番外02 - ゼロナイト
かつてのダークナイトが変質、無と同化しゼロナイトとなってから早数十年。
世界は邪悪な闇に覆われつつあった。
魔物の群れが、空を、大地を駆け巡り、人々は徐々にその数を減らしつつある。
何物にも干渉できず、また無関心であったゼロナイトにすら変化があった。
闇の毒が体表を蝕んできたのだ。
このままでは、悪逆の限りを尽くしたダークナイトに戻ってしまうだろう。
しかし、ゼロナイトにとってそのようなことはどうでも良かった。
彼にとって許せないのは、心の静寂が、闇の毒によって失われつつあることだった。
ゼロナイトが不快を感じながら過ごしていたある日、宇宙の意思と呼べるものが彼に
伝わってきた。
「ゼロナイトよ、闇の根源であるダークロードを滅するのだ」
ゼロナイトは、かつてのダークナイトのように、他者の指示に従うことを嫌っていた。
だが、今度ばかりは、利害の一致により、宇宙の意思にある程度従うことにした。
「まずは、この不便な状況を脱する必要があるな」
ゼロナイトはひとりごちた。
ゼロナイトの意識が遠く離れた森に向いた瞬間、ゼロナイトはその森の中にいた。
ゼロナイトと化した時に身についた能力、テレポートだ。
彼は、手ごろな太さの木を標的に、幾度か抜刀した。
だが、彼の透明な剣で切り付けられた木々は、何事もなかったかのように鎮座していた。
彼は未だ、実体ある物に干渉することが出来なかった。
彼が己の剣と技を鍛え始めてから数日経過。手負いの鹿が怪物に追われていた。
巨大な樹木の体に赤い双眸を持つ、シャドーエントと呼ばれる怪物だ。
シャドーエントはゆっくりと鹿に大枝を伸ばした。
ゼロナイトは心身から闇の毒気を追い出し、心を穏やかにして剣の柄に手をかけた。
大枝が鹿を押しつぶす寸前、ゼロナイトは剣を抜き放った。
大枝の半分にまで達する切り傷が生まれ、血のような樹液が噴出した。
シャドーエントは怒り狂って当たりを見回し、鹿はその隙に藪へと姿を隠した。
「この程度では、まだ奴に太刀打ちできん」
ゼロナイトは呟くと、その透明な体の屈折率を変化させ、完全に見えなくなった。
それから更にひと月後。ダークロードの住まう魔物の城は、有害な闇を振りまき
世界にじわり、じわりと汚染が進んでいた。
肉がやせ細り、真っ黒い骸骨のような姿のダークロードはほくそ笑んだ。
「わたしに敵う者は、もはや神しかおるまい」
そのときふと、ダークロードは大広間の片隅に何かの気配を感じた。
「何物だ!」
ダークロードが吠えると、直属の魔物4体がそれぞれ武器を構えた。
1秒後、魔物達は石垣が崩れるようにバラバラになって崩れ落ちた。
ダークロードは大広間に一人となった。
ダークロードが椅子から立ち上がると、眼前まで接近していた気配は
透明な鎧騎士の姿をとった。
「私はゼロナイト。諸事情により、お前を滅ぼしに来た」
ダークロードのドクロ顔が怒りに歪んだが、次には不愉快な笑い顔となった。
「貴様の気配に微かだが覚えのある邪悪さを感じる。
貴様はダークナイトと呼ばれていた、そうだろう?」
ゼロナイトは感情のこもらない声で
「昔のことだ、もはやどうでもいい」
と言った。
ダークロードの黒い眼窩の妖しげな光が増した。
「貴様はわたしが作り上げた試作品だ。
わたしの手で殺した騎士の鎧に、闇の呪いをたっぷり注いでな。
だが、わたしの命に背き、貴様は姿を消した。とんだ失敗作だ。
今からでもわたしの魔力で、貴様を従順たる下僕にしてくれるわ」
ダークロードから闇が噴出し、大広間を、城の周囲を、そして上空を覆った。
ゼロナイトは動揺した。手足の先が、ダークナイトのごとく黒ずんできたからだ。
ゼロナイトは透明な剣で自身の手首足首を素早く切り離すと、唱えた。
”空切り”
なお、ゼロナイトの手首足首からは、穢れのない手足が瞬時に再生していた。
ダークロードは身の危険を感じ、己の周囲にバリアを展開した。
「このバリアは鋼鉄の剣ですら通さぬぞ」
直後に、無数の透明な刃が、バリアごとダークロードをバラバラにした。
しかし、バラバラになった体は崩れ落ちず、正しい位置に収まると
元通りにくっついた。
「ダークナイトに出来て、このわたしに出来ぬことなどないわ!」
「つまり、元ダークナイトの貴様は絶対にわたしに勝つことは叶わぬ」
ダークロードは哄笑した。
「確かに、ダークナイトの闇を用いた攻撃は全てお前に吸収され、打つ手がないだろう」
ゼロナイトは肯定した。
「しかし、今の私は」
言うが早いか、ゼロナイトはダークロードの胸を透明な剣で貫いた。
「無駄だということが分からんか」
ダークロードがあざ笑う。
「ゼロナイトであり、闇とは異質の力を手に入れた。お前を滅ぼせる力をな!」
”デス・イレーサー”
ゼロナイトの声が朗々と響き渡ると、ダークロードの胸に刺さった剣の周囲の景色が歪み、
剣のある方向に収束し始めた。
ダークロードの顔から余裕が消えた。
「馬鹿な、無に等しい存在がこのような力を!?」
「消え去れ、ダークロード」
「ごぼがばばばごぶっ」
ダークロードの断末魔の雑音もすぐにかき消された。
ダークロードの城周辺の景色が一気に剣の元に収束した。
ダークロードの城が建っていた山は、巨大なクレーターと化していた。
クレーターの中心よりはるか上空に、ゼロナイトは浮いていた。
「片が付いたか」
世界を覆う闇は、みるみる晴れていき、
魔物達は地面に這いつくばり、苦しみもがいている。
ゼロナイトの頭に、宇宙の意思が響いた。
「務めご苦労。宇宙にバランスが戻った」
「これっきりだ。二度と私を使うな」
ゼロナイトは毒づいた。
やがて、ゼロナイトの心に静寂が戻り、
ゼロナイトは万物にとって無害な、
時折垣間見える蜃気楼のような存在に戻ったのだった。




