番外07 - vs風、水
人々や馬車が行き交う道から少し離れた、目立たない所に建っている、古びたレンガ造りの小屋。
その地下では、3名の鎧戦士が集まり会談していた。
「次は拙者の番であるな。今度こそ、ダークナイトを退治てくれよう」
風の鎧戦士が意気込む。
「そのダークナイトなのだが、普通の攻撃手段では即座に回復再生してしまう、一種の不死身らしくてな。
その対抗手段となりうる得物をお前に送ろうと思う」
そういいながら雷の鎧戦士は銀色に輝く剣を横に寝かせて両手に乗せる、
光の鎧戦士の方を見た。
光の鎧戦士が、風の鎧戦士に銀色の剣を手渡しながら言う。
「この剣は、あらゆる魔物に有効打を与えられるとされる銀製。
かつて、シルバーナイトの異名を持つ戦士が所持していた物だ。
親族に許可を取り、シルバーナイトの墓標から借りてきた。
ダークナイトを仕留めきれないと考えたのなら、この銀の剣を使用するがいい」
風の鎧戦士は銀の剣を受け取った。
「こういう小道具に頼るのは不本意であるが、同胞が次々殺されているのも事実。使うことも止む無し」
風の鎧戦士は階段を上がって外に出て行った。
そして夜が来た。
ダークナイトは座して、鎧戦士の到来を待っていた。
鎧戦士が仲間の仇討ちに来て、ダークナイトに返り討ちにされるという様が、半ば常態化していたのだ。
穏やかなそよ風が、急激に強い突風へと変わった。
突風が止むと、風が渦巻く紋様がある、青い鎧戦士がそこに立っていた。
「拙者は風の鎧戦士。ダークナイトよ、覚悟せよ」
風の鎧戦士が青色の剣を抜き放つ。
ダークナイトは静かに立ち上がると、漆黒の剣を抜剣し、鎧戦士と対峙した。
風の鎧戦士から浮かび上がる数字は1。
彼の殺人回数だ。
先に動くはダークナイト。
鎧戦士共通の弱点である、彼らの剣めがけて斬りかかる。
「突風」
風の鎧戦士が言った瞬間、恐ろしい強風と共に風の鎧戦士が高速移動し、
ダークナイトは胴から真っ二つに切り裂かれた。
攻撃の余波である、荒れ狂う暴風にダークナイトの上半身と下半身が紙切れのように揉みくちゃにされる。
(強風が止まぬことには再生は難しいか)
ダークナイトは下半身のみを、すでに立ち止まっていた風の鎧戦士の背後にテレポートさせ、
強風の勢いを上乗せしたキックをお見舞いした。
キックは風の鎧戦士の背後から貫通し、胸部を突き破った。
「それなりに永い時を生きてきた身なれど、これほどの破損を受けるのは初。天晴れである」
風の鎧戦士はダークナイトを称賛する。
それと同時に風の鎧戦士から飛び散った破片が、まるで時がゆっくりと巻き戻るように、元の身体に収まった。
ダークナイトの下半身は押し出され、地面に落ちた。
その下半身が突然ぐんと立ち上がると、次の瞬間には完全な姿のダークナイトとなっていた。
上半身がようやくテレポートで戻ってきたのだ。
ダークナイトは風の鎧戦士に向き直ると、複数の球体を放った。
”ネオダークボール”
迫りくる漆黒の球体に、風の鎧戦士は一言。
「横殴り」
猛烈な横向きの暴風が吹き、複数の球体は横に流されずにその場で縮み、消滅した。
立て続けに風の鎧戦士が術を使う。
「竜巻」
その声と同時にダークナイトを中心に強烈な竜巻が起きた。
いつの間にやら夜空は雲に覆われ、そこから巨大竜巻が地上に伸びてきている。
ダークナイトは一瞬で強烈な竜巻に巻き上げられ、宙を舞った。
一緒に巻き上げられた石やら大岩やら木やらが、ダークナイトの体をボロボロに削っていく。
一方で、竜巻を地上から見上げていた風の鎧戦士は、竜巻を発生させてから数分後に術を解除した。
大技を発動させ続けるのは流石に疲労が伴うのだ。
竜巻が消滅し、空中に巻き上げられていた物が次々と落ちてきた。
そのうちの一つ、真っ黒い塊がドスンと地面に突き刺さった。
次の瞬間には、それは無傷のダークナイトとして、地面の穴から這い上がってきた。
「同胞の言うとおり、拙者の力だけでは奴は倒せぬか。ならば小道具に頼るのみ」
竜巻で負った傷を瞬時に全回復したダークナイトは、風の鎧戦士の上空に何かが回転しながら浮いているのを見た。
それは徐々に下降し、風の鎧戦士の左手に収まった。
銀色に輝く剣。
ダークナイトはそれに見覚えがあった。
昔、シルバーナイトと戦った時に、己に深手を負わせたあの剣だ。
あれの攻撃を喰らったらまずい。かつての記憶が警鐘を鳴らしている。
”ブラックホ”「突風」
ダークナイトがブラックホールを展開する前に、銀の剣の鋭い突きがダークナイトを貫いた。
風穴が開いた場所は、胸と腹の間。体のど真ん中だ。
ダークナイトの呪われた中核があった場所だった。
余波の強風で、ダークナイトは後方に飛ばされていく。
風の鎧戦士は飛ばされていくダークナイトをある程度目で追った後、銀の剣を地面に突き刺した。
「同胞の仇、討ち取ったり」
その数秒後、なんとダークナイトが目の前にテレポートしてきた。
その体に穿った風穴も綺麗に消えている。
「お主、銀の武器が弱点ではなかったのか?」
風の鎧戦士が思わず問いただす。
「俺は闇夜の精霊へと変化していたようだな。精霊に銀は効かぬ」
「成程納得」
両名は剣を構え、再び対峙する。
風の鎧戦士が先に仕掛けた。
「横殴り」
ダークナイトはテレポートで、襲い来る猛烈な風を躱す。
「突風」
「もう見切った」
風の鎧戦士の青い剣と、ダークナイトの漆黒の剣がぶつかり合い、交錯していた。
ふっとダークナイトが消えると、風の鎧戦士の背後に姿を現した。
風の鎧戦士は、強風で威力が増した漆黒の剣を、己の青い剣で受け止めてしまった。
青い剣の中央がひび割れ、中ほどで折れた。
「拙者を敗るとは、天晴れ」
それが風の鎧戦士の最期の言葉となった。
風の鎧戦士の青い鎧は細かい粒子に変わっていき、最後には大きなつむじ風となって完全に掻き消えた。
間もなく、稲妻が前触れもなく銀の剣に落ちたかと思うと、地面に刺さっていた銀の剣は綺麗さっぱりと消えていた。
「なんだ今のは?」
ダークナイトは訝しむ。
次の日の夜。
新たな鎧戦士がダークナイトを討たんとやってきた。
まるで湧き水のように透き通った全身。
透明という点では、ダークナイトの記憶にあるゼロナイトに似ているが、
光の屈折具合や、水のようなしっかりとした重量感などがゼロナイトと異なる。
彼の姿から浮き上がる数字は1。
ダークナイトは思考を一旦止めて、剣をすらりと抜いた。
透明な鎧戦士が口を開く。
「私は水の鎧戦士。冥土の土産にそれだけ覚えておくといい」
水の鎧戦士が抜剣し、構える。
ダークナイトはすかさず、その透明な剣に斬撃を入れた。
ダークナイトの漆黒の剣が透明な剣にめり込み、そのまま透明な剣を貫通した。
しかし、剣を破壊した手応えは無かった。
透明な剣は何事もなかったかのように、その形を留めている。
「私の剣は簡単には斬れんぞ。水の性質を持つからな」
水の鎧戦士がカラクリを明かす。
「豪雨」
水の鎧戦士の一声と共に、バケツをひっくり返したような雨が辺り一帯に降り注ぐ。
しかし所詮は雨。ダークナイトはただずぶ濡れになるだけで、ダメージは無い。
(この術が一体何の役に立つ?)
ダークナイトが首をひねる。
激しい雨の影響で、水たまりがあちこちに出来、それらが繋がって辺りは浅い湖のようになった。
水の鎧戦士が剣を高く掲げた。
「清流」
辺り一帯の水が集結して川となり、大蛇のようにぐねぐねとうねり、
その先頭が鎌首をもたげてダークナイトに襲い掛かった。
ダークナイトは特に防御することもなく、激流に押し流された。
水流に揉まれ、硬い樹木や大岩に幾度も激突し、砕けては瞬時に再生を繰り返しながらダークナイトは考える。
(あの剣をどう破壊したものか)
数百人力の脚力で、飛び上がって中程度の川を抜け出たダークナイトは、水の鎧戦士の剣を狙っていくつか暗黒の球体を放った。
”ネオダークボール”
「濃霧」
攻撃に気づいた水の鎧戦士が唱えると、辺り一面は深い霧に包まれ、視界が灰色で埋め尽くされた。
(狙いが定まらん)
ダークナイトは心の中で歯噛みした。
やがて霧が晴れると、胸に大穴が開いた水の鎧戦士がそこに立っていた。
ネオダークボールは剣から逸れ、水の鎧戦士本体に命中したようだ。
水の鎧戦士が剣を構えなおすと、地面を流れていた水が一部持ち上がり、水の鎧戦士に開いた大穴に入り込んだ。
穴が即座に修復され、水の鎧戦士は元の完全な姿に戻った。
(何か、突破口は無いものか)
ダークナイトは苦し紛れに物影移動でテレポートを繰り返す。
偶然、雪を被った白い山脈が目に入ると、彼の頭に閃きが走った。
テレポートで水の鎧戦士の前に現れると、ダークナイトは剣を構えた。
「テレポートで逃げ去ったと思いきや、戻って来たか。
その意気や良し。貴様の再生力が尽きるまで痛めつけてくれる!」
そういうと、水の鎧戦士は再び唱える。
「清流」
中規模の川が大蛇のように突進してくる。
ダークナイトは大げさに躱しながら、徐々に後退していった。
「そのような生ぬるい攻撃では、俺を仕留められんぞ」
時々挑発を交えながら、ダークナイトは水の鎧戦士を巧みに誘導していった。
何時間経っただろうか。
ダークナイトと水の鎧戦士は、雪山の中腹辺りまで移動していた。
彼らの周囲には、不気味な姿をした雪の化け物、
いわゆる樹氷の怪物が数百、数千体ほど蠢いていた。
そのうちの1体が、水の鎧戦士に襲い掛かる。
「邪魔をするな」
水の鎧戦士は一言そう言うと、水の剣で樹氷の怪物を真っ二つにした。
斬られた樹氷の怪物は、そのまま動かなくなった。
水の剣は、怪物のその冷たさでバキバキに凍っていた。
「かかったな」
ダークナイトが速攻で距離を縮め、漆黒の剣で氷の剣を斬り払う。
氷の剣はぽっきりと折れ、雪面に突き刺さった。
そう。
水の剣は破壊できなくとも、氷にしてしまえば破壊できるのだ。
「無念」
水の鎧戦士は最期の言葉と共に、全身が水と化して雪面に染み込んでいった。
どこか遠くで雷鳴が鳴り響く。
その時、地平線の彼方から太陽がゆっくりと顔を出した。
ダークナイトの体は表面から徐々に霧状となり、
遅れてきた幾筋もの太陽光に突き刺されて完全に霧散した。