」


 貴族用の寮であるから、常に何があるかはわかりません。どの部屋にも違う場への抜け道が存在しています。

 それを知る者はかなりの有力者。

 一応、王家の血を引いているマリアーナもその中の一人です。

 ただし、男爵家のシェルラが知るような情報でもないはず。


「【前の】とおっしゃりましたね。」


「ええ」


「なら、貴女もこの世界の結末をご存知なの?」


「もちろんですわ。貴女に頼まれて、わたくしはここに居るのですから」


 その悲しみに彩られる彼女の笑顔を見たとき、ここが3回目ではないと悟ったのです。


「これは何回目なのかしら?」


「たぶん、【前の】マリアーナ様が言うには今回で4回目だと」


「4回目・・・・・・」


 それはわたくしにはない知識でした。

 思い出した頃、わたくしの死に方について考えてちゃんと筋が通っているのは3回目まででした。

 それ以外は、たぶん、2次創作なのでしょう。

 前世の記憶は時折曖昧なのです。

 自分たちであれこれ、マリアーナがどう不幸になるのか、楽しんでいる人も中にはいたのですから。


「貴女は3回目の記憶をお持ちなのですね」


「ええ、【前の】マリアーナ様曰く、人生で1回だけ誰かの記憶を【次へ】持ち越すことが可能なのだそうですわ」


 それにシェルラが選ばれた。そういうことなのかしら?


「最初はメイド長。次はロバート様、そして次がわたくしでした」


 ロバートとはこの国の王弟です。

 真面目で、融通の利かない性格だけど、勉強も剣も魔法も一流。

 前世の記憶によれば、彼はシェルラと結ばれる運命の持ち主。

 主人公のヒーロー的存在、それがロバートなのです。


「ロバート様はわたくしのことをご存知なのね」


 ロバートは、マリアーナとは、甥と叔母に当たる。

 だが面識はほとんどない。

 彼は王族として、きちんと薬を与えられたのだろう。

 健康そうな肉体には、病魔など恐れをなして逃げてしまいそうだ。


 そんな彼を遠目で見るお父様は、とても悲しそうな顔をしていました。

 彼を恨む必要はないのです。

 もしかしたら、わたくしと彼が同時期に生まれたからこそ王家から見捨てられたと考えが浮かんだのかもしれません。

 彼の魔法は、王家でも類を見ないぐらい輝いていたのですから。


「ええ、【前回の】ロバート様は悔やんでいました。【その前】の記憶があるのにグロローズ家が抱えた闇を取り除く方法を一番知りえた立場にいたのにも関わらず何もできなかったのですから」


 内戦を生き延びたロバート様は、やっとのこと真相に行き当たったのでしょう。

 記憶が戻ったのも、わたくしが死んだ後だったというのですから、出来た事などシェルラと同じように何もなかったに違いありません。


 そしてメイド長・・・・・・

 最初のマリアーナを甘やかして育てた張本人。

 彼女を何でも望むまま、甘やかせた人物で、【1回目】では彼女が破滅したのは自分のせいだと悔やんでいた。

 【二回目】【三回目】では、マリアーナの大切な保護者として、彼女の為にその命を捧げた。

 そして今もなお、彼女の為に必死で頑張っているのだ。

 ただし、彼女の記憶は、それほど強く残るものではないのだという。

 マリアーナを守れなくて後悔した、何度も守れなくて悔やんだ。その断片な記憶しか残せなかったのは、最初のマリアーナが自分の魔力の使い方をわかっていなかったせいかもしれません。


 甘やかされて生きた最初のマリアーナは自分の病弱な身体を持て余し、我侭なお嬢様として生涯と閉じた。

 プライドの高さのみで、周囲に病弱なことを隠しひたすら、嫌な女を目指したマリアーナ。

 自分の周囲は輝いて生きているのに、彼女だけ終末に向かっているのに絶望した彼女は、歪んで行く。

 そして、自分ではありえないぐらいの健康な身体と、明るさを持ったシェルラに嫉妬を覚えるのだ。

 最後幽閉されるが、実際自殺ではなく病死したのだ。

 薬師の薬を飲むことが許されなくて。


「覚えているのね。あの方も今は」


「ええ、もちろんですわ」


 ならば今、自分がやっていることは道化師に見えているのかもしれない。

 何故なら、シェルラが今現在嫌がらせを受けている類は、すべてマリアーナの仕業だと周囲は思っているのだから。

 男爵家のものでありながら、王弟であるロバートの心をひとり独占している姫君。

 それがシェルラなのだから。


 嫉妬深い令嬢たちが日々、彼女に嫌がらせの類をしているのはマリアーナは知っていた。

 それをすべて自分の指図だと思わせるような、意図的の操作も彼女はしていたのだから。


「お父様に謀反やら反乱を起こさせたくはないのですわ。その為に貴女を利用しようとしてましたのに」


 最初のわたくしのように、嫌われていれば、マリアーナが自業自得で、幽閉され死ぬ。

 それなら、お父様は反乱などなさらなかったに違いありません。


「わかっております」


 【前回】のわたくしもその意見だったらしく、シェルラは頷きます。


「それでも、わたくしの力でマリアーナ様をお救いしたかったのです。」


 過去形で彼女は言った。

 間に合わないことを知っているからこその言葉。


「お父様とお母様だけでも助かれば、それでいいのですわ」


「同じことをおっしゃるのですね」


 次への魔法は生涯1人きり。

 そして、メイド長は後悔と言う名の記憶。ロバート様は全てが終わった後に記憶を取り戻したようです。

 うまく操作が出来ない力が次へ進むことなど出きるのでしょうか。


「わたくしは5歳のころから貴女の記憶がありました。」


「え?」


「両親も健在で、ゴードン様のご家族も健在するある日、過去の記憶が蘇ったのです。」


 シェルラは過去の自分行動を思い出すように話して聞かせてくれました。


「同じ年の生まれであるマリアーナ様と同じ5歳を超えた時点で、わたくしに本当の意味での貴女様を救う道は残されていませんでした。しかし、出きる限りのことを死ぬ前にあれこれ考えていたのです」


 彼女が語ったのは、5歳の娘が両親に全ての地位を捨てて、隠里に移り住む準備をお願いすることと。

 そして、わたくしの元に母である薬師を向かわせること。

 そのふたつ。


「2回目の時、母様を奪うためにグクローズ侯爵家が手を下したとロバート様は記憶に残していましたが、実際は違ったのです。我が子爵家を滅ぼしたのは、王家でした」


 彼女の話で、お父様は彼女とゴードン、そして薬師様の3人を辛うじて救ったらしいのです。

 それを知らずにゴードンはグクローズ家を目の敵にし、薬師様は心を封じることにより悲しみに耐え、幼さゆえシェルラは生かされた。

 シェルラは一族残党がいるかもしれないための、人質だったという話など、驚きを隠せません。


「王家の考え深き方々は、我が薬師の力がいずれ王家の秘薬、魔力の耐久薬を生み出すことを危惧したのです。」


 実際に薬師様は魔力を一時期であれ、耐久する薬を作って見せていたのです。

 王家にしては面白くないのはわかります。


「【前の】マリアーナ様はおっしゃいました。『生まれてくる年が同じなわたくしたたちではいくら記憶を赤子のうちから持っても仕方ない。それを伝える術がないのですからと』」


 それは判る気がします。生まれたての子供は話すこともできません。生まれたての子供は筆を持つことすらできません。


「それでもお手伝い出きることがしたいと、【前の】マリアーナ様に頼んだのです。だからこそ5歳で記憶を取り戻したわたくしは、貴女様の望みである、ご両親の幸せを、生きる希望を考えたのです」


「その答えは?」


「【次の】マリアーナ様を救うための準備です」


「【次の】がわたくしに用意されているとも?」


「その為の布石、それがわたくしだと思っています」

 

 そう、あの時わたくしは強い味方を手にしたことを知ったの。

 【前の】わたくしと【今の】わたくし、そしてシェルラの協力があってこそ、【次の】に繋げられる布石。

 その時の希望に満ちた想いが貴方にわかるかしら。


 もしかしたら【次の】に続けば、わたくしは、【最初の】マリアーナが望んだことが叶うかもしれないのだから。

 薬が届かない間にずいぶんと書いたわ。

 だけど、この苦しみも【次の】にはないと嬉しい。


 【最初の】マリアーナの望み。貴方にはわかるかしら?





   *************************




 なんだこれは、【前の】と【次の】話は。

 ならば【今の】はどうなる。どうすればいいのだ。

 行き場のない想いが狂いそうなほど、胸を締め付ける。


 あの人を救いたかったのは、紛れもなく自分だとゴードンは思う。

 感情を封じられ、側に居ることのみ許された、たった一人の主人。

 そのお嬢様はゴードンの感情を操作するのにためらいはなかったと思う。

 だからこそ、意識を奪っているからこそ彼にだけ見せる姿が確かにあったのだ。


 一人で耐えられない夜、薬の力が及ばず辛い時。

 誰かの言葉に傷つけられた時、決まってお嬢様は自分を呼んだ。


『わたくしを愛おしく甘やかせなさい』


 その命令を呟いたまま、お嬢様はゴードンの胸を借りて泣いた。

 甘やかせるのが命令だったので、その身体を抱きしめるしか出来なかった日々。

 細くてか弱いその背をそっと撫ぜると、お嬢様は落ち着いたように眠った。


 甘やかすという命令が、実は自分の意思に近いなど最初は認めたくもなかった。

 だが時が立ち、自分の中に膨らんだ想いは、紛れもない愛情で。

 お嬢様が強請る自分にしか見せない表情を愛おしくて仕方なかったのは事実なのだ。

 だからこそ、感情を操られていることに関しては、逆に感謝をしていた。


『ねぇゴードン、ぎゅっとして。側に居て』


 そう告げられるたびに、お嬢様の魔法が唯一効かない心臓が跳ね上がる。

 愛しい人をこの腕に抱きしめられる喜びを、お嬢様自らが教えてくれた。

 あれはお嬢様にとっては病魔に襲われる苦行の日々だったが、ゴードンは至福の日々でもあった。


「最初の望みか・・・・・・・・・」


 【最初の】お嬢様はどんな方だったのだろう。日記によれば、我侭三昧で幽閉されるとある。

 そしてその原因がシェルラだったと。


 シェルラは明るい性格で、周りから好かれるタイプだと思う。

 どこに居ても、誰と居ても笑いが耐えないそんな少女だ。

 【今回の】彼女も、明るくて穏やかで、周囲の人々を明るく導くような感じなので、本質は変わらないのだろう。

 

 だがそんなシェルラをはじめてみたお嬢様はどう思うのだろうか。

 そこまで考えてひとつの言葉が浮かぶ。


 きっと【最初の】お嬢様は『嫉妬』したのではないだろうか。

 明るく元気に走り回り、たくさんの友人に囲まれたシェルラを見たならば、自分がそうなれないことを一番知っていたのだから。


「自分の足で散歩を楽しみたい、かもな」


 昼間の世界は、お嬢様にとって毒でしかなかった。

 太陽の光は、魔力となってその美しい肌を焼いた。

 日焼けとかではない、本当の火傷のような痕になるのだ。

 だからこそ、お嬢様はどんな時でも素肌を外気に晒すようなことはしなかった。

 厚い手袋に全身をフリルを何十にも重ねたドレス。そして帽子に日傘。

 淑女らしい姿は、すべてお嬢様の鎧だった。


 そんなお嬢様だったからこそ、太陽の下で元気に明るく笑うシェルラは眩しかっただろう。

 羨ましかっただろう。

 そして同時に、妬ましかったのだろう。


 だが、正解はわからない。

 答えは、どこにも載ってはいないのだから。

 




   *************************



 

 シェルラとお友達になれたのは、すばらしいことだったわ。

 お父様とお母様もきっと、幸せになれる。

 わたくしが居ない事だけを乗り越えれば、きっと。


 反乱をお父様が起こしたときに共に戦ってくれた皆さんが、力を貸してくれる。

 どこの家も、過去に王家から姫や王子がやってきた家だ。

 何代前の前にその血が交ざった結果、息子や、娘、兄弟または孫を失った人たち。


 共通点は魔力が大きすぎたこと。

 魔力の大きなものは病気になりやすい、そういうことは一般に知られている。

 だけど、王家の人間だけはそれに該当しない。

 それを不思議に思うものは、それほど多くはなかったでしょう。


 幼いシェルラが両親に告げた未来を、彼らは本気で信じてくれた。

 グロローズ家へ使者を内密に送り出したのは、シェルラのお父様。

 彼らは秘密裏に会談をし、シェルラが話す未来が本当にありうるものだと結論を出したようです。


 それからすぐにシェルラのお母様は薬師としてわたくしの元に訪れることとなります。

 また、ゴードンの両親とシェルラのお父様は、薬師たちが隠れるに相応しい土地を探し始めます。

 王家に気づかれるわけにはいかないので、慎重に。

 自分たちが滅ぶ未来を回避するために。


 そして将来、お父様とお母様もそこに移り住む予定なのです。

 なんて素敵な計画。

 【今の】わたくしを助けることを諦められないお父様には、決断するには時間がかかったのでしょう。

 だけど、【次の】わたくしを救えるならば、と最後には折れたのです。


 そして王家の血筋の者たちが、自分たちの子孫の為にその隠里を支持します。

 将来、子供が生まれたときにその里で作られる予定の魔力耐性の薬を手に入れるために。



【IF・・・目覚める世界で】



 あの小説のタイトルが浮かびます。

 そうね、もし、次に目覚めた世界で、私は幸せになれるのでしょうか。

 【次の】に続く記憶を持つのは、たった一人だと決めています。


 【最初の】マリアーナが心を唯一見せていたのはメイド長。

 【2番目の】マリアーナが信頼したのはロバート。唯一彼女の嘘を見破ったから。

 そして【前の】マリアーナが友としたのがシェルラ。彼女の悲しみと願いを受け継いだから。

 そして【今の】わたくしの・・・・・・・・・


 何だか恥ずかしいですわ。

 それでも胸が嬉しさで震えているの。

 この感情は今まで持たなかったもの。

 【次の】への希望がわたくしを奮い立たす。


 【今の】わたくしの願いが叶えられるかもしれない。

 【次の】わたくしには叶えることができない、わたくしだけの願い。

 これだけは【どの】マリアーナでも叶えることのできない、たったひとつのわたくしだけの想い。

 




   *************************




「お嬢様の願い・・・・・・?」


 叶えられるの前提で、語られるお嬢様の想いは何なのか。

 そして誰が選ばれたのか、わからないままページが進む。

 大分読み込んだ、もう少しでこのお嬢様が綴る物語は終焉を迎える。


 その終焉の答えは、お嬢様の死。

 どういうつもりでこの記録を残したのか。

 それもゴードンだけに。


 それに、ここに書かれている文字も異質だ。

 この国の言葉ではない。明らかにお嬢様の計画が全て書き込まれているのにも関わらず、ゴードンにしかわからない言葉で書き連ねている。


『便利でしょ?わたくしの考えた暗号は?』


 日記を読む限り、それはお嬢様の【前世】である国の言葉だったのだろう。

 だからこそ、これが読めるものなどゴードンしか居ない。ゴードンにしかお嬢様は教えなかった。

 教えられたときは、その判りやすさに驚いた。


『ひらがな、カタカナ、そして漢字を組み合わせるとこの世界の人なら解読不能になるわ。すばらしいと思わない?』


 漢字という文字を習った時、大変に苦労をしたことを覚えている。

 時折日記を書いては、この漢字の意味はとゴードンに説明していたので、これがその言葉で書かれているのをゴードンは知っていた。

 もし他の誰かに見られたならば、解読は不能だとお嬢様はわかっていた。だからこそ、計画を全部書き込んでいるのだ。

 もし、お嬢様の遺品を誰かが調べたとしても、ここに書かれている内容を知る術がない。


『そうね、誰かに教えるなら秘密のお手紙のやり取りが可能になるわね。いつか、使ってもいいのよ?』


 魔法で操られた身体は、決してお嬢様以外にこの言葉の意味を伝えることは叶わない。

 それを知っているのか、知らぬのか。


 もし当時のゴードン及び、お嬢様の側にいた使用人が拷問にかけられても、この刻印魔法を身につけている限りどんな情報でも漏らさない。

 それほど、お嬢様の魔法は強力であり、彼らの行動を束縛した。

 だが今はその束縛がなくなって、彼らを尋問するならば簡単に本当のお嬢様の情報を話すだろう。


 あの炎の前で、ゴードン以外の全ての使用人がやる切れなさで涙したように。

 あの方を救いたいと祈ったように。


 グクローズ家のお嬢様の噂は最悪と言っても良いだろう。

 誰一人、お嬢様のことをよく言う者はいなかった。

 使用人すら例外ではなく、お嬢様の話になればとにかく酷い方だという話しかしない。


 酷くて残酷で、口に出して言えないほどのことをお嬢様はする。

 使用人たちと仲良くなった者たちは、彼らが悲しそうにそのご主人の話をするのを真実であると疑いもしなかった。

 お嬢様が通うことになった学園ですら、懇意にしていた者たちすらすべて、酷い令嬢であると証言するのだから、マリアーナとうい令嬢の悪名は鰻上りのようだった。

 

 その中で、唯一お嬢様の悪評に惑わされなかったのが、王弟のロバート様たった一人。

 どれだけ周りがお嬢様のことを悪く言おうが、彼だけは普通に接していた。

 そして、彼が愛情を示すシェルラがお嬢様によって、被害を被っているのにも関わらず、マリアーナ様との距離を取る事はしなかった。

 まるで、それがすべてお芝居だということを知っているかのように。


 間違いなく知っていたのだろう。

 ロバート様は。2回目からの記憶の持ち主だったから、ではないのだろう。

 【今の】は全てを思い出すのが【前の】よりも早かったという理由ではない。

 【二回目の】時も、お嬢様の嘘を見破ったと書かれているのだから、記憶に頼らず本質を見極める力をお持ちなのだろう。

 彼が敵に回らないように、お嬢様も協力を求めたに違いない。


 彼もまた、将来、王弟ではなく大公家として王家から離れるのだから。

 彼の子孫たちも、お嬢様と同じ運命に晒される可能性が高い。

 現王の子供たちはまだ幼すぎて、もし何かあった場合のスペアだと本人も自覚している。

 スペアではなくなった場合、真っ先にその運命に巻き込まれるのは彼ではなく、彼の子供たちなのだ。

 王家の秘法である、魔力耐久薬。それを手に入れる為ならば、彼も協力を惜しみはしないのだろう。


 ただし、お嬢様だけはその犠牲から逃れることはできなかった。




   *************************



 ああ、もう少しで18歳を迎えるわ。学園で卒業することは叶わなかったけどわたくしの願いは成就するはず。

 そうなって欲しいと願うのは、わたくしに残された唯一の我侭なのはわかっている。


 お父様の準備は整ったわ。

 後はこの屋敷ごとグクローズ家を亡き者にするだけ。

 先ほど、最後の晩餐を家族水入らずでやったの。こんなに楽しかった夕食は初めて。

 お母様は、目を丸くして驚いていたけど楽しそうに一緒に食事をしてくれたわ。

 

 そう、お母様にはこの計画を話してないわ。

 今夜のうちに眠り粉でお母様を眠らせて、新しいお家に引っ越す予定なの。

 お姫様として身の回りを世話をしていた者たちも数人連れて。


 彼女らにはちゃんと話してあるわ。

 グクローズ家がなくなる事も、お父様とお母様がこの世から消えたことになることも。

 それでもはいと応えられる者たちを選んだの。

 

 残りの者たちは、何も知らない。わたくしの側係たちも何も知らない。

 お父様は最後にわたくしを抱きしめて、とてもお辛そうでしたわ。

 だけど、未来を見てもらいたい。

 お父様はわたくしの敵討ちをして欲しいと願いました。


 兵を挙げるのではなく、わたくしを死に至らしめた魔力耐性薬を世に出すために。

 お父様の力が必要なのですわ。

 きっと、お父様たちならやり遂げられる。

 そう信じて、お別れをしてきました。


 だから、この日記を書くのはこれが最後。

 メイド長にこれを渡した後に、最後のお願いをゴードンにするの。


 ねぇ貴方ならどう応えてくれるかしら?

 またぎゅっとしてくれるかしら?

 最後に、素顔を見せてくれるのかしら?

 それとも、わたくしの願いは叶わないのかしら?


 楽しみであるのと同時に、不安であるわ。

 それでもいいの。最後のお願いだから、どうか叶いますように・・・・・・




   *************************




 あの夜、お嬢様に呼ばれていると言われ、またかと内心思いながら彼女の寝室に訪れた。

 珍しく旦那様と奥様と一緒の食事をしたお嬢様のご機嫌は最高のようで、幸せいっぱいの笑みを浮かべていた。

 これほどまでお嬢様が感情を豊かにしていることを、ゴードンは記憶を探ってもほとんど見つからなかった。


 静かの夜だった。

 いつもなら、屋敷の警備をしている者や明日の準備のために仕事をしている者たちとすれ違うのに、今日に限ってはメイド長以外のものとは出会うことがなかった。


「ゴードン?」


 不思議に思っているのに、お嬢様が嬉しそうにこちらに声をかけてくる。

 いつもだったら、辛い時のみ彼を呼び出すのが常なのに、今日のお嬢様はとてもお元気そうで、呼ばれた理由がわからない。


 それにしても変わったお嬢様だと思う。

 このように醜い顔をした男を寝室に招きいれて、抱きしめて欲しいと強請るのだから。


「ここに」


「ふふふ、今日はね特別なの。知っていて?」


 それほど両親と食事したことが嬉しかったのだろう。

 彼女の機嫌は上機嫌だった。


 それもそうだろう。この食の細いお嬢様は、旦那様たちのような食事が取れない。

 テーブルマナーも何もかもが完璧にできるお嬢様が口にできるのは、消化のいい粥だけなのだから。

 健康が戻ったことを喜んでいるのだろうか、それとも違うのか。


 同じ年頃の娘たちが楽しそうに、お菓子やお茶の話をしているのをお嬢様はただ微笑むだけで見ていた。

 その甘いお菓子も、美味しいお茶もお嬢様の身体には毒でしかなかった。


 普段口にできるものは、浄化された水とわずかな粥だけ。

 そんなお嬢様に、学園の者たちは自慢げに美味しいというお菓子やらお茶やらの自慢をしたのだ。

 もし、例の魔法が自分に掛かっていなかったのなら、噂通り闇に彼らを葬ったものを。


 学園にも自分を従者として連れて行ったお嬢様は、この姿通りに番犬として自分を扱った。

 お嬢様の微笑む横で、睨みを利かせる番犬はとにかくこの手の話題をお嬢様の周りから遠ざけることに少なからず成功した。


「はじめて食べたわ。プリンっていうのね。あれなら私にも食べられたわ。美味しかった」


 甘いものなど年頃になってからは一度も口になされたこともないのだろう。

 まだ幼い頃なら他の子供たちと同じく、クッキーなど食べたことはあるとは聴いていた。

 それを受け付けなくなったのは、ゴードンに出会うよりもかなり前の話だと、メイドたちから教わっていた。


「甘いものは幸せになるって本当ね。たくさんは無理だったけど、本当に美味しかったわ」


 この上なく幸せそうに微笑むお嬢様を、抱きしめたくなる。

 ただ、一口食べただけのプリンの感想を、本当に幸せそうに語るお嬢様を見て、胸が痛むのを止められない。

 これからは毎日食卓に並べてもらいましょうと、口に出来たならどれほどいいのか。

 一生に1回でいいから、甘いものが食べたいと願ったお嬢様の気持ちなどゴードンにはわかるはずもないのだ。


「だからね?最後にもうひとつだけ、お願いがあるのだけど、今とっても幸せだから断られてもそれほどダメージはないと思うのよ」


 そう語るお嬢様の顔は真っ赤で、ゴードンは命じられないので言葉を出すことも叶わない。




「ねぇ?ゴードン。貴方が感じるままに、わたくしに触れなさい」




 言葉として告げたと同時に、ゴードンの何かが外れた。

 気づいたらお嬢様を腕の中に抱きしめていた。


「触れていいのですか?」


「もちろんよ?」


 傲慢そうに告げる言葉と裏腹に、お嬢様の身体は震えていた。恐ろしいのか、それとも歓喜なのか。

 その細い身体で何を訴えたいのか、ゴードンにはわからない。

 わからないまま、そっとその唇に指先で触れる。


 触れていいのがどこまでかわからない、それでもお嬢様の魔法が自分の行動を止めない範囲だと確信してそっとそこに触れようとし・・・・・・

 お嬢様の視線に映るのが、醜い男の顔だということを今更のように思い出す。


「・・・・・・・・・くれるのね」


 偽者の顔で彼女に触れることなどもう出来なかった。

 あっさりと、仮面である醜い男の顔を外すと彼女は驚かない。

 それどころか、嬉しそうに顔を細めるのだから知っていたことに少なからず驚いた。


「お嬢様?」


「ふふふ、貴方の顔をこんな風に見れるなんてわたくしラッキーですわ」


 嫌がれてないことに安堵し、ゴードンは今度こそと、その唇を重ねた。





   *************************





 あれは、至福と呼ばれる一夜だった。そして残酷な一夜だった。

 病魔に冒された娘の身体は、細く、そして儚く、そして美しかった。

 弱い身体を抱きしめた己の熱のまま、彼女に触れることを許された、わずかな時間をゴードンは夢を見る。

 あの後、全てを焼き尽くしたあの炎は、絶望という名をしていたことをお嬢様は知らないに違いない。

 何度も繰り返す夢は、儚さと絶望の繰り返しに、何度挫けそうになったのか、今度こそ教えて差し上げなければならない。


 そろそろ【今の】ゴードンは終わりを告げる。

 【次の】彼女に会う準備は出来ている。


 あの後隠里に移り住んだゴードンは、旦那様や両親に再会し、必死の想いで【次の】ための準備に取り掛かった。

 なかなか見つけられない解決法に、焦りはあったもの、それでも時間をかけてでも見つけ出すつもりだった。

 それが見つかったのは、偶然に近い。


 答えを持っていたのはシェルラだった。

 ロバート様とシェルラはあの後、めでたく結婚をした。

 その後に生まれた子供たちはすべて、魔力を秘めていた。


 が、しかし。

 誰一人、魔力の暴走で身体を弱らせるものがいなかった。


 危惧したことが外れて、ロバート様もシェルラも喜んだが、その理由が見つからない。

 シェルラは子供たちのそのような薬を与えたことはなかったのだから。


 そしてロバート様の最初の記憶は、自分たちの子供も虚弱体質だったことを覚えていた。

 【前の】シェルラの記憶も、自分の子供は魔力を持って生まれなかったので、無事だったとも。

 

 2回目と、3回目の違いについて考えた。

 その子供が無事だった理由が、内戦のためにふたりの結ばれた時間が遅かったこと。

 つまりだ、熟年な夫婦から生まれる子供は魔力を持って生まれる可能性が低い・・・かもしれない。

 そんな結論にだけにはたどりついていたらしい。


 そして今回の事例だ。

 今までの経験を持つ、ロバート様が思いついたのが側に居た人のこと。


 つまり、シェルラの母だ。

 2回目はグクローズ家と共に処刑されている。

 3回目は内戦のときに王家の兵によって殺された。

 そして4回目。


 彼女は娘のために、一族の秘薬という名の母子に優しい健康茶を教えてくれたのだという。

 毎日これを飲んでいると、子供が元気になるという一族の健康茶らしい。

 これは他のどのときも共通してなかったもの。


 このお茶の作用は、その腹の子供に魔力耐性を作ることもあるのだとしたら・・・?


 その可能性を何度も幾人の女性に試した。

 結論が出るまでには十数年の年月が掛かったが、その健康茶が各家庭のお産する女性の味方になるまでには時間がかからなかった。


 現在この国では、子を産む母の定番茶として、その健康茶が発売されている。

 そして魔力を持つ子供の増え方が、桁違いになっている。

 最初は貴族の子供たちだった。

 その後庶民の中からもちらほら魔力の強いものが現れるようになる。


 健康茶を伝えた、茶屋は薬師とは無縁の夫婦だった。

 遠い国からやってきたという旅人に、妊婦が飲むと健康な子供が授かると言われて飲み始めたのがきっかけ。

 翌年には健康な子供を授かったという。

 また、隣の国で流行しているという茶を、商人が仕入れてくる。

 彼は自分の娘の嫁入り道具として持たせると、すぐに健康な子供を授かったという。

 商人は喜んで、その茶を大量に仕入れた。


 流行し始めた、健康茶は瞬く間に庶民から貴族の知るところになる。

 貴族のご夫人たちも、好奇心からはじまり、瞬く間に流行することになる。


 魔力を持つものが健康に過ごせるようになったことに危機感を感じた王家は、原因を探ろうと必死だが、それを知るのはいつになるのか。

 そして気づいたところでもう遅い。


 遅いのだ・・・。





 その日、ゴードンは幸せな笑みを浮かべてこの世を去った。

 母子の健康のために、全ての人生をつぎ込んだ男は、【次の】を夢見て、静かに息を引き取ったのだ。








   *************************








 そして【次の】彼は、思い出す。




 彼の知るお嬢様は、今だこの世に生を受けてはいない。






次で皆が幸せになれますように。

勢いでしたが、書けてすっきりしました。

長々と読んで下さってありがとうございましたー!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ループが違和感なく理解できて、それでいて今回の悲劇から次のあり得るかもしれないハッピーエンドを想像させられる所が、巧いな…!と思いました!! [一言] 個人的には、生まれてくる次のお嬢様は…
[良い点] ハッピーエンドへ近づけようと足掻く人たちの姿 [一言] ゴードンは恐らくお嬢様を救えないでしょう。 恐らく会えない………。 薬師としての子爵家。ゴードンがお嬢様が生まれる前に動いたら、そ…
[良い点] 面白かったです。 [気になる点] 誤字だと思いますが、 >王家の秘法である、魔力耐久薬。それを手に入れる為ならば、彼も”強力”を惜しみはしないのだろう。 >王家の秘法である、魔力耐久薬。そ…
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