ただいま、そしておはようとはじめまして
地球にいた頃の夢を見た。
吸えないタバコを吸ってむせ込み友達に笑われ。
かけ蕎麦に七味を入れすぎて涙目になった友人を笑い。
一緒に酒を飲んで道端で寝ているところを警察に保護され。
試験直前にテスト範囲を教えてもらった。
そんな夢を見ながら、これは夢だと理解していた。
そんな夢も、ひんやりとした感触を額に感じて覚めた。
目を開けると、白い人型の光が俺の額に手を当てていた。
二回、これと同じようなものを見たから慌てることはなかった。
でも所見だったら取り乱して魔法ぶっぱなしていたと思う。
「おはよう、リナ」
なぜかわからないけどこれはリナだという確信があった。
違っていたら俺は足腰立たなくなるまで殴られると思う。
「おはようではない、おそようじゃ我が主」
「ははっ、その言葉遣いも久しぶりだな」
「うむ、今ではあちらの喋り方に慣れてしまってのう。こちらの喋り方に違和感を感じるわ」
「どっちの喋り方でも可愛いと思うよ」
「……まったく、我が主はジゴロじゃのう」
リナが顔を背けることなく俺の軽口に笑ってくれた。
今までだと恥ずかしがって殴るなどの行為もあったからちょっと新鮮だ。
「リナ……」
「なんじゃ」
「俺は何人殺した」
「…………」
リナが黙り込む。
それでも、俺もりなも目をそらすことはなく見つめ合う。
「あの街の人口はおおよそ十万人じゃ、そのうち九万が人間、残り一割がエルフやドワーフ獣人といった者たちじゃ」
「……」
「これもおおよそになるが死者の合計は四万といったところじゃ」
あの街に住んでいた人間の半分に値する数字、それだけを俺は殺した。
その責任を、俺の体が、精神が感じることはない。
気分が悪い、一度目を閉じる。
「あの作戦の発案は私にある。スルトはその責任を感じる必要はないわ」
再び目を開けた時、リナは今までの姫カット美女になっていた。
「あなたは肉体と精神と魂が互いに拒否反応を起こして体調を崩したの、そこにあの英雄の猛攻を受けて意識を失った。あの人形の物体に食べられた私は肉体を捨てて、気絶したあなたと一緒の森まで転移したの。これが事のあらましよ」
「肉体と精神と魂……」
「あなたの肉体は神のもの、精神は森での修行で人間以上神以下といったレベルまで引き上げられた、そして魂はゆっくり昇華するしかないからまだ人間のもの。これらが人を殺したという罪悪感をきっかけに反発し合ったの。神の肉体は気にせず、途上の精神は受け止め、魂は拒否。それぞれが別々の反応をしたのよ」
「そこにあの英雄の猛攻……か」
そう言った瞬間、一瞬リナの表情が曇った。
「あの英雄は兵士に捕まったわ」
リナが何を言ったか理解できなかった。
仮にも神の血を飲んだ男が一介の兵士に捉えられる、ありえない。
「オスティア、昔の名前はユーリカ。覚えている?私たちが目指していたトリスティン首都はエルフやドワーフ獣人が暮らす国だったって話。あの街はトリスティン領だった。でもエルフたちよりも人間のが圧倒的に多いのよ」
「変だな」
「えぇ、それで調べてみたらすぐにわかったわ。トリスティンは二十年前に人間との戦争に敗れて今は別の国になっていたわ」
「別の国……人間との戦争てだけで嫌な予感がするんだが」
こういうファンタジーで戦争となると大抵ろくでもない理由かつ救いようのない話が多い。
時と場合と作品によるがリナが悲しげな表情をしていることからまずろくでもない理由だろう。
「神聖ロズアリア、神の使いを名乗る教皇を中心とした宗教国家よ。その実態は人間至上主義者の集まり。最も数の多い人間こそが優れているという考えを持った奴らよ」
「おーけー理解した。全部理解した。つまりそいつらが旧トリスティンを支配、今回の事件は大々的に神の仕業とした。それを防いだあの英雄くんは神を騙る者の一人として捕まった。だいたいこんなところだろ?」
「その通りよ、英雄くんは……ツルギという名前にしたのだけれど、ツルギは抵抗することなく兵士たちに捕まったわ。曰く神の使いであることを証明することはできない。ここで死ぬなら俺は神の使いではなかったということだろう、だそうよ。」
「それだけ言ったなら、助けてやる必要があるな」
元悪徳兵士とはいえここまで頼られたら助けないわけにも行かないよな。
「首を切ろうと振り下ろした剣に雷落として助けといたわ、晴天ピーカンの日にね」
もう死刑決行されていたらしい。
しかもどっかの海賊みたいな助かり方していた。
そういえば俺は何日寝ていたのだろう。
「俺ってどれくらい寝てた?」
「半年」
「……は?」
「半年よ、肉体と精神と魂が拒絶反応起こした結果なのにこの短い期間で起きれたものね」
半年……ずいぶん長いこと寝ていたもんだ。
そりゃ死刑も結構されるはずだ。
しかもこれで短いんだな。
長いとなると……いや、神の尺度だから考えるだけ無駄か。
「子供はどうなった?」
「まだヤってないんだからできるわけないじゃない」
……えげつない言葉が聞こえた気がした。
普段俺が下ネタ言うと顔赤らめて怒るのに……。
「冗談よ」
そういったリナの顔、というか耳が真っ赤だったのを見逃さなかった俺はえらいと思う。
耳が赤いとか言葉に出さなかったのはもっとえらいと思う。
でも愚息がいきり立ったからエロいとも思う。
「あの子供の名前はレイス、俗に言うストリートチルドレンのリーダー的存在だったそうよ。
他の子供たちと近くの林に避難させてみんな無事、レイスはともかく他の子はこの森の魔力に耐えられそうにないから生活に必要な物と、私の部下にその支援するように言いつけてあるから大丈夫よ」
「そりゃよかった」
「それと、お金がないから髪は伸び放題でボサボサ、ろくな食料もないから栄養失調で発育不足だから気づかなかったと思うけど、レイスは男の子よ。娘という字を使わない方の」
「それがどうした?」
性別も名前もわからなかったけど男だから俺がひどいことするとでも考えたのだろうか。
それとも女の子じゃなくてがっかりすると思ったんだろうか。
「俺はリナ一筋だから関係ないよ」
「あらそう、ならこの娘を紹介しても大丈夫そうね」
そういったリナは俺の背中を支えて上半身だけ起こさせた。
周りを見るとたしかにこの世界に来て蓋付を過ごしたあの森の、あの家だった。
「入ってらっしゃい」
リナがそう言うと玄関のが開かれた。
そこには黒髪ロングくせっ毛つり目というなんともたまらない女性が、メイド服姿で、目の端に涙を浮かばせて、ロングスカートを握りしめて立っていた。
「どちら様?」
「魔王よ」
へーまおーか、変わった名前だなー。
再びリナが言ったことが理解できずに思考が停止した。
半年ぶりで脳みその動きが鈍ったのかもしれない。
そう思っていたあたり案外脳みそは回転していたのかもしれない。




