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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ドッペル

作者: 優声

 あいつと付き合い始めて早三年。

 毎日が幸せだったとは言い切れないが、それなりに楽しく過ごしてきたと思う。

 彼女とは幼い頃からの付き合いがあって、彼女の両親と俺の仲も親子みたいなものだった。

「あら優ちゃん、いらっしゃい。もう、来ることがわかってたらお茶くらい出したのに」

「はは、お邪魔します」

 と、まぁこんな感じ。

 今日は彼女に相談したいことがあって、ふらっと家に立ち寄ったのだった。

「あれ、優、どうしたの」

 夕食時ということもありエプロン姿の彼女が奥からひょいと顔を出す。

「なになに、もしかして彼女が恋しくなっちゃった?」

「いや、実は相談したいことがあってさ」

最近、ここ一年ぐらいだろうか。俺たちは誰かにつけられている。正確に言うと、俺が、だが。

 といってもこれと言って特筆すべきようなことは無く、強いて言うなら時折家の郵便受けに俺への愛をつづった文章や俺を監視しているかのような文面の手紙が入っている程度。特に気にしてはいなかった。

 しかし、状況は変わった。

手紙に、別れないのなら彼女を殺す、と書いてあったのだ。

 それで彼女に何かあってはまずいと、彼女にこれまでのこと、それからその手紙のことを告白し、注意を促そうというわけだ。

「へぇ、そうなんだ」

 珍しく神妙な面持ちで話を聞いていた彼女が呟くように言った。

「うん、わかった。気を付ける。でもさ、なんでそれを今まで言ってくれなかったのかな」

 ああ、怒っている。彼女は怒っていらっしゃる。

「そっか。そうだよね。優は私に心配かけたくなかったんだよね。しょうがないか」

 何か言う前に自己完結してしまった。

「それじゃ今日はありがとね。また来週の土曜日、いいかな」

 もちろん。だってその日は彼女の誕生日だ。

「ちゃんと誕生日覚えててくれたんだ。私、楽しみにしてるね」

 そうして俺は帰路についた。

 そんなやり取りがあった翌々日、彼女からのメールで事が動いていたことを知る。

 どうやらストーカーしていたのは彼女の友人で、こんなことはもうやめるようにと話をつけてくれたらしい。

 彼女にはいつも迷惑をかけてしまっていて、自分という男がとても情けなく感じる。

 だから今年こそ指輪を渡そうと思う。

 ストーカーもいなくなって丁度いい頃合いだ。

 そんなこんなで、せっかくだからプレゼントをもう一つ買ってそこに指輪を隠そうだとか、いっそ家のどこかに隠して彼女を驚かせようだとかあれこれ考えている内にあっさりと約束の日が来てしまった。

 深呼吸をしてインターホンを押す指に力を込める。

 ピンポーンとチャイムが鳴りガチャリとドアが開かれる。

「優、いらっしゃい。入って」

 今日はおばさんいないのかな。

「あ、今日ね、お父さんとお母さん旅行なの。だから二人っきり」

 気を利かせてくれたのだろうか。しかし一人娘の誕生日だというのに旅行に出かけてしまうとは。

「お邪魔します」

 ほんのりと変なにおいがする。消臭剤でも使ったのだろうか。この匂い苦手なんだけどなぁ。

「先に部屋入ってて。私お茶入れてくる」

 さて、今のうちに隠そうか。と思ったが、お茶を入れてくるまでの間となるとやっぱり今は難しいかもしれない。ここは慎重にいこう。とりあえずは隠せそうな場所を探すくらいにしよう。

 うーん。この部屋は収納スペースが少ない。別の部屋をあたってみるべきか。

「優、お待たせ。時間かかっちゃったから少しぬるいかも」

 他も見たいし部屋を移動しなくては。

「ありがとう。いただくよ。ところでDVDを借りて来たんだけどテレビのある部屋に移動して一緒に見ない?」

「うん、いいよ。いこう」

 どうやら成功のようだ。

 お茶を持ったまま彼女の後ろをついて二階へ上がる。

「少し待ってて」

 そう言うと彼女はぱたぱたと部屋に入っていった。

 一分経過。

「優、入っていいよ」

 言われるがまま部屋に入る。

なんかこの部屋におうよ。消臭に力入れすぎだよ。というか少し待っててってそういうことだったのか。

 テレビの前にはソファ、そして部屋にはクローゼットと本棚。収納が多い部屋のようだ。ここなら隠せそう。

「じゃ、優、DVD出して」

 少し忘れかけていた。

「はい、これ」

 彼女はささっと受け取るとてきぱきと再生の準備に移る。だが、どうやらうまくいっていないようだ。

「ちょっといい? このボタンを押してそれからここで選択すればいいと思う」

 はっとした顔をしている。かわいいなぁ。

 それから俺たちはソファに座ってお茶を片手にDVDを見始めた。

 見ている映画がいい雰囲気になると俺たちもそんな雰囲気になったりなんかして。

 そしてあっという間に夜になった。

「優、今日はうちでご飯食べていきなよ。私、作るからさ」

 これはチャンスかもしれない。

「うん。お言葉に甘えて」

 ご飯を作るということはこの場を離れるということだ。

「おとなしく待っててね」

 怖い顔でそう言うと彼女は部屋を出ていった。

 何か怒らせることでもしてしまったのだろうか。

 手始めに本棚を調べてみようと思う。少女漫画が多いな。真面目な本も入っているには入っているが一目見ただけではそれがわからないほど入っている。ここには指輪を隠しても本当に気づいてもらえなさそうだ。

 次はソファ。クッションカバーの中に入れるというのもありだがカバーはついていない。まぁここには最初から期待していない。

 ならクローゼットか。確かにいつも着ているような服のポケットに入れれば見つからないこともないだろう。

指輪は手紙と一緒に箱に入れてある。手紙には、誕生日おめでとう。よかったらこれ受け取ってくれ。愛してる、なんて思い出すだけで恥ずかしいことが書いてあって、どうしても隠したかったんだ。

 見つけたとき彼女どう思うだろう。喜んでくれるかな。それともこんなところにプレゼントを隠すとはなんてやつだとかって思われてしまうだろうか。そんなことを考えながら扉を開けた。

 なんだこれ。なんだよこれ。なんなんだよこれ。

 人が三人〝落ちている〟。

 三人とも俺のよく知っている人たち。愛する人たち。

 こんなの嘘だよな。こんなことがあっていいはずがない。嘘だ。これはきっと悪い夢だ。

 ドアの開く音。一歩、また一歩と迫る足音。込み上げる吐き気。ダメだ、立てない。

 守れなかったんだ。俺は。ここに来てようやく気が付くなんて。

流れ落ちる後悔の念と涙。瞬間走る衝撃。


気付くのが遅すぎた。


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