第9話
ある日突然、兄さんが壊れた。
ーーいや、ホントはそんなに突然でもなかったのかもしれないけど。
それまで表面上は、兄さんは落ち着いていた。
抑えた口調で、ジェイを義姉さんの名前で呼び、あくまで義姉さんとして扱った。
ただ、接触自体は減らしていた。
仕事だと言って、家にいる時間を減らし、視線をそらし
それに対してジェイは、特に気にする様子もなく、自然に振る舞っていた。
「彼も、時間が必要なんだろう」そう言って。
この人、どういう人なんだろうなあ。思いながら、何だか聞けずにいる。
ジェイが何を言ったとかではなく、ただありのままでいるだけで、兄さんは追い詰められていくようだった。
そして。
いつもよりさらに遅い時間に、運転手もボディーガードも伴わずふらふら戻ってきた兄さんは、 屋敷の玄関ホールに、そのままうつ伏せに倒れた。
ケンカ沙汰にでも巻き込まれたのか、ズタボロの格好で、濃厚なアルコールの臭いをさせて。
何となく心配で起きていた僕とジェイが、物音に気づいて様子を見に行くと。
やっとのように顔を上げた兄さんは、真っ直ぐジェイに向かって手を延ばして。
「メアリ」と、呟く。「ーー何故だ、メアリ」普段とはかけ離れた、ひどく細い声だった。
ジェイは兄さんの傍らに腰を落とし、黙ってその手を取る。
「どうして……? 君さえーー君さえ、傍にいてくれるのなら、俺は……」
言いかけて、意識を失ったらしく、そのまま倒れ伏す。
ジェイは、溜め息をついて首を振ると、僕を振り返り。
「済まないが、手伝ってくれないか? さすがにこの体で、一人で彼を運ぶのは無理そうだ」