第19話
兄さんが部屋に戻ってきたとき、僕とジェイは黙って椅子に座っていた。イスルギさんは準備があるということで、既に部屋を離れている。
「? どうした」微妙な空気を感じたのか、兄さんが尋ねた。
「う、ううん。そのぅ……、ほら、これから処置に入るとなると、ジェイともお別れなのかなあ、って……」
子供のことは、今はまだ、兄さんには話せないと思った。やっとどうにか、義姉さんの死を受け入れられたか、というところだし。
知って状況が変えられることなら、話したかもしれないけど……。
「お別れ、というほどでもないだろう。そのうちまた、会いに来るさ。今度は自前の体でな」ジェイがニヤリと笑う。
「ホントに?」
「ああ。しばらくは無理だろうが。体を離れてた後の調整が必要だからな」
「そうなんだ……」
話している間に、実感が湧いてきた。
そうか、ジェイとは当分、お別れなんだな……。
ジェイは立ち上がると、兄さんの肩を軽く叩いて。
「次に会うときは、旨い酒でもおごってくれ。君には随分、貸しがある気がするからな」
ジェイの言葉に、兄さんは黙って頷く。
「そういえば、ジェイの本名って聞いてないよね?」
当たり前みたいに側にいたから、ついつい聞きそびれてたけど。
「私の名前か? 君はもう知っているんじゃないか?」
「え?」
「思い当たらないなら、次に会うときまでに考えておいてくれ。ヒントは充分出しているからな」
ジェイが笑いながら、僕の背を叩く。
準備ができたからと、施設の人が呼びに来て、ジェイは案内に従って処置室に向かう。
これからエンバーミングを施される『遺体』にしては元気すぎるけど。施設の人も事情を知っているのか、スルーしてるみたい。
部屋を出るところで、ジェイは振り返って僕ら二人に手を振った。
「じゃあ、また」
僕が手を降り返す隣で、兄さんは黙ってその後ろ姿を見送っていた。
中身は別人とはいえ、生きて動く義姉さんを見る最後になるから、なのかもしれない。
ドアが閉まってからも、兄さんはしばらく立ち尽くしていた。
そして。
「悪かったな」兄さんが、ぽつりと呟く。
「ーーえ?」
「おまえにも、心配かけた」
ええぇぇーっ! 兄さんが僕に謝っている!
僕が心配してたって、気付いてたんだぁ、びっくりー!
……って、かなり失礼なこと考えているのかな。でも、兄さんってわりと、僕のこと眼中にない感じだったし……。
「どうだ。処置が終わるまで時間が空いてるし、一緒に食事にでも行くか?」
「あ、うん」
兄さんに食事に誘われるって、想定外っていうか、初めてかも。
ジェイが言ったことって、正しかったのかもなあ。
義姉さんを失っても、義姉さんが残したものまで失われたわけじゃない。
そうだったら、いいと思う。