番外05 - 集う鎧戦士達
ルビ付けるのしんどい
人の子、ラクスは、物心ついた時から、
父のホウによって剣での戦い方を厳しく教え込まれていた。
雨の日も、暴風の日も、母が亡くなった日も、一日たりとも剣の修行を休むことは無かった。
年月は流れ、ラクスは25歳となった。
ホウは、物置にしまい込んでいた立派なプレートメイルを引っ張り出してきた。
「お前も申し分ない戦士に育った。その証として、
この鎧と、『人の鎧戦士』の称号を譲ろうと思う」
「人の鎧戦士とは何でしょう?」
ラクスは疑問を口にした。
「全13名の鎧戦士団の一員だ。強者揃いで誇り高い戦士団の一員になれるんだ。名誉なことなんだぞ」
ホウは嬉しそうに語る。
「お前を除く12名の戦士に手紙を送った。一週間後に拠点で落ち合うことになっている。
お前も当然行くんだぞ」
「分かりました、父さん。人の鎧戦士の名に恥じぬよう頑張ります」
ラクスは人の鎧戦士の座を受け入れた。
一週間後。
鎧を着こんだラクスは、自分の村から遠く離れた、レンガ造りの小屋の内部に入った。
建物内は若干カビ臭く、こじんまりとしていて、人が10人以上入れるスペースはない。
ラクスは予め教えられていた、地下への隠し階段の入り口を見つけ、階段を下りていった。
地下室は一階の十数倍も広く、木で出来た長テーブルとイスが置かれていた。
イスの数は全部で13。
それぞれのイスには全身が鎧で出来ているとしか思えない、人間離れした戦士が12名座っていた。
長テーブルのちょうど片端が空席だったので、ラクスはそこに座った。
長テーブルの反対端、ラクスの正面には、純白に光り輝く鎧戦士が座っていた。
「君が当代の人の鎧戦士か。先代の人の鎧戦士から手紙で聞いてるよ。
私は光の鎧戦士だ。よろしく」
光の鎧戦士が口火を切ると、長テーブルの側面に座っていた11名の鎧戦士が次々に口を開いた。
「先代に劣らず、なかなか骨のありそうな奴ではないか」
そう言うのは白い骨だけで全身の鎧を形作るスケルトン、骨の鎧戦士。
「うまそうな血色だ。一滴ほど血を分けてくれないか?」
お次は固まった血のような赤黒い鎧を着た、血の鎧戦士だ。
「ちゃんと鉄分は摂っているんだろうな。生身の人間には重要ぞ」
重厚な鋼鉄の鎧で出来た、鉄の鎧戦士が言った。
「体の奥底から湧き上がる熱意を感じる。先代を貶す訳ではないが、人の若者は良いものだ」
灼熱の鉄のように赤く発光する、熱の鎧戦士は言う。
「そういうものかね。あ、私は冷気の鎧戦士だ」
氷のように白く半透明の、冷気の鎧戦士が軽く手を振る。
「人の鎧戦士の代替わりとあって、久々の顔合わせだ」
そう言うのは体に時折スパークが走る、黄金色の鎧を着た、雷の鎧戦士だ。
「本日は歓迎会のようなものだな。皆にブドウ酒は生き渡ったな?」
水のように澄んだ色の、水の鎧戦士が確認する。
13名の前に木製のゴブレットが並び、ブドウ酒が中に満ちていた。
「新たな人の鎧戦士就任を祝って、乾杯!」
水の鎧戦士の一声に合わせ、鎧戦士達はゴブレットを持ち上げると、
それぞれ口と思われる部分にそれを運んだ。
ラクスもブドウ酒を何口か飲み、静かにテーブルに置いた。
鎧戦士達の大半は、ブドウ酒を一口だけで済ました。
一気に飲み干したのは熱の鎧戦士、水の鎧戦士、血の鎧戦士、木の鎧戦士の4名だけだ。
ラクスは一気飲みせず、ちびちびと飲んでいる。
「はああ」
熱の鎧戦士は全身から湯気を出した。ブドウ酒が熱で分解・蒸発したのだ。
「おお、良い気分だ」
血の鎧戦士は普通にほろ酔いしているようだ。
水の鎧戦士は、体がうっすらブドウ酒の色に染まっている。
「我々は人外だからな。飲食を必要としない者が多いんだ」
全身が木材で造られた、木の鎧戦士は解説した。
「我ら全員が共通して摂取できるような物体は無いからな。
とはいえ欲を言えば俺は手ごろな石を食べたかった」
そう言うのは、全身灰色の石材で出来た、石の鎧戦士。
「当代の人の鎧戦士の実力は如何に。後ほど手合わせ願おう」
全身に渦巻く風のような模様を付けた、青色の鎧を纏う風の鎧戦士がラクスを誘う。
「ありがとうございます。是非ともお願いします」
ラクスは答える。
唐突に、影のように暗い漆黒の鎧を着た者が立ち上がった。
「仲良しごっこは済んだか?俺は帰らせてもらおう」
闇の鎧戦士が言い放った。
「相変わらず協調性がないなお前は。ま、そろそろお開きにしてもいい頃かもな」
血の鎧戦士が言う。
「では一同、解散だ」
光の鎧戦士が締めると、鎧戦士達は立ち上がり、階段を上って1名ずつ出て行った。
ラクスは最後に階段を上り、レンガ造りの小屋から出ると、外で風の鎧戦士が一人、待っていた。
「さあ、剣を抜くが良い」
「はい!」
ラクスは威勢よく答えた。
分厚い木製の壁に囲まれた、中規模の街。
街への入り口に向かって、小太りの男が歩いていた。
太陽が西の地平線上にあり、辺りは夕焼け色に染まっていた。
「そろそろ魔物が活発になる時間に入るな。街まで急ごう」
独りごちた男は小走りで街まで向かおうとした。
その時。
道の脇に、赤黒い鎧を着た何者かが男の視界に入った。
男は怪しく思い、鎧の者から距離を取ろうとした。
赤黒い鎧の者はたったの二歩で、男のすぐ前まで近づくと、
唐突に赤黒い剣を抜き、一撃で男の心臓は貫かれた。
「ごちそうさま」
鎧の者が言うと、刺された男はその場にばったり倒れて絶命した。
鎧を着た者、血の鎧戦士はその場から歩き去った。
30分後。
太陽が完全に沈み、夕闇が次第に濃くなっていく。
夕闇よりも更に暗い鎧の輪郭が形成され、ダークナイトがその場に出現した。
ダークナイトは物影移動で闇から闇へテレポートした時、足元に違和感を感じた。
何か微妙に柔らかい物を踏んでいる。
「人間の死体か」
ダークナイトは足をどけると、死体を観察した。
左胸、心臓のある位置に刺し傷のような大穴が開いている。
だが奇妙なことに、血が一滴も出ていない。
死体には血液が全く残っていないようだった。
ダークナイトは周りを見渡すが、少し遠くに街の壁が見えるばかりで、
犯人らしきものは見当たらない。
ダークナイトはトンボのような怪物、デモンドラゴフライを召喚した。
デモンドラゴフライは血の匂いを嗅ぎ取ると、高速で林の上空に飛んで行った。
デモンドラゴフライの沢山ある丸い目が、赤黒い鎧の戦士を捉えた。
「そこか」
ダークナイトは林の中にテレポートした。
配下のデモンドラゴフライと視覚を共有できるのだ。
ダークナイトは役割を終えたデモンドラゴフライを闇に戻すと、赤黒い鎧の者と対峙した。
その者の殺人回数がダークナイトの目に映る。
36770。
ダークナイトは自分以外で、それほど大量の人間を殺した者を見ていなかったので、
少しばかり驚いた。
「なんだあ?お前。闇の鎧戦士、ではないな。何者だ?」
「ダークナイト」
「そうかあ。俺は血の鎧戦士だ。で、何か用か?」
血の鎧戦士が怪訝な顔をしながらダークナイトに聞く。
「貴様を滅ぼしに来た」
「笑えないジョークだな。雑魚魔物の分際で俺に喧嘩を売るとは。ま、返り討ちにしてやるよ」
ダークナイトと血の鎧戦士は、互いに抜剣する。
先に動いたのはダークナイト。漆黒の剣で血の鎧戦士の胴を払った。
血の鎧戦士の上半身と下半身が一瞬離れたが、
ドロリとした血液が蛇のように二つの断面に食いつき、胴体はすぐに元通りになった。
「ほう、ただの雑魚魔物ではないようだな。だがこの俺に剣は効かん」
血の鎧戦士は少し見直したように言う。
直後にダークナイトの剣によって頭から真っ二つにされるが、即座に再生する。
「終わりだ。今日はもう満腹だが、お前の血を吸い尽くしてやる」
そう言うが早いか、血の鎧戦士の剣の剣先が、ダークナイトの左胸に刺さる。
「いただきます」
血の鎧戦士は言う。しかし、それ以上の変化は起こらない。
「まさかお前は、血が一滴も流れていないのか?」
「俺の肉体は、外殻の鎧以外は闇だけで構成されている。吸血など効かぬ」
ダークナイトはそう言うと、大技を展開した。
”ブラックホール”
「!」
血の鎧戦士は、赤黒い剣を素早く鞘に納めた。
そのままなすすべなく、ブラックホールに吸い込まれて消滅した。
ダークナイトはブラックホールを閉じたが、直後にどこか懐かしいような邪悪な気配をわずかに感じた。
「この感触は、まさか」
ダークナイトは再びデモンドラゴフライを召喚すると背に乗り、夜空高く上昇した。
血の鎧戦士が消えた場所から、少し離れた街の酒場。
人々はのん気にゴブレットで乾杯し、麦酒を飲みながら陽気に会話していた。
その内の一人がにわかに立ち上がった。
「どうした?飲みすぎたのか?顔が青いぞ」
「グアアアァ!」
立ち上がった一人を、もう一人の男が宥める。
その時だった。
青い顔をした者の腹から赤黒い剣が突き出て、もう一方の男に突き刺さった。
辺りは騒然となった。
「なんだ?もめ事か?」
「誰か衛兵呼んでこい!」
何人かが止めに入ったが、漏れなく全員剣に刺された。
間もなく酒場の客は全員外に逃げ出し、酒場には12名の死体が山になって積み重なっていた。
そのうちの、1体の死体が立ち上がった。
その右手には、赤黒い剣が握られていた。
死体は突然爆散したと思いきや、赤黒い鎧を着た鎧戦士がそこに立っていた。
しばらくして、酒場の扉からダークナイトが飛び込んできた。
(ひどい有様だ)
酒場の奥には死体の山。床や壁には細かい肉片が飛び散っている。
中央には葬ったはずの血の鎧戦士が立っている。
「お前が悪いんだよ」
血の鎧戦士が口を開く。
「お前があの馬鹿げた威力の技を使ったせいで、体をゼロから再構築するのに12人も喰らっちまった」
ダークナイトが血の鎧戦士を見ると、36782という数字が浮かび上がった。
殺人回数が12増えている。
「やはり、貴様の中核は強い呪いか。ダークロードのような奴にでも創られたか」
「おうよ。俺たちはそのダークロードに創られた試作品って訳だ。
そういや、ダークロード様は何年か前に居城ごとおっ死んじまったらしいな。ざまあねえぜ」
その時、扉から新たに3名の衛兵が入ってきた。
「これは!」
「貴様らが犯人だな。そこを動くな!」
血の鎧戦士とダークナイトは少しの間沈黙していたが、
「とりあえず場所を変えよう」
ダークナイトが提案した。
「人間ども、死にたくなければ道を開けろ!」
血の鎧戦士が剣を振り回しながら大声で言う。
衛兵の持っていた剣や槍は、その一瞬で切り裂かれ、使い物にならなくなった。
「ひっ、化け物!」
「街の門には異常は無かったはず。どうやって街まで入ったんだ?」
口々に言う衛兵を無視して、二名の魔物は酒場を出る。
やがて広い通りに出ると、二者は剣を構えて対峙した。
(呪いが中核だと退治が非常に厄介だ。
切っても無駄、ブラックホールで吸い込んでも復活される)
思考を巡らすダークナイトの記憶に、何か引っかかる者があった。
(たしかブラックホールを使う前に、奴は剣を鞘に納めていた。何のために?)
考え込むダークナイト向かって、血の鎧剣士は斬り込んできた。
ダークナイトも漆黒の剣で受け止める。
「ははっ、全身を新品に取り換えたせいで、調子がいいぜ!」
血の鎧戦士の力も、剣のスピードも上がっている。
ダークナイトはその斬撃に押され気味だったが、何か妙案を思い付いた。
”ギガス・ブレイカー”
漆黒の剣が、急に3メートルほどの大きさになる。重さは27倍だ。
ダークナイトの剣の重さに負けたのか、血の鎧剣士の剣にヒビが入る。
「ぐあっ!お前まさか、俺の弱点を!」
「終わりだ」
ダークナイトはそう言うと、剣の大きさを通常に戻して一気に相手の剣を叩き折る。
赤黒い剣は折れ、剣先が地面に刺さった。
「長年生きた俺が、こんなところで死」
血の鎧戦士が言い終わる前に、その体は全て血液に戻り、通りの真ん中に大きな血溜まりが出来た。
ダークナイトは退治した化け物の言葉を思い出していた。
「俺たち、か」